上原誠「KOICHIさんの分も背負って戦いたい」

昨年10月28日にスカイツリーで行われたファンイベントでのKOICHI選手。ハロウィンの仮装パーティーの中、普段着で来てしまい照れ笑いを浮かべた
日本のヘビー級を長く支えたKOICHI選手が交通事故で急逝

 K-1ヘビー級で活躍したKOICHI選手(本名、渡邉浩一)が4月7日、バイクによる交通事故で亡くなった。37歳だった。

 この日の夕方、都内で行われたK-1のカード発表会見の冒頭、宮田充K-1プロデューサーから報告された。

 宮田氏はKOICHI選手について「K-1には2016年から参戦して、これまで3回試合をしていただいた。昨年11月23日の初代ヘビー級王座決定トーナメント1回戦でイブラヒム・エル・ボウニ選手と対戦し、その試合がラストファイトとなりました。ご遺族の皆様にはお悔やみ申し上げます。ご冥福を祈らせていただきます。試合の話をしている時もすごく穏やかで、これがファイターなのかなと思わせるような静かな男だったが、試合は勇敢に戦うファイターだった。11月23日の試合では、これを最後にもう試合をしないということは所属のバンゲリングベイ・スピリットさんからうかがっていたが、心の中ではまた試合をしてくれないかという気持ちもあった。そんな中ファイターとしてピリオドを打って、これから第二の人生をというところで、非常に残念に思っています。これからもK-1ヘビー級の戦いは続いていきますが、KOICHI選手の分までファイターたちには頑張ってもらいたいと思っています」と話した。
沈痛な面持ちでKOICHI選手との思い出を語る上原
上原「赤ちゃんが産まれたことをうれしそうに僕に語ってくれたことを思い出すと本当に残念」

 この日はKOICHI選手とともに日本のヘビー級を支えてきた上原誠が6月大会での復帰を発表。会見に臨んだが、上原は「このニュースを知ったのはここに来る車の中。KOICHI選手とは戦友として戦った仲ではあるが、プライベートでも仲良くさせてもらっていたので…本当に残念です。K-1のスカイツリーイベントの時、仮装パーティーがあった時ですね。その時、KOICHI選手だけが私服だったんですが、あの日に赤ちゃんが産まれたんです。それをうれしそうに僕に語ってくれたことを思い出すと本当に残念です。本当にこの試合(6月17日の加藤久輝戦)に関してはKOICHIさんの分も背負って戦いたいと思っています。11月23日の時も、僕がアッシ選手に勝って、KOICHI選手は残念だったんですが負けてしまいまして。その後KOICHI選手はわざわざ僕のところに来てくれまして、“本当に頑張ってください。負けてすいませんでした” と言ってくれたことを覚えています」とKOICHI選手との思い出を振り返った。

 KOICHI選手は20005年にコウイチ・ペタスの名でプロデビュー。初代M-1ヘビー級、初代WPMF日本ヘビー級チャンピオンに輝くなど、国内の各団体で日本人ヘビー級ファイターとして長く活躍した。K-1には2016年9月から参戦。昨年11月「初代ヘビー級王座決定トーナメント」イブラヒム・エル・ボウニ戦で敗れた後の会見で引退を表明していた。