LINE世代の苦手な電話がけを巡る議論【鈴木寛の「2020年への篤行録」第65回】

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 2月2日の日本経済新聞の夕刊一面トップはこんな見出しのニュースでした。

『「電話は苦手」な若手支援 検定や研修、職場で拡充 SNS世代、企業がイチから指導』

 内容は見出しからお察しのとおり。信用金庫の若手職員がここ数年、電話対応で、アポの時間を確認しきれなかったり、相手の社名を聞きそびれたりといったことが相次いだことから、記事では、新入社員が電話応対の技能検定を受験するように義務付けるようになったと紹介しています。

 検定の受験者は5年で4倍に増えているそうですが、若者たちがメールやSNSに慣れる余り、知らない人と電話をするのが苦手にしていることを背景に挙げています。この記事を読んで、とうとう企業の研修を強化するところまで来たかと言うのが実感です。

 検定の受験者が増えたこの5年は、私がまさに政治の世界から大学教員に復帰してからの時期と重なりますが、キャンパスに戻った直後から「異変」を感じました。ある用件で「電話をしろ」と学生に言うと「えっ?」と驚いた反応が返ってきたことに逆にこちらが驚きました。

「LINE世代」の学生たちは、無料通話で話ができるようになったのにも関わらず、電話をしないのです。教授や学外の人にアポを取る際に電話をかけることやお願いメールを書くことが随分とおっくうのようです。

 目上の人と電話で話せないから、敬語も上達しない。要件を的確に話す訓練もされていない。だから冒頭の信金職員のように相手の社名を聞きもらすのでしょう。企業が半ば強制的に検定試験を受けさせないと、電話で話す基礎的なスキルの身につかない時代になってしまったと思うと、ITの利便性の落とし穴を痛感します。対策として、私のゼミでは、初めて会った人、それも世代の違う方に自分やプロジェクトを紹介するふれこみで話す練習をさせています。

 この問題、私と異なる意見もあります。IT通でおなじみの中村伊知哉さんはツイッターで「若者は電話が苦手というのは、電話が不要なメディアになっていくということ。短期的には電話リテラシーを教えるとしても、長期的には電話レスの職場を作ることが必要になる」と指摘していました。

 確かに職場のIT化で不要不急の電話を嫌がる人も増えているでしょう。ただ電話くらいの会話力を鍛えないと、社会に出たとき、面と向かっての商談など交渉ごとを乗り切れるのか心配になってきます。
(東大・慶応大教授)

東京大学・慶應義塾大学教授
鈴木寛

1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、1986年通商産業省に入省。

山口県庁出向中に吉田松陰の松下村塾を何度も通い、人材育成の重要性に目覚め、「すずかん」の名で親しまれた通産省在任中から大学生などを集めた私塾「すずかんゼミ」を主宰した。省内きってのIT政策通であったが、「IT充実」予算案が旧来型の公共事業予算にすり替えられるなど、官僚の限界を痛感。霞が関から大学教員に転身。慶應義塾大助教授時代は、徹夜で学生たちの相談に乗るなど熱血ぶりを発揮。現在の日本を支えるIT業界の実業家や社会起業家などを多数輩出する。

2012年4月、自身の原点である「人づくり」「社会づくり」にいっそう邁進するべく、一般社団法人社会創発塾を設立。社会起業家の育成に力を入れながら、2014年2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同時就任、日本初の私立・国立大学のクロスアポイントメント。若い世代とともに、世代横断的な視野でより良い社会づくりを目指している。10月より文部科学省参与、2015年2月文部科学大臣補佐官を務める。また、大阪大学招聘教授(医学部・工学部)、中央大学客員教授、電通大学客員教授、福井大学客員教授、和歌山大学客員教授、日本サッカー協会理事、NPO法人日本教育再興連盟代表理事、独立行政法人日本スポーツ振興センター顧問、JASRAC理事などを務める。

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