糸井重里 岡本太郎の“幻の作品”と地方創生の願いを結びつけたら、みんながワクワク!

 コピーライターとしてさまざまなムーヴメントを生みだし、現在は上場を果たし起業家としても注目を集める「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰・糸井重里。東日本大震災が発生した年に気仙沼に支社を設け、継続的な支援を行うなど、被災地を含む地方活性の現場を見守り続けている彼が、新たな地方創生プロジェクト誕生をサポート。地方と東京、人と文化、さまざまなものを結びつける糸井重里のひらめきのヒミツとは?
撮影・蔦野裕
幻の太郎作品を人々のもとへ!

 レジャー施設閉園後、18年近く人知れず眠っていた、芸術家・岡本太郎の作品が今年11月、群馬県前橋市に移設されることが決定。“幻”となっていたアート作品と、地域の活性を願う前橋市の人々を結びつけたのが、糸井重里だった。

 前橋市は昨年、地方経済活性化のロールモデルとなるべく地域再生プラン〈前橋ビジョン〉を発表。それに共鳴した地域の民間企業が集まり『太陽の会』が結成された(現在24社)。同会の参画企業は毎年純利益の1%(最低額100万円)を前橋市の街づくりのため寄付金として拠出する。そのアクション第1弾が、今回の移設プロジェクト〈『太陽の鐘』前橋再生プロジェクト〉となる。

 移設される岡本太郎の作品『太陽の鐘』は、日本通運株式会社が静岡県田方郡韮山町(現・伊豆の国市)に1966年に開設したレジャー施設内に創設されたもの。しかし1999年の施設閉園後は一般の目に触れることもなくなり、同社は著作権者である公益財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団とともに今後の活用を検討し続けていた。

 そして今回、移設実現のきっかけとなったのが、同財団の平野理事と交流があり前橋市出身だった糸井のひらめきだったのだ。

「太陽の会の田中仁さん(『太陽の会』会長/株式会社ジンズ代表取締役社長)から前橋再生の話を聞いたとき、急に思いついたんですよね」と糸井。

「もともと僕は、岡本太郎記念館の前館長だった岡本敏子さんとご縁がありまして。横尾忠則さんのパーティーで敏子さんに“ナンパ”されたのが始まりでした(笑)。敏子さんのお話が本当に面白くて、僕はすっかり彼女のファンになってしまったんです。それ以降、何かと敏子さんからお声掛けいただいて、いろいろお手伝いするようになり、こちらもご飯を御馳走になったりして自然と付き合いが深まっていったんです」

 岡本敏子前館長の没後も、平野理事との交流は続いた。

「平野さんから、実はほとんど知られていない太郎さんの作品があるという話を聞いていて、そんな作品をもう一度羽ばたかせたいという思いが、ずっと僕の中にあったんです。でも移設や修繕の費用がどう考えても数千万かかるだろう、と。行政でそのお金を出せるところはまずないでしょう。被災地に、とも考えたんですが、やはり復旧復興が先ですからシンボル的なもののためには動きづらい状況でした。それで実現せずにいたんですが、田中さんから前橋の話を聞いたときに、この作品のことを思い出したんです。前橋だけの話ではない。地元の人々が頑張れば何かができる、という例を一つ作ることができれば、それが他の地方にも広がるかもしれない。今回の移設プロジェクトはその象徴的なアクションになるのでは、と思いついたんです」

 糸井自身も、各地で地方創生の現場を見てきた。

「どこに行っても、シャッター商店街や若者がいないというようなネガティブな話題から始まって、それをどうしたらよいかという話になる。だから僕は、起き上がったものを先に見せたいという思いがありました」

 傷をふさぐ絆創膏の話をするのではなく、健康になるための体操の話をしよう。太郎こそまさにそんなタイプの人だった、と糸井。

「太郎さんのこの作品は、まず民間が立ち上がり身銭を切って地方創生を目指そうという太陽の会の気概を、まさに象徴する存在となると思います。前橋って雷がよく落ちる土地でもあるんですけど、『太陽の鐘』が、雷が落ちたような刺激を与えてくれればいいなと思うんです。かつて太郎さんに芸術ってなんですかと聞いたら“なんだこれは、と思うもの”とおっしゃっていました。それが太郎さんの芸術の定義なんです。まさしく“なんだこれは”ってものじゃないですか(笑)」

 広瀬川のほとりの市有地に移設される『太陽の鐘』は、鐘とそれを吊る土台までが作品となっている斬新なデザインのもの。数多の太郎作品の中でも“鐘”は、本作の他には名古屋の久国寺の『歓喜』しか存在しない。移設場所では、建築家・藤本壮介による空間デザインにより“前橋の大地が隆起し、太郎作品がそこから芽吹いたような”ものとなる予定だ。岡本太郎作品らしいエネルギーを感じることができるパブリックアートとして注目を集めそうだ。

「実はもともと僕は、太郎作品の大ファンというわけではなかったんです。もちろん太郎さんのことは存じ上げていましたし、一度、番組でお会いしたこともあります。とある仮装の番組の審査員をしたときでした。僕がポパイの仮装をして、太郎さんが太陽の塔の被り物をしていたんです。最初のうちは2人とも大人しく座っていたんですけど、なぜか太陽の塔がポパイに殴り掛かかってきて(笑)。そんな思い出があります。僕の中で岡本太郎の作品は何というか、どの作品も“突破したがっている”感じがするんです。おそらく太郎さん自身が自分という殻を突破しようとしてきた人なので、いつでも突破しよう、打ち破ろうという意志が見えるような気が僕にはするんです。それは、ある意味痛々しいかもしれないし、ある意味力強さかもしれない。太郎さんの作品が若い世代を惚れさせてしまうのも、よく分かります。僕自身は、そんな全力さが愛おしいというか。年上の方なんですが、かわいく思えてしまう。いつでも自分の力でできることを精いっぱい、全力でやる方だったと思います。太郎さん、大変でしたね、と声をかけたくなってしまうんです」
撮影・蔦野裕
 現状を打破しようという、前橋市の人々の思いと通じている。

「まさにそうなんですよね。太郎さんの作品から力を借りて、突破していってほしい。太郎さんだからこういうことができる。今回のプロジェクトには“芸術”ではなく“太郎”が必要だったというのは、まさにその通りだと思います」



「縁って案外、あるんです」

 東日本大震災後に気仙沼に支社を設けて支援活動を行うなど、文化人としてだけでなく起業家としても、継続して被災地に携わってきた。

「気仙沼とつながっていることで、地方創生や被災地支援に熱心な人、と思われることもあるんですけど、僕は単純に自分が住む東京が被災したような気持ちで動いただけなんです。たまたまあのときは東北で発生したけれど、もしかしたら関東で起こってもおかしくない。僕のところもそうでしたが、東京ですら、棚が倒れて部屋がめちゃめちゃになったりしたでしょう。僕にとっては“自分ん家のこと”だったんです。実際、東日本という括りなら東北も東京も同じ地域になるわけですし」

 東京に暮らしていても地方を応援したい人は多いはず。

「縁があったらやればいいんだと思うんです。それで、案外、縁ってあるんです(笑)。東京の人でも何かしら地方と縁があるものですよ。例えば、同じ会社の人の実家が東北だったとか。そしたら“何かできることない?”くらいは聞きますよね。そんな感じでいいと思うんです。それで交流が生まれれば、もっと一緒に、あんなことやこんなこともやってみたいね、という話になったりする。ことの大小はあまり考えずに、できることを手伝う、出せるお金を出す。そんな感じでいいと思います。あと重要なのは、稼ぎを辞めないことです(笑)。だって自分が生活できなかったら、人を手伝うこともできなくなりますから。今回のことも相談されたから始めましたけど、僕はボランティアですし。仕事として頼まれていたら…断っていたかもしれません(笑)」
 今年、糸井率いる株式会社ほぼ日は東京証券取引所ジャスダック市場に上場。企業家としてのシビアな視点を常に持ちながら働くことを楽しみ、ときには身軽にボランティアでも動いてしまう。

「自分が仕事として地方の活性化に携わるとしたら、自分自身がお願いしてもやりたいことかどうかをよく考えてから決めると思います。例えば、うちの地元に東京タワーみたいなものを作りたいんだけど…という話が来たとしたら、俺は東京タワーをもう1本作りたいだろうか、と一晩考えて、作りたいなと思ったら、そのプロジェクトをまとめる仕事をやらせてくださいと言いますね。仕事であるからこそ、自分がやりたいことのほうへ持っていかないと。僕は、義務に応えるだけでは、いい仕事にならないと思っているんです。今回も、前橋でリサーチしているときにシャッター商店街の見学をしたほかに、そういえば川があったよね、と広瀬川を見に行ったから、移設のアイデアを思い付いた。仕事こそ、やりたいことに結びつけたほうが、答えをひらめくことが多い気がします」

 ちなみに糸井自身の地元愛とは?

「自分の生まれ育った場所って、素直に好きとは言いづらいですよ(笑)。歓迎されてもくすぐったいし、昔はバカやってたのにねなんて言われたりもするし(笑)。でも、いい土地なんですよ。温泉も出るし。わりと外国の人も自然に受け入れる土地柄なので、インバウンド事業の可能性もあると思います。あの場所も、いい名所になるでしょう。すぐそばに萩原朔太郎記念館もあるんですよ。朔太郎も前橋を飛び出した人ですね。あの一帯が世界へ出ていく、突破しようとするエネルギーで満ちた場所になるかもしれない。まあ僕も、もう前橋を出てしまった人なので…移設完了後は、適度な距離から見守っていこうと思います(笑)」

 言葉、人、場所、文化…さまざまなものを結び付けては出会いを作り、新たな可能性を芽吹かせてきた。そんな糸井のひらめきのヒミツとは?
「面白いことがしたいんです。だって“こういう状況なんだけど、どうにかならないかな”なんて相談されて、相手をあっと言わせられないとつまらないじゃない(笑)」

 糸井が動くたびに“アッ”と“ワクワク”が生まれていく。
(TOKYO HEADLINE・秋吉布由子)
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