「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界遺産候補に なぜ都会人は、縄文人に魅せられるのか?

 ドキュメンタリー映画『縄文にハマる人々』、東京国立博物館・特別展 『縄文―1万年の美の鼓動』(7月3日~9月2日)など、縄文にまつわる展示やイベントが続々と公開されている。7月19日には、国の文化審議会が2020年のユネスコの世界文化遺産登録を目指す国内候補として、「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森、岩手、秋田)を推薦することが決定するなど、縄文にまつわるニュースが盛り上がりつつある。

 世界遺産候補「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、4道県にまたがって国の特別史跡・史跡計17遺跡で構成される。中でも注目は、日本最大級の縄文集落跡である特別史跡「三内丸山遺跡」を擁し、17遺跡のうち8つの縄文遺跡が所在する青森県だ。


 写真は、青森県つがる市にあるJR木造(きづくり)駅舎だが、遮光器土偶が出土された亀ヶ岡遺跡が市内にあるとあって、マンホールも掲示板も遮光器土偶のデザインが施され、町全体が遮光器土偶一色。ライトアップされると駅周辺が異様な雰囲気に包まれる様子は、まさに「一見の価値アリ」だ。

 この駅舎は、故・竹下登総理大臣(当時)発案のもと、各市町村に1億円が配られた、通称・ふるさと創生事業によって建てられたもの。つまり、約30年前から“土偶・縄文推し”なわけで、ここ最近、急速に盛り上がりつつある縄文ブームに乗じようとする後追いとは年季が違うというわけだ。縄文ブームを牽引していく上で、“分かりやすい”コンテンツを有する青森県が果たしていく役割は、今後よりクローズアップされることが予想される。

夜は希望すれば、ライトアップも可能
 青森県が、県内縄文遺跡の世界文化遺産登録推進を表明したのは、今から約13年前の平成 17 年のこと。その後、平成21年に、 「北海道・北東北を中心とする縄文遺跡群」として、ユネスコの世界遺産暫定一覧表に記載され、以降、登録実現のための取り組みを続けてきた。
 
 それにしても皆さん、とりわけ縄文好きの方は気にならないだろうか? 

 なぜゆえ、「北海道・北東北を中心とする」なのか、と。例えば、 「土偶」縄文のビーナスと「土偶」仮面の女神という二点の国宝を所有する長野県茅野市にある「尖石縄文考古館」(尖石石器時代遺跡)を筆頭に、国内には北海道・北東北以外にもまだまだ縄文遺跡群が点在する。

 そもそも縄文時代は、世界史では「新石器時代」にくくられる。当時、大陸で暮らしていた人々は、農耕を営むことで定住を可能としていた中で、縄文人は農耕地を作らずに狩猟、漁労、採集によって定住を行っていた。これは世界的に見ても、縄文人の大きな特徴と言われている。

 後に、農耕文化が波及したことで、稲作を中心とした弥生時代が幕を開けるのは、皆さんもご存じだろう。しかし、世界的には新石器時代の住人たちは、すでに農耕地(ノラ)を有しながら定住をしていた。そのため、大陸の本場の新石器文化に比べ、農耕地を持たないことで、文明的に後れを取っていた縄文文化は、“似非新石器文化”と揶揄されることもあったほどだった。ところが、世界的に「農耕地を保有せずに、狩猟、漁労、採集によって定住を可能としていた縄文人は、むしろ自然と融和し、共存した稀有な文化を作り出していたのではないか?」という風潮が生まれることで風向きが変わる。

 「北海道・北東北の縄文遺跡群」からは、1万年以上続いた縄文時代の中で、「集落の成立」「祭祀場の発達」「墓地の誕生」というように定住生活を成熟させていくプロセスをうかがい知ることができる。縄文時代といっても一緒くたに扱うことはできず、地域によって特徴の異なる文化が発展していったことが遺跡や出土された土器から明らかになっている。今回、ユネスコの国内推薦候補に選ばれた「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、縄文文化の日進月歩を切れ目なく辿ることができる17遺跡が揃っているという次第だ。
見晴台、モニュメント、日時計と諸説ある6本柱が特徴的な三内丸山遺跡
 例えば「三内丸山遺跡」(青森県青森市)は、紀元前3900年~2200年に存在した国内最大級の縄文集落跡で、縄文時代中期前半の定住を示す拠点集落の様子を知ることができる。ストーン・サークルが見る者を魅了する「大湯環状列石」(秋田県鹿角市)であれば、後期前半の祭祀場と墓地という具合に、17の北海道・北東北の縄文遺跡群を周ることで、縄文1万年の変遷が見えてくるというわけだ。

 さらに、三内丸山遺跡は、およそ1700年間も人が暮らしていたにもかかわらず、戦(いくさ)の道具が一つも出土していない。農耕地を営んでいた同時代(新石器時代)の大陸では、争いの形跡があるが、狩猟、漁労、採集の生活を営んでいた縄文人は争いのない社会を実現していたではないか。そういったことも多くの関心を集めている一つとなっている。
八戸市にある「是川縄文館」。国宝の「合掌土偶」を見ることができる
 知れば知るほど奥の深い縄文遺跡群だが、世界遺産を見据えた際に課題がないわけではない。

 場所によっては原っぱが広がっているようにしか見えない場所もある。地下に埋まっている文化遺産の価値をどのように伝えるのか? 今後は、デジタル技術をはじめとしたバーチャルな装置なども利用して、縄文時代の風景や暮らしを体験させるなどの工夫も求められていく必要があるだろう。

 順調に進めば、来年は、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)による現地調査が行われる。遺跡の価値はもちろん、保存や活用の状況が厳しくチェックされることになっており、今後は自治体と住民が一緒になって世界遺産に向けて強固なリレーションシップを構築していくことが重要となる。17地域が連動しなければいけないという意味では、実現すれば大規模な世界遺産が誕生することになるため、大いに期待したいところだ。

 筆者は、かねてから縄文フリークの一人だったが、昨今、縄文時代に惹かれる人、特に都会に暮らす人が惹かれている現象について、妙に腑に落ちるところがある。

 電車に乗車し、デジタルサイネージを見れば、婚活、保険、御廟のCMが次々と流れ出す。 日本においては、「〇歳までに就職しなさい」「〇歳までに結婚、出産しなさい」といった呪いのような価値観が根強く残り、あたかも「人生を逆算しながら生きてください」と言わんばかりに、月々のローンは、人生の残りは……うんたらかんちゃら、そんな広告が数多く飛び交っている。

 現代人である我々の生活は、究極的なまでに農耕的、弥生的な側面に寄り過ぎた感がある。生産性を意識し、逆算して生産を考える発想、言わば、“生産性のための生産”の中で日々を過ごし働いているからこそ、息苦しく感じるのではないか。自分が大事に育てた分は、誰だって人には渡したくない。そんな堅苦しい発想が支配すれば、当然、お金も人への配慮も回らなくなる。



昨今、某議員の発言をきっかけに生産性という言葉が問題視されたが、生産性という言葉自体に害はないはずだ。むしろ、生産にいたるまでのプロセスを考えることは重要だろう。生産性という言葉に過敏になり過ぎている――それすなわち、現行の働き方や生き方に限界が近づいていることを示唆しているように感じる。

 種をまいて、水をあげて……とは違う生産方法として、狩猟、漁労、採集といった、ややもすれば偶発性や不確実性の中にある生産性(ハンティング)から生まれる文化やアイデアを、現代人が求め始めているのは偶然ではない。都会に暮らす人が縄文に魅せられるのは、自然と調和し、自由性と生産性を極度に高いレベルで両立させた生活感に対する遺伝的憧憬、揺り戻しなのではないだろうか。農耕地を作れば収穫高の概念が生まれ、格差や争いが起こりやすくなる。しかし、偶然性や不確実性の中にある狩猟、漁労、採集という生産方法を採択していた縄文人には、「隣の芝生が青く見える」という発想は希薄だったのかもしれない。

 諸説あるが、移住をする必要がなくなったことで、それまで老いとともに団体行動の中で、行動力を失うとともに居場所も失いがちだった高齢者に役割が生まれるようになったとも言われている。定住だからこそ可能となる、経験から放たれる次世代への知恵、技術の継承である。それにより文化はより成熟され、狩猟、漁労、採集の効率が向上するようになったとも言われている。縄文から学べるものは、想像以上に大きい。

 たしかに縄文遺跡群を訪れると、場所によっては「なにも見えない」かもしれない。だが、少しでも縄文に関心を抱いたのなら、ほんのちょっとでもいいから調べてから訪れてみてほしい。まるで景色が変わってくる。縄文人が成し遂げた生き方は、現代人に強烈なカウンターパンチを浴びせてくるような刺激を持っている。なぜ1万年も、その身をゆだねることができたのか。縄文人から学ぶものは多い。そのヒントを得るために、縄文人が暮らした場所を訪れてほしい。

(取材・文 我妻弘崇)

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