ラモス氏が代表エンブレムへの熱い思いとともに現代表にエール

1992年のアジアカップの優勝メダルを懐から取り出したラモス氏(左)と澤さん
JFAが代表エンブレムを刷新。大会ロゴなども統一

 日本サッカー協会(JFA)は11月1日、都内で会見を開き、JFAのブランディングについての記者説明会を開催した。

 これは「JFA2005年宣言」に掲げる「JFAの約束2050」、それに基づく「JFAの目標2030」の実現に向けての基盤強化の一環となるもの。

 JFAは2016年3月にJFAロゴタイプとJFAシンボルのデザインを刷新したのだが、それに続き今回は日本代表エンブレム並びにロゴタイプ、審判ワッペンや各種事業のデザインも刷新。またJFAが主催するサッカー、フットサル、ビーチサッカーの大会も統一されたロゴや大会名を採用することとなった。

 この日は審判、ユース選手、JFAアカデミーの選手、元日本代表の選手らがゲストとして会見に登壇。

 元日本女子代表で2011年女子ワールドカップで優勝を果たしたなでしこジャパンの中心メンバーだった澤穂希さんが代表エンブレムについて「小さいころから日本代表になることにあこがれを持っていた。実際に日本代表選手になってユニホームにエンブレムをつけるということはすごく特別なことだったし、誰にでもできるわけではないので、すごく強い思いがあった。選手時代もユニホームを着ると身が引き締まる思いで、鳥肌が立つくらい特別なものだったので、その思いを一人でも多くの選手に味わってほしいと思う」と話した。
会見に出席した田嶋幸三日本サッカー協会会長、佐藤隆治国際主審、山下良美女子国際主審、川本梨誉選手(清水エスパルスユース)、富岡千宙選手(JFA アカデミー福島)、ラモス瑠偉氏、澤穂希さん(左から)
ラモス氏が「このユニホームは誰でも着られるわけではない」

 元日本代表で、元フットサル日本代表、元ビーチサッカー日本代表監督も務めたラモス瑠偉氏は「私はずっと日本代表があこがれだった。まさか自分が帰化をして日本代表に選ばれるとは思わなかった。選ばれた時に非常にうれしく光栄に思った。初めて国際大会でキリンカップに優勝した時、赤のユニホームで素敵なエンブレムが胸にあってすごくうれしかった。その次に初めてダイナスティカップに優勝した時も胸にエンブレムがあった。何かが足りないと思って、サッカーを好きな人たちだけでなく、国中を動かすために、エンブレムの隣に日の丸をつけるのはどうかなと思って一生懸命頑張って、日の丸をつけたときにアジアカップで優勝しました。皆さんは忘れているかもしれないけど、私は忘れていません」と胸ポケットから優勝メダルを取り出した。そして「さっき澤さんも言っていたんですが、このユニホームは誰でも着られるわけではない。私は誇りをもって日本代表の全試合、死ぬ気でやりました。今の選手もそういうファイトを持って戦ってほしい。残念ですが、僕の一番の夢だったのは日本代表をワールドカップに連れていくことだったんだけど、それはできなかった。残念でたまりません。ただ、今、私の後輩たちが頑張っているから、必ずいつか、夢のベスト4。ベスト4に行ったらサッカーは何が起こるか分からない。優勝できるかもしれない。そこまで岡田監督が目標を設定してくれたことを忘れずに頑張ってほしいなと思っています」と現役時代と変わらぬ熱さで代表にエールを送った。