【インタビュー】『木村政彦 外伝』著者・増田俊也「櫻井よしこに教えた大外刈り、柔道を知らない人たちに届けたディテールの凄みについて」

 最近「木村政彦」の名前を巷で目にすることが多い。「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と評された木村政彦は、15年間不敗のまま引退した伝説の柔道家だ。木村は、あのヒクソン・グレイシーの父・エリオ・グレイシーにもブラジルで完勝しており、エリオを極めた必殺技「キムラロック(腕緘)」は現在でも、世界の格闘家たちが使っている。

 その木村政彦の不遇な人生に光をあて、今日のブームの火付け役となったのが、作家で『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を著した増田俊也だ。その増田が大宅賞&新潮ドキュメント賞をダブル受賞した同作に続いて、今夏、『木村政彦 外伝』(イースト・プレス)を刊行した。

 2018年は「木村政彦 生誕百周年」。木村の地元・熊本では純米焼酎「キムラロック」が発売され、木村政彦自身が技術・解説した『木村政彦 柔道の技』が復刻されるなど、木村政彦ブーム再燃のなか、話題の『木村政彦 外伝』を執筆した増田俊也に、ベストセラー制作の内側を聞いた。
『木村政彦 外伝』著者・増田俊也氏(撮影・若原瑞昌)
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で削った部分を世に出したい

──発売されたばかりの『木村政彦 外伝』(イースト・プレス)ですが、すでに各所で話題となっています。実際に手にすると、720頁、2段組というボリュームに圧倒されました。ある書店のtweetでは「盛りだくさん過ぎて目まいがしそう」と。

 増田「そうですね。木村政彦先生と『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)に関するあらゆることが入ってますからね」

──拝読すると、ベストセラーとなった大宅賞&新潮ドキュメント賞ダブル受賞作『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を超えるページ数ながら、“外伝”らしく、さまざまな切り口で“正伝”の製作過程を読んでいるような感じで、どこから読んでもページをめくる手が止まりませんでした。“正伝”に入らなかったという第1章の「史上『最強』は誰だ?/木村政彦vs山下泰裕もし戦わば」から、熱量が半端ないです。この『木村政彦 外伝』を上梓されたのは、やはり削られた部分をあらためて世に出したいという思いが発端としてあったのでしょうか。

 増田「『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が書籍化されたとき、当初予想していなかったほどの反響を呼び、ありとあらゆる新聞や雑誌に書評やインタビューが掲載されました」

──たしかにあのときはセンセーショナルでした。

 増田「ええ。各新聞社の書評委員会で、社外の大学教授など年輩の委員たちが、みんな他の本をそっちのけで子供の頃に街頭テレビであの試合を観たときの話題を話していたと聞きました。それくらいあの昭和29年(1954)の木村政彦vs力道山の試合は、当時の世間を賑わせたし、議論を呼んだ事件だったのだと思います。その後も『空手バカ一代』をはじめ、あらゆるところであの試合は取り上げられてきたから、若い人たちもあの事件を知っていたし、関心があった。だからこそ、みんな「待っていた」とばかりにあの本に飛びついたのではないでしょうか。なにしろ週に一度は増刷が掛かってましたから。ハードカバーだけで28刷までいったんです」

──週に一度の増刷……昨今の出版事情ではありえないことですね……。

 増田「そうなんです。ありえないことが起こった。著者の僕自身も驚くような出来事でした」

──当時、どこの社の編集者や作家さんたちに会っても、あの本の話題で持ちきりでした。

 増田「そうらしいですね。ミステリー小説の賞の受賞パーティでも、出席したベテラン作家たちが、男女関係なく「木村政彦の本読んだ?」とあの本の話題ばかり話していたと聞いていますから(笑)。でも、一番驚いたのは書いた僕でした。もちろんできるだけ多くの人に届けたいと思って書いたものですが、まさかというほどの加熱状態になってしまった」

──『ゴング格闘技』誌に連載した原稿をかなり削って本にしたとお聞きしてますが。

 増田「はい。格闘技ファンだけではなく一般の読者にも届けなければいけないということで、マニアックな章を削りこんでいったんです。連載では2000枚を大きく超えていましたが、それを1600枚にした。あれが一般向けの商業出版の限界だった」

──削りこむことによって、しかし一般の読者にもたくさん届いたわけですね。

 増田「はい。そうです。コアな格闘技マニアだけでなく一般読者にも届くような書籍にしたんです。でも、今になってみると、削った部分は本当に一般の読者には不要な部分だったのだろうかという疑問もあります」

──疑問、ですか?

 増田「はい。削り込んで再構成していったんですが、その際に第一に削ったのは、やはり専門的な描写だったんです。一般読者には難しすぎるかもしれないと思って。1600枚にするには『ゴング格闘技』で読者が熱狂した「木村政彦vs山下泰裕もし戦わば」など、ディテールに凝った部分は削らざるを得なかった。連載時あの章の何が受けたかといって、今までスポーツのテキストで、あそこまで徹底的に掘り下げたライバル論というのは、普通の出版物ではありえなかったんですね」
昨年、木村政彦の生誕百年を記念して生地熊本で講演会をした。打ち上げは特製の焼酎「キムラロック」で
柔道に興味のない人にまでその面白さが遡及

──ありえないですね。

 増田「はい。でも、そこがマニアに受けた。そして、今になって思うのですが、実はそういった詳細でマニアックなことを一般読者は理解できないだろう、あるいは読みたくないだろうというのは、間違いだったことに気づいてきた」

──それはどういうことですか?

 増田「読者って僕たちが考えてる以上に頭が切れるんです。筋道たてて書いてあれば何でも理解してしまう。先ほど話しましたように、ミステリー小説の受賞パーティで女性作家さんたちまで木村政彦の話をするような状況になってしまったんですよ。いくら専門的なところを削ったといっても、書籍版のあの『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』だって充分にマニアックです。だって、戦前の高専柔道大会の拓大予科vs北大予科の出場選手全員の名前から、試合での選手たちの動き、たとえば《手首を道衣で縛って》云々なんていう細かい描写まで延々と書いてあるんですから」

──たしかに……。六高の超弩級、野上智賀雄(高専大会で八連覇した六校の大将。木村政彦の師匠の牛島辰熊は野上のもとに出稽古に行き、野上の寝技を研究した)のことも詳述されてました。

 増田「でしょう? 野上は確かに強かった。でも、その名前を知ってるのは当時の高専大会に出てた他校の選手であるとか、六高の柔道部OBであるとか、そういった人たちだけでした。ヘーシンクやルスカなら、柔道ファンやプロレスファンなら知ってます。でも、野上智賀雄は高専大会で鳴らした強豪であっても、普通のサラリーマンになった方です。その野上さんと牛島辰熊先生の現役時代の技術交流とか、そんなディテールまで『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』には描き込まれていたんですよ」

──ええ。たしかにそうでした。あのシーンも面白かった。

 増田「でしょう。書籍において重要なのは、難しい事を読者に「面白い」と読ませる力なんです。僕はたいした作家ではないけれど、あの本では、世の中の人たちに木村政彦先生のことを知ってほしくて命がけで書いた。そうしたら、柔道なんてまったく興味のない人たちまで「面白くて徹夜で読んでしまった」と言わせる本になってしまった。活字の面白さというのはディテールに宿るんだということに、あの本が売れて気づかされた」

──なるほど、たしかに……。木村政彦を最後に破った阿部謙四郎の話もすごく面白かったですね。

 増田「ええ。でも、阿部謙四郎だって、誰も知らない人です。まったくの無名だった。柔道のマニアでも知らない人物です。専門誌の『近代柔道』にだって阿部謙四郎や野上智賀雄なんて名前は出てきません。その阿部謙四郎や野上智賀雄の名前を、有名な女性作家たちがパーティで話題にしてる状況ってすごいと思いませんか?」
増田俊也は文学賞のパーティで櫻井よしこ(左)と初めて会った。そのとき櫻井はなんと大外刈りのレクチャーを求めたという
櫻井よしこ氏が「増田さん、大外刈りってどうやってお掛けになるの?」

──なるほど。それで、こんなに面白い外伝ができあがったと。

 増田「はい。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』という難解な本が、ノンフィクションというジャンルの幅を広げてくれたんだと思います。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が新潮ドキュメント賞を受賞したときにジャーナリストの櫻井よしこさんとパーティで初めてお会いしたんですが、そのとき彼女が僕に最初に言った言葉は「増田さん、大外刈りってどうやってお掛けになるの?」ですからね(笑)」

──ええっ!? 本当ですか?

 増田「はい。選考委員に櫻井さんもいて、パーティにも出席してくださった。そのときに近づいてきて、「増田さん、大外刈りってどうやってお掛けになるの?」ですからね(笑)。「お掛けになるの」ですよ(笑)。僕は櫻井さんの奥襟に軽く手を添えて倒さないように掛けて教えました(笑)。「あら、こんなふうに投げられたら痛いですわね」「ええ、痛いですよ」「怖い技なんですね」「はい。対策としてはこのあたりを持って……」なんて防御まで話しながら(笑)」

──それは貴重な体験ですね(笑)。

 増田「若いときから憧れの女性ですからすごく緊張しました。その大外刈りのレクチャーのあと、櫻井さんがあの本がいかに面白かったか、ディテールについていろいろ感想を言ってくださって、本当に嬉しかった。もちろん櫻井さんは柔道なんてやったこともないし、歴史もルールもまったく知らない。でも「すごく面白かった。最後までのめりこんで読んでしまいました」と。そのとき僕は思ったんです。僕ら書き手は、読者というものは実はすごく頭がいいということを忘れてはいけないなと」

──なるほど……。

 増田「構成さえしっかりしていれば柔道未経験者であっても、専門的なところも一般読者は間違いなく読んでくれるんです。猪瀬直樹さんだって柔道なんて知らない。でも『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を興味深く読んでくださった。櫻井よしこさんや猪瀬直樹さんのような論客を、こちらの土俵に引き込んでしまう力が、あのディテールに満ちた本にはあったんです」
新聞社社員時代、猪瀬直樹の文章に怒り、文藝春秋社に電話で抗議した増田。今回の『木村政彦 外伝』では、その猪瀬との邂逅の対談が掲載されている
“因縁”の猪瀬直樹氏との邂逅

──そうですね。たしかに。

 増田「だから今回、こうして外伝を出したら、やはり一般の読者たちからも大きな反響が返ってきています。「前の本(『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』)以上に面白いです!」という反応も少なくありません」

──なるほど。それはすごいですね。その第1章がディテールの積みかさねによる面白さだとすると、第2章は多様な人たちからの視点での面白さがあります。取材・連載当時のインタビューが肉声として書き起こされていますが、物語のなかで読むのとはまた異なる生々しさや、インタビュイーとの空気を感じます。

 増田「そうですね。毎回必死にインタビューした集大成ですからね」

──ヒクソン・グレイシー、ミスター高橋、安齋悦雄、青木真也、石井慧、そして岩釣兼生といった格闘技・プロレス関係者との対話のなかで、最後の岩釣兼生の追悼文も“正伝”にはなかった姿を知ることができました。増田さんがインタビュアーとして心掛けていたことや、特に印象深かったやりとりがあれば教えてください。

 増田「きちんと相手に敬意を持つことです。これは他のスポーツ、たとえばプロ野球や大相撲の取材者にもありがちですが、きちんとしたスポーツ競技経験がないと、相手の気持ちに入っていけないんです。僕はそこのところは気をつけました」

──なるほど。だから相手が心を開いてくれると。

 増田「はい。そうですね。時間をかけてじっくりと通って、敬意をもって本音で話していく。それしかないと思います」

──第3章の「柔道とは何か?」にも驚かされました。木村政彦以前の高専柔道や古流柔術の歴史、さらに木村以降の岡野功や野村豊和、さらにその弟子の古賀兄弟や堀越英範といった師弟たちに連なる技や系譜が、こんなにも豊潤な世界だとは知りませんでした。この章を入れた意図を。

 増田「やはり木村政彦先生の時代だけを書いても、柔道全体の豊かさのようなものが見えてこないと思ったんです。柔道未経験者の人たちに、その豊潤な海を理解してほしいと思いました」

──第4章と第5章には、意外な文化人たちが登場します。平野啓一郎、角幡唯介、菊地成孔、原田久仁信、吉田豪、綾小路翔、小林まこと、中井祐樹といった面々が、ちょっと普通の書籍ではありえないボリュームの対談で、これでもかというくらい熱く「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか?」を増田さんともに語り合っています。それを読んでいるうちに、読者もその命題を考えざるをえません。白眉は、プロローグで増田さんが異議を申し立てた猪瀬直樹との邂逅です。新聞社社員時代、猪瀬直樹の文章に怒り、文春に電話をかけた当時の増田さんは、その十数年後に本人と直に話す機会が来ると思っていましたか。

 増田「いやあ、ないですよ。ただ、中井祐樹(増田が在籍した北大柔道部の三期下の後輩)のあの試合(バーリトゥードジャパンオープン95/中井はジェラルド・ゴルドーの反則により右眼失明の大怪我を負いながら決勝戦に進出、ヒクソンと戦った伝説の大会)を見たことが大きかった。あの試合を見たときに、僕は「恥ずかしい」って思ったんです。いつも「無理だ」「不可能だ」と自分で限界線を引いて生きてましたが、中井祐樹はあのときそれを一気に突き抜けた。右眼失明という代償を払いながら、みんなに勇気を与えてくれたのだと思います。彼こそ本物のファイターだと思います」
梅村寛の主宰するネックススポーツで白帯を締めてブラジリアン柔術を習いはじめた増田(左)。柔道では黒帯だが、「増田さん、足が反対です。柔道と柔術のエビは足の動きが反対なんですよ」と梅村からアドバイスを受ける
「キャプションはほぼぜんぶ自分で書きました」

──あの巻末の【完全収録】2008-2011『ゴング格闘技』連載『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』全写真&キャプションもやりすぎなくらい(笑)、日本の書籍らしくないというか。資料性も高く、連載当時の読者からすれば、嬉しいプレゼントに感じました。どんな発想から企画されたのでしょうか。

 増田「あれは狂ってますよね(笑)。でも面白いでしょう?」

──はい。面白くてびっくりしました。あのキャプションは誰が書いたんですか?

 増田「いや、あれは僕がほぼぜんぶ自分で書いたんです」

──ええっ! 大変だったのでは?

 増田「大変ですよ(笑)。でも、そんなこと言ってられなかった(笑)。もう必死でしたから。僕も必死、編集部も必死、そこから生まれたのがあの作品でした。あのキャプションの量を見れば、みなさんわかってくださるかなと思います。それに、連載時「本文とともにあの写真とキャプションを読むのが楽しみだった」という声をたくさん聞きました。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』ではその一部しか紹介できませんでしたから、『木村政彦 外伝』では、すべてを掲載しようと」

──なるほど。それがあの狂気の巻末となったと。では、最後に『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を読んだことがあるファンに、そして普段、格闘技や柔道に興味を持つことがあまりない読書ファンにも、あらためてこの『木村政彦 外伝』の魅力、お勧めポイントなどをお聞かせください。

 増田「どのパートも一生懸命書きました。分厚くて大変かと思いますが、それぞれの章が楽しく読めると思います。読後、読者のみなさんと感想会をやりたいですね。酒を飲みながら車座になって。そのときは、天国の木村先生や牛島先生にもお酒を供えたいですね」
〈プロフィル〉
増田俊也 ますだ・としなり
 1965年生。小説家。北海道大学中退。北大柔道部で高専柔道の流れを汲む寝技中心の七帝柔道を経験。四年生の最後の試合を終えて部を引退後、新聞記者に。2006年、『シャトゥーン ヒグマの森』で第5回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞。2012年、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で第43回大宅壮一ノンフィクション賞、第11回新潮ドキュメント賞をダブル受賞。2013年、自伝的小説『七帝柔道記』、2014年、北大柔道部の三期下にあたる元修斗ウェルター級王者の中井祐樹を描いたノンフィクション『VTJ前夜の中井祐樹』を刊行。2017年『北海タイムス物語』で第2回北海道ゆかりの本大賞受賞。2018年8月『木村政彦 外伝』をイースト・プレスから刊行。
今夏、発売された増田俊也・著『木村政彦 外伝』(イースト・プレス)と、大宅賞&新潮ドキュメント賞をダブル受賞した『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)。後方は「生誕百周年」を記念して同時刊行された『木村政彦 柔道の技』。