インタビューシリーズ【 LDH バトン ~夢~】Vol.34 VERBAL (m-flo / PKCZ® / HONEST BOYZ®)

 EXILE、三代目J Soul Brothers、E-girlsなどが所属するLDH JAPANは、音楽やダンスだけでなく、映画やお芝居、アパレルや飲食など、さまざまなプロジェクトを通じて「Love, Dream, Happiness」のメッセージを届けます。【LDH バトン】では、LDHに所属するアーティストやタレント、アスリートたちに、Dream(夢)について聞いていきます。

 今回は、アーティストとしてはもちろん、プロデュースワーク、LDHの国際事業部プロデューサーも務めているVERBALさんです。
「音楽で仕事をしていくというのは現実的じゃないなと思った」

――子どものころ、どんな夢を持っていましたか?。

小学校のころは漫画家になりたかったです。スターウォーズ等の海外のSF物はもちろん好きでしたが、「Dr.スランプ アラレちゃん」とか鳥山明先生の漫画が好きで、自分でも絵を書くのが好きだったんです。お話を描くというよりは、ロボットを書いて友達とコンテストみたいな感じで見せ合うとか、その程度ですが(笑)。今ならイラレ(グラフィックデザインソフトウエア、Adobe Illustrator )で模様を作ってグラフィックを作れますけど、僕が子供のころは、ちょっと特別な文房具屋まで行ってスクリーントーンを買ってきて切り貼りして。その延長でクリエイティブな仕事をしたいという気持ちは少なからずあったと思います。

――そのころのVERBALさんは、どんな子どもだったんでしょうか?
……みんなが外で遊んでいるときに、一人教室で机に向かって絵を描いていたかなあ。友達と遊ぶのも好きだったんですよ、だけどインドア派でしたね。小学校1~3年ぐらいまでは。

――そのころ思ったクリエイティブな仕事は今、されていると思うんですが、漫画家の夢からは少し変わりました。音楽を志すようになったのはどんな経緯で?

高校で組んだバンドで、テレビ番組にデモテープを送ったら受かっちゃって。その番組で優勝もして、レコード会社からオファーをもらったんです。ただその時は、諦めるというか音楽で仕事をしていくというのは現実的じゃないなと思って大学に進学しました。それから大学院に行き始めたときに、Taku(☆Taku Takahashi / m-floメンバー)と久しぶりに会い、一緒に音楽を作ったのがきっかけでm-floとしてデビューすることになりました。

――「現実的じゃない」と感じたということは、「できるなら音楽で……」という気持ちがどこかにはあったってことでしょうか?

僕の中に保守的なストッパーみたいなのがあったんですよ。親が教育熱心、特に母がそういう感じでした。高校一年生の時、90年とか91年ぐらいだったと思いますけど、ラップしてテレビに出たら、怒らないまでも「あんた、何やってるの」って感じで。「安定した職に就かないといけない」っていうのが知らない間に叩き込まれていたのかな……レコード会社からオファーが来た時も、うれしいという気持ちよりも、「いや、大学に行くでしょ」って思ってましたから。それでも、心のどこかで、クリエイティブな仕事をしながら食べていくのは幸せだしやりたいとも思っていたと思います。ただ、1曲作ってヒットした後どうするのかっていうイメージができなかったから、自分は違うのかなあって。

――クリエイティブな仕事、音楽をやっていくと思うようになるのは、デビューよりももっと後ってことですね。

2枚目のアルバム(『EXPO EXPO』)をリリースした時は、まだ大学院に行っていて、日本とボストン(アメリカ)を行き来しながら活動していました。日本に住んで、音楽にコミットしようとは思っていなかったです。あの作品が80万枚以上売れてドーンと来て、活動としてはすごく素敵な感じだったんですけど、僕の中ではまだリアリティがなくて。繰り返しになっちゃいますけど、親からはラップして生きていくなんて無理って言われてきたし、事例になるようなアーティストも当時は存在していなかったし。僕もその頃は、ラップは30歳で引退!って思ってましたから。今年43になりますけど、まさかこの年までラップしているとは思わなかった。もちろん今はすごく楽しいんですけど、イメージとして(笑)。

――事例というのは、JAY-Zとか、ファレル・ウィリアムスのような……?

JAY-Zもファレルもキャリアを重ねてきて、自らアーティストとして前にも出るけれど、プロデュースもやる。それだけじゃなくて、アートやアパレルとか多岐にわたって活動していて、音楽活がそうした活動との相乗効果を生み出すような形になっているように見えます。自分もファッションの仕事をしたり、前に出たり裏方になったりしながら音楽やっているんですけど。それって、いいバランスなのかなと思います。

――改めてお聞きします。子供のころの「クリエイティブな仕事をしたい」っていう夢は……叶ったと言えますか?

それはそうですね。想像を遥かに超えたことができています。しかも、楽しく!今だったら昔の自分に「そのまま突き進んでいっていいんじゃないかな」って言えると思います。ああ、それと、当時の親に「意外と食っていけるので大丈夫ですよ」と説明もできる(笑)。事例はなくたって、自分で道を切り開いていくのはやってみないと、どうなるかなんて分からないものです。
「J-POPの世界進出」は大きなミッションの一つ

――これからのVERBALさんはどこに向かっていくんでしょうか? 今後の夢というか。

新たなクリエイティブ・コミュニケーションのプラットフォームを作って、世界と日本の距離を縮めたいです。その作業を今、海外のアーティストや企業としています。例えば「J-POPの世界進出」は大きなミッションの一つです。iTunesには「K-POP」ってカテゴリはあるんですけど「J-POP」はないんですよ。そのために、手前味噌ですがm-floや世界に目を向けている国内アーティストがJ-POPの定義を進んで作っていき、カテゴリができるまで働きかけをしていきたい。僕が高校生の時と時代は代わり、今では楽曲を作ればすぐに発表して地球の逆側の人とも簡単にコンタクトして自身のツアーも組めます。今はみんなそれぞれ色々なプラットフォームを使用していて、まだ断片的な印象ですが、もっと日本人が海外の人や企業と繋がりやすくなり、またその逆が可能になる、ワンストップで利便性の高い、クリエティブ・ソリューションを提供するエージェンシーの様なプラットフォームを作る事が夢です。

――最後に、夢に向かって走っている人たちに向けてメッセージをお願いします。

「勝つまでやれば負けない。だからやめないこと」かな。僕の場合は「やめた方がいいんじゃない」って言葉を周りから聞かされて、過去の事例がなかったという理由で変に「現実的」になり夢を諦めてしまっていました。それはそれで大学に行って勉強できたり無駄はなかったと思っています。でも、自分の中に強い思いがあるのであれば、躊躇せずに飛び込んでいったほうがいいと思いますね。軌道に乗り始めたら楽しくなるだけだから。

【プロフィール】(ばーばる)1998年にインターナショナルスクールの同級生だった☆Takuと組み、m-floとしての活動をスタート。その後、LISAが加入し本格始動。1999年に「the tripod e.p.」でメジャーデビュー。セカンドアルバム『EXPO EXPO』が80万枚のセールスを樹立し、音楽シーンに強烈なインパクトを与えるも、LISAがソロ活動に専念するために脱退。2人になった、m-floはさまざまなアーティストとコラボしていくという“Loves”シリーズで、日本の音楽史に“featuring”という概念を定着させた。2004年には、TERIYAKI BOYZ®、2014年にPKCZ®、2016年にはHONEST BOYZ®を結成し、活動を行っている。音楽活動以外にも、自身のファッションブランド AMBUSH®ではクリエイティブディレクターを務めるなどファッション分野でも活躍。2016年からはLDHの国際事業部を立ち上げ、プロデューサーを務める。