監督・西川美和 × 主演・本木雅弘 初タッグの2人が紡ぐ、新しい家族の物語。『永い言い訳』

2016.10.10 11:06 Vol.676

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『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』の西川美和監督が、『おくりびと』以来7年ぶりの映画主演となる本木雅弘を迎え、直木賞候補となった自らの小説を映画化。今回初タッグを組んだ西川監督と本木。実は2人は“運命の絆”で結ばれていた!?

撮影・蔦野裕
撮影・蔦野裕
すれ違い続けた2人!?

 人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、妻が旅先で不慮の事故に遭い亡くなったという知らせを受ける。まさにそのときも不倫相手と密会中だった幸夫は、妻の死にも悲しみを装うことしかできない。ある日、幸夫は遺族への説明会で、共に事故で亡くなった妻の親友の夫・陽一と、その子供たちに出会う。ふとした思いつきで幼い子供たちの世話を買って出た幸夫は、彼らと過ごすうちに誰かのために生きる幸せを知るが…。

西川監督(以下:西川)「調和が崩壊していく物語は今までにも描いてたけれど崩壊の“その後”の物語を書いたことは無かった。だから今回は最初に崩壊から始まる物語にしようと思いました」

 その“崩壊から始まる物語”の主人公となるのは、妻を失った悲しみを実感できない男・衣笠幸夫。幸夫役の本木雅弘は、歪んだ自意識とコンプレックスを抱えながらも、どこか憎めず共感せずにいられない男を見事に体現してみせた。人間の表面と内面を巧みに描写する西川監督と、いくつもの難役で人間の複雑さを体現してきた本木。そんな2人が監督&主演としてタッグを組むことは必然だったのかもしれない。

本木雅弘(以下:本木)「僕は西川監督の『ゆれる』を見て、人間の内面をさらす躊躇のない演出や、その物語を自ら書いていることに非常に驚かされたんです。同時に、おそらく西川監督のような方は僕のような、ある種、偶像を生きてきて、その余波で役者になったようなタイプの演じ手は、きっと好きじゃないだろうな、と思いました(笑)。その後、僕が第52回ブルーリボン賞の司会を務めさせていただいたときに監督は『ディア・ドクター』の受賞で出席されていて、そこで初めて美人と誉れ高い西川監督の生のお姿を拝見しまして。その際に“いずれ何か役があったら”とご挨拶させていただいたところ監督のほうからも、こちらこそと社交辞令を返していただいたんですが(笑)、瞬間、やっぱり僕には興味ないんだろうなと察しました」

西川「悪く受け取り過ぎですよ(笑)」

本木「さらにその後、ある作品でついに声をかけていただいたかと思いきや、西川監督が所望したわけではなかったことが判明し…。やっぱり嫌われてんだなと確信しまして(笑)。そこを経ての今回、お話をいただいたので、なぜ私をと監督に尋ねたところ、師匠の是枝裕和監督に提案されたから、とのことで。やっぱり西川監督が望んだんじゃないんだ、と(笑)。でもそれを聞いて逆にちょうどいいと思いました。かねてより望まれてということだと変に気負ってしまったかもしれない。師匠が言うならちょっとつまんでみるか、くらいの低い期待度で“試食俳優”になってやろう、と思いました」

西川「今のが“証言1”です。これから私が“証言2”を語ります」

本木「『羅生門』ですか(笑)」

西川「本木さんは、私が小学生のころからアイドルグループで活躍されていて、クラスの女子たちも夢中になっていた存在でした。私自身はそれほどアイドルに熱狂するほうではなかったのですが、メンバーの中ではもちろん本木さんが一番好きでした(笑)。その後、周防正行監督の作品などでお芝居を拝見して、恵まれた外見でありながら人間的な体温を感じる方だな、と思っていました。かわいげとか面白みみたいなものを、この外見にして出せる人はあまりいない。じたばたする役なんて合うのでは、と思っていたんです。それで最初のデビュー作で、詐欺師の兄という役を書きまして本木さんにやってもらえたらと思ったのですが、弱冠28歳の映画監督の初長編作に出ていただけるはずもなく。当時のプロデューサーからは、いつか本木雅弘と仕事ができるように頑張れと言ってもらいまして、私としてはいつかは…という気持ちがずっとあったのです。でも本木さんは本木さんで、どんどん株を上げ、いろんなキャリアを積んでいく。これは本木さんに限らずですが、今この俳優にどの役をあてたら新しいか、というタイミングがあるんですね。で、ある作品で本木さんのお名前がまた上がってきたんですが、私が書いていた役どころとはイメージが違っていたんです。結局このときにお話が中途半端になってしまい、こんな失礼をしてしまったらもう二度とご一緒する機会を頂くことはないかもしれない、と思いました。今回も、自分のなかで本木さんをあきらめていたところがあったのかもしれません。一向に幸夫役が思い浮かばずにいたところ、是枝さんから“僕の知るかぎりでは、本木さんは非常にこの役に近いパーソナリティーの持ち主だと思うよ”と教えていただきました。幸夫に近いってどうなんだろうと思ったんですが(笑)“でもなぜか憎めないんだよ”という言葉で、心が決まりました。確かにこれまで書いてきた役のなかで一番、本木さんに演じてもらいたい役が書けたという自信がありましたので、ついにお願いしたんです」
撮影・蔦野裕
撮影・蔦野裕
監督として役者として求めるもの

 縁がないどころか、運命的につながっていたかのような2人。

本木「結果的には寝かせた時間があって良かったと思えましたしね」

西川「でも、最初ふてくされてらっしゃいましたよね(笑)」

本木「あれは何というか、不安からくる自分へのいら立ちです。役者というのは、本心からでもフリでも、監督に結果、気に入られたいという思いが常にあるんです。西川監督の心に立ち入りたい気持ちがありつつ、本当に僕を認めてくれているのかという懐疑心とか。撮影中にも、使う以上は僕がどんなダメでも上手く使ってねという期待心とか、さまざまな気持ちが働いて混乱している自分を、結果的には読まれていたんでしょうね」

西川「ここまでの長い時間に、本木さんをすごく傷つけてしまったんだということを自覚しました(笑)。ただ私は、そんな本木さんの姿に、私に対してというより、本当の意味で新しい作品に出会いたいという俳優としての、人間としての本木さんの希求のようなものを感じたんです。この作品で、一緒に目指す場所にたどり着けたら、と思いました。ほぼ初対面のような相手に、傷ついた胸の内も含め複雑な思いを明かしてくれた本木さんとなら、できると思ったんです」
本木「僕も、脚本を読んですっかり引き込まれて、完全に離れられなくなってしまいました。そこには、幸夫たちが醸し出す人間関係の不確かさのなかで、さまざまな思いを抱えたり乗り越えたりをしながら自分と向き合っていくという、普遍的な人間性が描かれていた。単に納得するのではなく、幸福について考える自分がいました。これは自分一人が共感しているのではなく、広く多くの人にさまざまな形で入り込んでいくテーマなんだろうと思いました。西川さんは希求を感じたと言われたけれど、自分の中では案外な賭けだと思っていました。お芝居とはいえ、自分のゆがんだ自意識を画面にさらすことへの躊躇や、見る側もそんなもの見たいだろうかという思いがせめぎ合っていて。でも結局、この映画が厄払いになり役者としてもう一歩進めたんじゃないかと思っています。幸夫に共感し体現したことで、結果的に実人生も滑らかになったんです」

西川「具体的にどのように?」

本木「原作の中に、最も身近な人間に誠意を欠いてしまうのはどういうわけなのだろうというフレーズがありますが、まさに僕もそういうことをしてきたんです。身内に対して感謝を表現できず、そういう人間だからと開き直っていた。距離感や関係性を自分がコントロールしようとしていた。映画のなかにも“人生は他者だ”という言葉がありますが、この作品を通して改めて、他者に自分の存在意義を教えてもらえているんだなと気づかされたんです。願わくば、お互いが生きて向き合っている間に、その気持ちを表現できるのが理想ですよね。今では感謝や愛情を身近な人間に少しでも伝えるようになりました」

西川「言わないようにしてきたことを言うようにしたとき、すごく勇気が要りませんでした?」
本木「要りました。でも実はそういうことも訓練しだいで言えるようになるらしいですよ。義母の樹木希林さんがガンを患っているんですが、あんな樹木さんでも当然辛くなるときがある。そんなときは、誰もいなくても形だけ笑顔を作ってみるのよ、と仰っていた。そうすると、ポンプが地中深くから水を汲み上げるように、渇いた心が潤うことがある。要は訓練なんだと」

撮影・蔦野裕 ヘアメイク・酒井夢月 スタイリスト・小林身和子 西川美和 衣装:ニットワンピ ビーミング ライフストア(9500円・税別/ビーミング ライフストア by ビームス コクーンシティ店 048-788-1130)、ブレスレット ファリス(2万8000円・税別/デミルクス ビームス 新宿 03-5339-9070)

撮影・蔦野裕 ヘアメイク・酒井夢月 スタイリスト・小林身和子 西川美和 衣装:ニットワンピ ビーミング ライフストア(9500円・税別/ビーミング ライフストア by ビームス コクーンシティ店 048-788-1130)、ブレスレット ファリス(2万8000円・税別/デミルクス ビームス 新宿 03-5339-9070)

 意外な素顔を自然体で明かす本木の姿は、まさに西川監督がいう“体温”を感じさせる俳優の魅力にあふれている。いくつもの人生を体現し、俳優として深みを増していく本木だが、希求心が止むことはないようだ。撮影を終え、監督に尋ねたいことはと質問したところ…。

本木「俳優として、ここを直せばもっと良くなるのに、という点を西川監督の観点から教えていただければ。人間としてでも、男としてでも(笑)」

西川「そうですね…(笑)。なぜそんなことにこだわっているんだろう、と思うときがあるんです。現場でもありました。幸夫は、このシーンでストールを巻いたほうがいいかどうか、とか…」

本木「(笑)」

西川「私にとってはセリフをどう言うかといったことのほうが重要で、正直そんな部分は見ていなかったんです。その時は、じゃ巻きましょうかと適当に返事をしてしまっていたのですが、完成した作品を見た方からこんなことを言われました。幸夫が最初に大宮家を訪れたときはストールなんて巻いて、とても子供の面倒を見に行くような格好ではなかったけれど、幸夫の変化とともにだんだん服装がラフになっていきましたね、と。私がどうでもいいと思っていて、本木さんが大事だと思ったところを観客はきちんと見ていたんです」

本木「自分でも、ついちまちま考えてしまうのですが、子供の世話をするということを知らない人だというのは表現できるかな、と思ったり、季節が夏に向かっていくにつれ、心身に付いていたものがはがれていくさまを物理的にも両面で表せるかな、と。でも深津絵里さんや池松壮亮さんのようなブレない俳優なら、そんな姑息なアプローチではなく本質を見極めた芝居をするんでしょうけど(笑)」

西川「どこに本質があるかなんて演出家にも分かりませんよ。私だって、一つひとつのシーンに集中しているけれど、全体として見ればどこに本質が宿っているか、分からない。であれば姑息でもいいと思うんです」

 何より、西川監督が求めたのは、そんな本木雅弘という俳優にしかない魅力なのだから。そしてこの2人の満を持してのタッグだからこそ、新しい家族の物語が生まれたのだから。
(THL・秋吉布由子)
©2016「永い言い訳」製作委員会
©2016「永い言い訳」製作委員会
『永い言い訳』

監督:西川美和 出演:本木雅弘、竹原ピストル、他/2時間4分/アスミック・エース配給/10月14日(金)より全国公開  http://nagai-iiwake.com/

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