【インタビュー】スガダイロー ソロピアノ作品「季節はただ流れて行く」リリース

 フリージャズピアニストのスガダイローがソロピアノ作品『季節はただ流れて行く』をリリースした。同作は「暦」をテーマにした12曲に、至極のバラード「海を見ていた」を加えた全13曲からなる楽曲群。スガといえば「即興」「対決」といったキーワードとともに語られることが多いピアニストなのだが、今回はそういったイメージとは対極の演奏スタイルと旋律の作品となっている。
(撮影・辰根東醐)
音楽とともに浮かぶ情景を楽しめる作品

 まず、この作品を作ろうと思ったきっかけは?

「アイデアの発端はたまに行く料亭でした。料亭ってその月の旬のものを使った料理を出してくるから時期によってコースのメニューが変わってくるんですよ。季節によってその時美味しいものを出す。それを音楽でもやりたいと思ったんです。最初のうちは例えば秋なら『紅葉』、クリスマスなら『クリスマスソング』といったようにありものの曲を弾いていました。そういうふうに季節感を出していたんですが、どうせなら自分で作った季節ごとの曲を弾くということをやりたくなったんです。毎月、1曲ずつ作って、“これが今月の曲ですよ”って。そうすると毎月来てくれるお客さんも飽きないじゃないですか。“ああ、もうこの季節になったんだな”といったことが長く続けて行けば浸透していくかなと思うし、ライブにも自然と季節感を取り込んで行ける」

 ここまで「即興」といったスタイルを主にやってきて、それにひと段落とか、飽きてしまったということではなく?

「全然そういうことではないです。前菜的な曲が月に1つあると、取っ掛かりもいいだろうし、“好きな曲の月なんで行こうかな”とかライブに来る楽しみも出てくるかなって。そんなことを考えて1カ月に1曲作っていたんですが、せっかく12カ月分たまるわけだから、まとめて出しちゃおうかなと。だから最初からアルバムありきで作っていたわけじゃないんです」

 スタートしたのはいつから?

「去年の4月から」

 暦がテーマ。例えば「4月」にしてもさまざまな呼び方がある。一般的には「卯月」なのかもしれないが、ここでは「花残月」というあまり聞かない呼び方になっている。このへんのセレクトはどういう理由で?

「完全に字面です(笑)。並んだ時のことも考えて選びました。一般的な暦の読み方も何個か入っていると思うんですけど。10月の『神無月』なんかは完全に字面がいいからですよね。呼び名をいくつか見て“こんな呼び方もあるんだ”と思いましたね。例えば6月の『季夏』や12月の『春待月』なんかはすごくいいなと思いました」

 タイトルを決めたのは曲を作る前、それとも後?

「曲を作ってからタイトルを決めました。こういうインタビューとか公の場ではちゃんと神無月とか仲冬とか言いますが、スタッフ間では10月とか11月って言ってます。今でもそうなんですけど。あまり覚えていなくて(笑)」

 それぞれの頭の中で、いろいろな情景を浮かべながら曲を聴く人も多いように思える。

「タイトルは当てはめただけなんで、そんなに意味はないんです。でもそこから育つものもあると思う。こういったタイトルをつけることで幅が広がるかなって思いました。曲によってはその月を全然意識していない曲もあるんです。ただ単に、“こういう曲ができました。じゃあこれは何月の曲にしましょう”という感じの曲もあるんですけど、多分それも、聴いている人は何月といわれると、そういうふうに聞こえてくるだろうなと思います」

 全然考えていないにしても、無意識にはスガダイローの思うその月のイメージは入っているのでは?

「それは曲によっていろいろです。月に1曲新しい曲を発表すると決めた以上はせっかくだからやり遂げたいので、先取りして作っている曲もあります。“これちょっと違うかな”という曲も中にはあるんですが、人によってはしっくりいっていることも多いので、あまりこっちの意見を押し付けるのではなく、聴いた人が感じてくれればいいかなって思います」

 例えば8月の『葉月』はかなり激しい曲調で、続く9月の『晩秋』はしっとりしたものになっている。8月は世間一般でも激しいイメージがあるので、スガの頭の中にもそういうイメージがあったのかと。

「8月は本当はもっとどんよりした曲にしようと思ったんだけど、気づいたらこれになっていた。ぎりぎりで気が変わったのかな。8月に関しては、少し湿度が低い東北とか北海道、もしくはヨーロッパの夏をイメージしています。じめっととかどんよりしていなくて、けっこうシャキシャキしたイメージ。でも人それぞれとらえ方は自由。あの激しさに“台風が来たー”ってイメージする人もいるかもしれないし。俺の頭の中の季節感が入っている曲もあれば入っていない曲もある。そもそも俺の考える季節感が合っているのかという問題もある。俺がいろいろ誤解しているかもしれないし。そういうことがごちゃ混ぜになると面白いかな、ということは考えました」

 聴く側からすると、絶対に自分の生まれた月が気になるはず。

「そうそう」

 例えば先ほど出た9月などはしっとりしていて、夏の終わりを感じさせる。

「9月は俺もわりかしそういうイメージ。“うわー落ち着いたな~”みたいな」

“この夏もなにもしないまま終わっちゃったな~”みたいな…。

「そんな感じなんですか?(笑) 俺はやっと過ごしやすくなってくるのかな、って感じ。でも人によってはそういう“終わっちゃったんだな”って感じもあるのかな」

“今年もさして何もなくひとつ年を取ってしまったな” みたいな…。

「それだったらあの曲でけっこう泣けるじゃないですか。でもそういう聴き方はアリだと思います。実際、“あの曲は…”っていろいろ言われたりしますよ。みんながどんな情景を思い浮かべているのかということを聞く会をやったら面白そうですね」
(撮影・辰根東醐)
「譜面集はレシピみたいなもの。ぜひ自分の家で弾いてみてほしい」

 6月15日には発売記念公演ということで五反田文化センター音楽ホールでライブが行われた。

「発売記念とか、『季節はただ流れて行く』と銘打ったコンサートの時はこの曲を全部やりますけど、通常のライブはいつも通りです。本来、ひと月に1曲、ライブに1曲のところライブで12曲丸々やるというのはトゥーマッチなところはありますけどね。だってお通しだけのフルコースになっちゃうじゃないですか。ライブの時はいろいろ曲に意味づけを変えて与えていますけど、アルバムでは特にそんなこともなく、全体的に甘めというかロマンチックめというか、そういうふうにはなっちゃってます」

 基本的にはロマンチック?

「そう。あとBGMとしても成立し得るようなアルバムづくりをしようと思ったからおとなしめ。ライブパフォーマンス的なところは排除して、ダイナミクスとかはあまりつけないようにしたので、静かな喫茶店とかで流してもそんなに違和感はないと思います」

 今回、初めて譜面集を出した。ライブでは譜面通りに弾いている?

「メロディーの部分とアドリブの部分は分けられているんですけど、メロディー部分はほぼ譜面通りです。ちょっと変わっているところもありますけど」

 譜面を見てもそんなに簡単に弾けないですよね。

「いや、簡単ですよ。1、2曲ちょっと難しいだろうなって曲はありますけど、今回の12曲はそんなに難しくない。それもあって、みんなに弾いてもらえるかなと思って譜面集を出してみました。ピアノを弾いていて自分でも弾いてみたいという人はいると思うので、さっきの料亭の話じゃないですが譜面集はレシピみたいなものなので、ぜひ自分の家で弾いてみてほしい。アレンジは難しいかもしれないけど、そのまま弾くんだったら結構みんな弾けると思いますよ。むしろみんなに弾いてもらいたい。譜面通りにやったら意外に弾けるじゃん、みたいな、そういうふうになったらうれしいです」

 スガは昨年4月、ジェイソン・モランと競演。この企画はそれを前後してスタートしたことになる。この1年ってどういう過ごし方を?

「結構ピアノを味わっていたというか。最近、ピアノを練習しています(笑)」

 それまではあまり練習していなかった?

「していなかったんです」

 それはなぜ?

「もともと技巧に対する疑問があったんです。やっぱり21世紀だし、技術というものに人間が執着する時代はもう終わったと思っていた。ピアノなんてどれだけ下手に弾けるか、うまく弾くことはそのうち機械に追い抜かれるって。それを如実に感じたのは将棋で人間がコンピューターに勝てなくなった時に将棋連盟が“これからはどれだけ人間らしい将棋が打てるかということを棋士と…”という声明を出したんだけど、“なるほど。いいこと言うな”と思った(笑)。だからもう技術じゃない。技術というか要するにプロレス的なところに将棋も行く覚悟を決めたらしくて。人間と人間が将棋を打ったとき、本気で勝負しても、それに面白さは見いだせないわけじゃないですか。コンピューターにはもう勝てないわけだから。だからそれよりも人間的な部分を模索する。その感覚分かるなって思ったんです。音楽も技巧がもてはやされた時代はもちろんあったんだけど、もうそうじゃないなって。ありとあらゆる芸術というものが多分、一般の人たちがどんどん気軽にできるものになる。昔は例えば絵画でも技術が伴わないとアートとして成立しなかったものがどんどん敷居が低くなっている。音楽だってそう。ピアノもうまく弾くというよりも、“こんな贅沢なものがあって、それかよ”みたいな(笑)、意外とそういうものに価値が見いだせるか見いだせないかみたいなところが、最後に行きつくところなのかなって、一時期考えていたんです。でも、それにしても下手すぎるなと思って最近、練習を始めたんです(笑)」

 下手すぎるというのはなにをもって?

「去年、ジェイソン・モランさんとやった時に、“おや? この人、ピアノすげえうまいな”って思って(笑)。俺がジャズピアノ自体に魅力を感じたのは、クラシックと違って不良なところ、“これでプロかよ?”みたいな弾き方とか、“こんなの誰に習ったの?”というような弾き方に魅力を感じていたし、下手で幼稚なプレイでも、すごい味があって、それが商売になっていたりするという面白さを感じていたから。それも相まって俺はテクニックというものを否定的にとらえていたんだけど、それにしてもジェイソンは上手かった。こんなにうまいんだって」
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「去年、ジェイソンとやって“もうちょっと練習してもいいんじゃないか、お前は”って自分で思った」

 この辺の話はある程度のレベルの人同士じゃないと分からないお話。

「“もうちょっと練習してもいいんじゃないか、お前は”って自分で思って、最近は練習を始めたんです。あとは、そうは言っても俺が死ぬまでに技巧というものはなくならないだろうし。多分、俺の子供とか孫の代になれば技巧というものは人間が習得するようなものではなくなると思うんですが、今はまだそういう時代じゃないなって」

 音楽の世界にもAIといった技術が入り込んでくる?

「例えば自動ピアノと脳波をくみ取れるような装置があって、すごい音楽ファンの人の“ここはこういうふうに弾きたい”というイメージが合わされば…。その通りに弾いてくれるピアノが出てくるかもしれないし、そうしたらもう技巧というものはいらなくなるじゃないですか」

 言われてみるとボーカロイドはすでにそう?

「そう。まだ精度が低いから人間がやったほうが便利だし、早いし情報が多いから今は人間のほうが上だけど、時間の問題なんじゃないかと思う。そんなに苦労をして修行をするようなことなのかって」

 去年ジェイソンとやって技術的なこと以外で気づいたことは?

「あとは、“ああこの人のやっていることが本当のジャズミュージックなんだな”って思った。アメリカのジャズ以外はジャズじゃないと言っても過言ではない。はっきり言って、あの時に“本流があればいいじゃん”って思えたというか、俺のジャズはいらないなって思った(笑)」

 本流があるから俺は好き勝手やってもいいって感じ?

「そうそう。別に、ジャズじゃないほうがいいんだって。ジャズと名乗らなくてもいいし、名乗らないほうがいいんだって。逆に気が楽になった部分もある。なんかこれ、日本人がやる意味ないなって心の底から思えたというか」

 それは根底からしてアメリカ人と日本人は違うといったこと?

「結局そこに目が行っちゃうかな、最終的には。同じピアニストとして向かって、一応同じジャンルで演奏をしていると違いが見えて来ちゃうじゃないですか」

 DNA的なものが?

「ああ、違うな~みたいなのが」

 匠のレベルの話でなかなかついていけない。

「いや、でも意外とシンプルな話のような気もするんですよ。やっぱり落語とかって日本人がやっているものを聴きたいじゃないですか、単純に。もうそういうレベル。理屈じゃない。人種差別だとか、心は日本人だ、とか言われちゃうかもしれないけど、でも“見かけは日本人じゃねえじゃん”って(笑)。そんなシンプルなところが見えてきちゃった。入り込んじゃって見えなくなっちゃう時期がある。“本質はそこじゃない”みたいに思っていたんだけど、1周しちゃって、“本質はそこじゃん”って。一番シンプルなところなんだけど、なぜそこを置いてきぼりにしてしまったんだろう、わざと見えないようにしてしまったんだろうって。そういうことが1周回ってどんどん分かってきた。だから結構シンプルに考えられるようになってきたんです」

 頑なに見ないようにする人もいる。

「俺も見ないようにしていた時期はあった。自分だってどんどん近づいていけば黒人みたいに弾ける、みたいに思っていたし」

 それは年齢やキャリアを重ねて見えてきたもの?

「アメリカに留学していた時に“ひょっとして”と目が覚めつつはあった」

 割と早い時期!

「そう。“ひょっとして、これおかしなことをやっているんじゃないか”って、ちょっと懐疑的には生きていたんですが、いよいよ去年明るみに出た。これはもう明らかに“普通、ジャズっていったらジェイソンのジャズを聴きに行くだろう。俺のジャズじゃなくて” って。“俺のジャズとジェイソンのジャズ、どっち聴きに行く?”って聞いたら、俺でもジェイソンでしょって言うと思う。だってあっち本物じゃんって話なんで(笑)」

 気が付くのに随分時間がかかった。

「そう(笑)。まあいろいろ、もっと早くに気づけばね。でも人生、無駄も必要かなって」

 昔から「即興」「対決」と独自の道を切り開いてきたが、それは今のようなことを頭の中に置きつつやっていた?

「どうにかして独自のものを作りたいという意識はあったんですけど…。まあ今でもそれは変わらないです。ずっとそれはあるんだけど、ディテールや意識がちょっと変わってきたということかな」

 そんな考えを経たうえでできたのがこの『季節はただ流れて行く』。

「1曲1曲に“今回はこういう技を突き詰めていこう”といった技術的なコンセプトもあったんです。だから本当はアルバム名も『エチュード』という名前にしようかと思ったくらい」


 この『季節はただ流れて行く』はスガ自身は「お通しだけのフルコース」などと表現するが、結果としてはひとつの物語にも似た作品に仕上がっている。まずは自分の誕生月からでもいいので、聴いてみてほしい。そして聴いた人それぞれに音楽と同時に浮かぶ情景を楽しんでほしい。そんな作品。(本紙・本吉英人)
〔譜面〕スガダイローピアノソロ作品『季節はただ流れて行く』 VELVETSUN PRODUCTS 2500円(税別) 全51ページ