【徳井健太の菩薩目線】第3回 “かわいげ”も大事だけど、自分流の“許され方”を用意しておいた方がいいよね

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第3回目は、“かわいげ”について、今日も勝手に梵鐘をつき鳴らす――。


 人から可愛がられるのって大事だけど、同時にとても難しいことだよなって思う。好かれたいからって、何でもかんでも首を縦に振っていたらナメられちゃうし、相手に後出しジャンケンの機会を与えてしまうかもしれないし。それに、それが報われるとも限らないからね。

 想像を絶するくらいギャラが少なかったりすると、俺だっていまだに顔に出ちゃうことがある。本当は、「ありがとうございます!」って言った方が「かわいい奴だな」なんて思われるんだろうけど、みんながそんなことできるわけがない。だから、かわいげを振りまけなかったときに、その後をどう上手くフォローするかってこともセットで重要だと思うの。自分流の“かわいげ”よりも、“許され方”を持っておくことのほうが大切なんじゃないのかなぁ。

 ちなみに中学時代のMy許され方は、土下座だったんだよね、俺。

 手前味噌だけど、すごい土下座をするのが上手かった。土下座の姿勢が美しいとかじゃなくて、タイミングが抜群だったの。「ここ!」ってときに土下座ができたから、だいたいは丸く収まった。今でも忘れられないのが、悪ガキ的存在のクラスメイトから因縁をつけられたとき。調子に乗っている奴とかエラそうな奴って、だいたい理不尽でしょ? だから、そのときも訳が分からないうちに、俺が謝った方がいいみたいな雰囲気になった。

 「ここだ!」って思ったから俺は土下座をしようと思ったの。そしたら、サザエさんに出てくる花沢さんみたいな女子が「ちょっと男子! 徳井がかわいそうでしょ!」みたいにしゃしゃり出てきた。クソみたいな空気になって、結局、悪ガキ軍団は「じゃあいいよ! ふざけんな!」って不貞腐れて教室を出ていったんだけど、俺はそっから2カ月くらいクラスのほとんどの男子から無視される状態になったの。ホント、「余計なことしやがって」って腹が立った。その女子がしゃしゃり出てこなければ、土下座して丸く収まっていたっていうのに! 

 俺は、許され方って問題を長期化させないための一つの努力だと思うんですよ。たしかに土下座はカッコ悪いかもしれない。でも、そのことによって、とりあえず相手の怒りや自分のミスをソフトランディングできるわけじゃん。すべてにおいてかわいく振る舞えないならば、一時的に相手の感情を満足させたり、納得させるためのMy許され方があったほうがいい。自分なりの止血の方法を用意しておくだけで、大分、人との接し方って楽になると思うけどなぁ。

パニックになると分かっていたらパニックになりづらいでしょ?

 かわいく振る舞おうと思っても、ストレスを感じるようだったら無理しない方がいいよね。無理なものは無理なんだから。

 「徳井はあまり感情がないからストレスを感じることが少ない」なんて芸人仲間から言われるけど、俺だってストレスを感じるときはあるんですよ。一番感じるのは、「なんで自分がこの場所にいるのかな?」って思ってしまうとき。ただの飲み会だって聞いてたのに、いざ行ってみると合コンチックな飲み会だったりすると本当に不愉快。はじめからそうだと知っていたら行っていないわけで、自分が何でここにいるのか分からないものほど頭が痛くなる。

 動物番組に呼んでもらって、動物を微笑ましく見ているときも不安がつきまとう。とってもありがたいことなんだけど、「この画を視聴者の誰が求めているんだろう」って思っちゃうんだよね。たいしたコメントもしない俺が動物を見て微笑んでいるワイプの画なんて、世の中で最も不必要なモノの一つでしょ? さすがに収録中に土下座はできないから、心が痛い。

 だから、あらかじめストレスを感じることが予測できるなら、その状況を想像して心の下準備をしておいた方がいいよね。例えば、乗っている飛行機が乱気流に巻き込まれて物凄いパニックに陥ったとする。それって、予期せぬ事態に遭遇したからパニックになるわけじゃん。でも、もしもあらかじめ「あなたの搭乗する飛行機は乱気流に巻き込まれる」と分かっていたら、そんなにパニックに陥らないと思うんですよ。

 それと一緒で、現場で会いたくない人とか、ストレスを感じる仕事がスケジュールとして決まっているのなら、「ああ、俺(私)はこの日はストレスを感じるんだな」って、頭のチャンネルを切り替えて、ダメージを追う前提で下準備をした方が楽だと思うんだよね。「やっぱりストレスな時間だった」の方が、過ぎ去った後のダメージが少ないように思うんだけどなぁ。毎日嫌がらせを受けているみたいな状況もあるから一概には言えないけど、ストレスを“予期せぬもの”ではなく、“予測するもの”として認識しておくだけで、けっこう違うと思いますよ。

 人付き合いって不思議なもので、自分が好きだって思ってる人は、その人もだいたい自分のことを好きになってくれる。逆に、自分が苦手だな、嫌いだなって思う人は、だいたい自分のことを嫌っているもんだよ。そう考えると、日ごろから自分の好き嫌いをはっきりさせている人の方が、人付き合いが上手くなるのかなって思うなぁ。“かわいげ”とか“許され方”とかテクニカルな方法もあるけど、やっぱり好き嫌いをはっきりさせておくことが、人付き合いでは大切なことだと思うんだよね。
徳井健太(とくい・けんた)
 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。




※「徳井健太の菩薩目線」は毎月10、20、30日に更新予定です!
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