長島昭久のリアリズム

内閣法制局というバカの壁(その一)
 4月16日、筆者は外交安保をテーマにした衆議院予算員会の集中審議で質疑に立った。年明け早々アルジェリアで勃発した日本企業関係者人質殺害事件を受けて、在外邦人の保護を強化する目的で改正される自衛隊法について安倍総理に質した。今回の改正は、邦人輸送に際し、これまでの空路と海路に加えて陸路も自衛隊に担当させようというもの。いうまでもなく、未知なる他国の領域内深くまで入って車両で陸上輸送を行うことは、航空機や艦船による輸送に比べはるかに難易度も高く、不測の事態にも直面しやすい。

 ところで、自衛隊の海外任務が新たに付与されるたびに問題になるのは、隊員の安全確保と共に任務を果たそうとする隊員に十分な権限が付与されるか否か。とりわけ、武器使用基準をめぐりこれまでも多くの議論が重ねられてきた。というのも、憲法9条により、海外における自衛隊の武器使用については厳しい制約が課されているからである。しかし、その「制約」が真に憲法の要請に基づくものなのか、これまでの国会における与野党間の激しい攻防の過程で積み上げられた政府解釈によって過度に規制されたものなのか、冷静に見極める必要がある。これが、私の年来の問題意識であった。

 実際、3年3カ月の民主党政権の下で、総理官邸と防衛省での経験を通じて、政府の憲法解釈が、内閣の法律顧問である「法制局」によって歪められ、しかも、それを修正しようとすることに対し頑強に抵抗されるという場面にしばしば遭遇したのである。彼らは「憲法の番人」を自任し、憲法を守る使命感に燃えて仕事をしていたが、私には、これまで彼らが堅持してきた「答弁ライン」を必死に守っているようにしか感じられなかった。そこには、ますます海外に拡大する我が国の国益や、海外で働く企業戦士やNGOや国際機関職員たちの生命や財産の保護、その邦人保護のために命懸けで任務を果たそうとする自衛官のミッションに対する生きた現場感覚はほとんど見られなかったのである。

 そこで、今回から3回にわたり、海外における自衛隊の武器使用権限について、憲法の趣旨を十分に踏まえながら考察を加えてみたい。筆者は、これまで憲法(解釈)上の制約により、我が国自衛隊の武器使用基準は国連が定める武器使用基準に比べ厳しい制約が課され、一緒に活動している他国の国際平和活動部隊との連携を著しく阻害してきたために、自衛隊による積極的な貢献ができなかったという現実を重く受け止めている。(つづく)       
(衆議院議員 長島昭久)