SPECIAL INTERVIEW 小久保 裕紀

1年を棒に振った大怪我のおかげでここまでやれた

大学時代からスター選手で、プロに入ってもセ・パの人気チームでプレー。400本塁打、2000本安打達成と、華々しい成績を残し今年現役を引退した元福岡ダイエーホークスの小久保裕紀。引退へ至るまでの気持ち、そしてこれからの展望を聞く。(聞き手・一木広治)

一木(以下、一)「今シーズンで引退しましたが、今の心境は?」
小久保(以下、小)「まだオフの延長なので、あまり実感はないですね。毎年のシーズン中のオフと変わらないです。でも1月の自主トレや2月のキャンプをやらず、背広を着てキャンプ巡りをするようになったら、初めて引退したんだなって思うんじゃないかな…。野球人生に大満足して、絶対にまだ野球がやりたいと100%思う自分がいなくなったから、辞めようと思ったので、もっとやりたいという気持ちは200%ないですね」

一「引退表明してからもホームラン打っていたし、もっとできるんじゃないかって、思うけど…」
小「うーん、力うんぬんというより、実は一番は心の問題なんですよね。母親から勧められて6歳で野球を始めて、野球がうまくなるためにすべての時間を費やしてきた。それが昨年ホームランを400本打って、今年は2000本安打も達成して、満足感が出てきてしまったんです。その中で、来年もユニフォームを着た時に、今までみたいに、全部の時間を野球がうまくなるためだけに使えるかって、自分に問うた時に自信がなかった。今までのようなストイックさや、突き詰める追求心なんかが出せないと思ったので、これは潔くユニフォームを脱ぐ時だと決断しました。自分の野球に対する心を裏切りたくないっていうのが、引退を決意した本当の理由です」

一「ストイックでしたからね」
小「引退するまでは、1日24時間をどう使うかっていう視点で生活していました。その中でベースになっていたのが、試合をするための準備。球場に行く、準備をする、試合をする、試合後に自分の体の手入れをすることで8時間。もちろんそれ以上時間をかける時もありました。そして、睡眠が8時間で残り8時間で何をするかというと、僕は本を読んでいました。野球の練習だけじゃ、この世界では通用しない。頭で考えたり、メンタルな部分を強くしたり、いろんなところを鍛えないと人より上にいけないと思っていた。だから人と同じことをしていたらダメで、いかに同じ24時間の中身を濃くしていくかということを考えてプレーしてきました。プレーだけではなく、そう思って生きていましたね」

一「怪我やトレードなど、決して順風満帆ではなかったと思うのですが、本から学んだことってなんですか」
小「自分に降りかかってくる出来事はすべて必然であり、必要であり、ベストなんだという信念です。それはいろいろな本を読んでいくうちに、自分の中で段々固まってきたものです。揺るぎない信念、人生観です。2003年の膝の怪我も、結局丸1年プレーできなかったんですけど、後ろ向きにならず、この怪我は自分にとっては必然で必要なことなんだと思ってリハビリできました。だから辞めた時に、あの2003年の1年があったから、41歳まで現役でプレーできたと言えます。あの怪我は無駄じゃなくて、あの怪我のおかげだって思えたんです」

一「怪我のおかげ…」
小「そうです。トレーニング法を見直すことによって、体に対する意識の高さがあの年を境に確実に上がった。そして1年をかけて、下半身を作り直せた。だから2004年、2005年の僕のバッティングの下半身はむちゃくちゃ強かったです。あの32〜33歳の時に頑丈な下半身を作れたので、41歳までできた。結局考え方なんですよね。自分にマイナスなことが降りかかってきても、波乱万丈どんとこい!と(笑)。その時に悲劇の主人公になるか、それを認めて一歩踏み出せる考え方を持っているかだけの差。だから野球教室や講演活動をやりながら、技術だけではなく、そういう考え方も伝えていけたらと思っています」

一「ではそこが人生においてのターニングポイント?」
小「まさにそうですね。あの時の怪我のおかげですごく用心ができた。もしあの1年がなかったら、トレーニング方法とか食生活も含めた体に対する意識は間違いなく今より低いままだった。しかし、そこで意識が変わり、トレーニング方法や食生活を変えたおかげで40歳まで現役を続けることができたと思っています」

一「なるほど。ところで小久保さんが大学からプロに入ったころと、今では野球界の環境も色々変わってきてますが、今後、日本のプロ野球はどうなると思われますか」
小「うーん。引退したばかりで、プロ野球全体という視点が今の僕にはまだ持ち合わせていないというのが本音です。もう少し年齢を重ねて、現場での自分の希望や夢を果たし、球界の事を考える立場になった時に、そういう視点が出てくるんでしょうけど…。今は野球の良さをしっかり伝えて、野球に恩返しがしたいという思いしかないです」

一「恩返し?」
小「ええ。例えば野球選手って狭い世界で生きてきたと思っている人もいます。実際、企業の社長さんなんかは、あまりお会いする機会もなかったですし。でもそういう人とも対等に話せる自分でいたいんです。野球でここまで成長させてもらっているのに、人間的に成長してないんじゃないかって思われるのは野球をバカにされているようで、黙っているわけにはいかない(笑)。たかが野球選手と思っている人に、僕たちの下にどのくらいの子どもたちが付いてきているか。そして僕にはその子どもたちに対する責任があるんですという立場をはっきり示す義務がある。そういうことも含めて、男として野球に恩返しをしていきたい。でも、こういう話をすると、みなさん“変わったやつだな”と言いながらも可愛がってくれますよ(笑)。だから来年は講演会と野球教室をセットにした活動が中心になりそうです。ユニフォームは来年は絶対に着ないので、子どもと接しながら、話すことで野球の素晴らしさやいろいろなことをきちんと伝えていけたらと思っています」

(本紙・水野陽子)