東出昌大 カズオ・イシグロ原作『夜想曲集』で初舞台

SPECIAL INTERVIEW

映画『桐島、部活やめるってよ』でセンセーショナルに役者デビューを果たし、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』など、華々しい作品へ立て続けに出演。現在も年明けから大河ドラマ『花燃ゆ』で時代劇に初挑戦している。東出昌大の勢いは加速するばかりだ。5月には初舞台の幕も上がる。「正直、怖いです」と語る本人にインタビューした。

役者4年目。もう、新人とは言っていられない。
作品を背負えるだけの演技、地に足のついた演技ができるようになれたら。


 和風男子、昭和の男。東出昌大が紹介されるときに、ついて回るフレーズだ。モデルとしての活動を経て、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビューしてから4年目。スクールカーストの上位に属しながらも悩む高校生から、けんかに明け暮れる荒くれ者、こだわりの料理人……さまざまな役を演じてきたが、和風、古風というイメージは強い。

「みんな、カテゴライズしたがるんですよね(笑)。和風男子とか、昭和とか、それのほうがキャッチーですから。でも、僕はいろんなことに興味があるし、その幅も広い方だと思います。自分では、至って普通の若者だと思ってます」 

“普通の若者”という、27歳の男。とはいえ、オファーがひっきりなしの彼の多忙な毎日は、一般的な普通のイメージとは少し違う。

「朝起きて、犬の散歩に行って、シャワーを浴びて、朝食を食べ、仕事に行く。だいたい帰りは夜遅くになります。そして犬の散歩。帰ってきてから、寝る前に一杯飲む日もあればない日もあって。そんな感じです」

 1日2回行く犬の散歩。これが一個人としての東出、そして役者としての東出にとっても大切な時間だ。

「犬の散歩はしなければならないことでもありますから。気持ちの切り替えにもなるし、歩きながらセリフの予習をしたりします。スマホのボイスレコーダーで自分でセリフを吹き込んであるんです。自分のところだけじゃなくて、全部を録音してあるんで、それを聞きながら歩いています。たいていの作品でやってるんですけど、大河ドラマだけは時間を作ったり、空き時間を見つけて覚えてます。“攘夷実行の勅命を〜”なんて難しいですから」

 ここのところ散歩中の予習アイテムに追加されたのが、5月に開幕する舞台『夜想曲集』のセリフ。映像でキャリアを積んできたが、東出は、この作品で初めての舞台に挑む。

「舞台は、いずれやりたいとは思っていました。このお話をうかがったのは去年の夏ぐらいだったと思いますが、願ってもいない原作、そして脚本家と演出家の方々だったので、すごくうれしかったのを覚えています。すぐに、カズオ・イシグロさんの原作を読ませていただきました。ただ、原作は短篇集で、シナリオではその短篇が組み合わされるってこともあって、素敵な話だと思って読み終えたままにしていました。最新版の台本を拝見しましたが、それが素敵なんですよ。全体的に静かな印象で、大人の魅力が詰まっている。でも、子供が読んでもおもしろいって思ってもらえるだろうなっていう。そんなお芝居を、700人を前に演じさせていただける。願ってもないチャンスをいただけたと思っています」

 人生の夕暮れに直面し心を揺らす人々の姿を音楽とともに描き出す舞台。老歌手、売れないサックス奏者、チェロを弾く青年。それぞれのストーリーが静かに交差する。

 東出は、そのチェロを弾く青年という役どころだ。 

 
「とても静かな芝居で、いろんなことを明言しないんです。誰かに対する想いだとか、そういうことも。それを700人の前でどう表現していくか。そこが困難でもあり、楽しみでもあります。だから今は、完成した物語のなかにその役として佇んでいるためにはどうしたらいいかってことを考えながら、プロフィルを作っています。舞台となっているのは旧共産圏のとある国になっていてどこの国であるかとかも明言してないんですけど、そういう細かすぎる設定がないところがこの作品の良さだと思うので、僕は彼の夢は何なのかとか、普段はどんな音楽を聴いているのか、休日は何をして過ごすんだろうとか、好きな食べ物は何かとか、考えています。演じる役がちゃんと入ってないとセリフが入ってこないんで」

 プロフィル作りはどんな作品に臨むにあたってもする作業。役作りをする上での大切なプロセスだ。俳優を志してから、山崎努『俳優ノート』やウタ・ハーゲン『役を生きる演技レッスン』、マイケル・ケイン『映画の演技』など、俳優を目指す者のバイブルと呼ばれる書を「勧められるままに」を読み漁るなかで、取り入れてきた。「頭でっかちにならないようにとは思っていますが」と、本人。

「もちろん資料を読んだり調べたりするんですけど、言葉の使い方だったり、セリフの言い回しによって、その役の人格だったり、その人が育った環境も見えてくると思うんです。それが入ってくるとセリフの入りはぐんと速くなるんです。大河ドラマであるとか、朝ドラとか、同じ役を長く演じられる場合は撮影が進むほどにセリフが入りやすくなりました。それに伴って、新たな課題が増えてくるんですけどね。思うのは、自分の役を一番分かっているのは自分だっていう自負・責任を持ちながらやっていかないと役に失礼だってことなんです。脚本家さん、演出家さんが知ってるという考え方もあると思うんですが、脚本家さんは一気に何十人という人物を書いているし、演出家さんも何十人を見ているので、どうしても気づかないところってあると思うんですよ。僕は僕の役だけを見ているので、一番分かっている存在でありたい。そう思うんです」

 舞台の初日は大型連休明けの5月11日。本格的な稽古も始まった。

「映画やドラマと違ってリテイクができないわけですし、いろんな危険性をはらんでいるので、すごい怖いです、正直。でも、怖いことばかり並べ立ててもしかたがないし、その怖さやプレッシャーを楽しみのほうに変換させていかなければと思っています。稽古場で、キャストのみなさんやスタッフの方々、演出の小川絵梨子さんとともに作品をしっかりと構築していきたいと思っています。初日から千秋楽までに舞台は成長するっていうようなことも言われます。そういうところ、確かにあると思うんですが、見てくれる方に失礼なんじゃないかなって思うところもあるので、初日に見てくれる方も楽しんでいただけるように、しっかり稽古をしていきたいって思います」

 700人の観客を前に演技すること、そのために準備をすること。舞台『夜想曲集』への出演は、俳優・東出昌大をさらに大きく成長させそうだ。

 
「これは共演した役者さんが言ってたことなんですけど、その方は初舞台を踏む以前にも役者としてさまざまな映像の作品に出演されていた方ですが、初舞台をやり遂げて初めて役者って名乗っていいって思えたんだそうです。初舞台によってどう成長みたいなのはよく分からないですけど、いま僕は役者って名乗って仕事をしている、この感覚がどうなるのか楽しみですね」

 役者としてのキャリアをスタートさせてから4年目。作品に恵まれ、子供から年配の方までに知られるように成長した今も、「目の前の仕事を一生懸命やる」という気持ちは変わらない。

「初めての舞台もそうなんですが、これまで出会ってきた作品はすべてが挑戦で、チャレンジしてこなかった作品はありません。ただ、4年目になって、もう新人だって言ってもいられないようにもなってきたので、どんな役に臨むにしてもその作品を背負えるだけの演技ができたらって思います。挑戦、挑戦って言ってないで、地に足がついたお芝居をしていきたいなって思うんです。だって、“長い役者人生”なんてフレーズがありますけど、本当に長いかなんて分からないじゃないですか。何か一つうまくいかないことがあれば、それで終わりってこともありますよね。そうならないようにやっていきたいな……」

 そういうと、まっすぐな背中を仰け反らせつつ、いたずらっぽく笑った。真面目で実直、趣味は読書と落語鑑賞。27歳なのに昭和な男。その表情は、本人の言葉を借りるならば、キャッチーな『東出昌大』というイメージとは違って、とてもリラックスしていた。友達や先輩と酒を酌み交わしながらおしゃべりをするのが好きで、ラジオが大好きで録音してまで聞く、さらには「エンターテインメントの最高峰だから」と勧められたプロレス観戦を楽しみにしている27歳の“普通の男”の顔がのぞいた。このギャップに、また多くの人がハートをわしづかみされるのだろう。
(本紙・酒井紫野)