二ツ目さん数珠つなぎ【第7回】柳家ほたる「師匠のようにいつ見ても面白くて、客席を一瞬で明るくする落語家になりたい」

  落語ブームといわれて早ン十年。ブームはちょっと下火に?と思われているが、とんでもない。その頃まだ落語家の卵だった二ツ目さんが、現在の落語界を盛り上げている。そんなイキのいい元気な二ツ目さんを数珠つなぎでご紹介! 第7回は初音家左吉さんからの紹介で、柳家ほたるさんが登場!


 師匠柳家権太楼にどことなくフォルムが似ている柳家ほたる。「よく言われます。時々は親子ですか?とか(笑)。落語も似ればすごくいいんですけどね」と笑う。それっぽい風貌だが、噺家になる前はバンドマンだった。それがある日、落語に興味を持ち…。

「師匠に入門したのは28歳の時だったんですけど、その4年ぐらい前に、落語の事を意識したんですよね。バンドをやっていたんですけど、別にプロにはなれないし、何か面白い事はないかなーと思っていた時に、上野の鈴本演芸場の前を通りかかった。ちょうど夏だったので看板に“怪談噺”って出ていて、稲川淳二さんみたいなやつをやっているのかと思って、フラッと入ったんですね。そしたら寄席で、落語をやっていた(笑)。怪談噺は結局トリの師匠だけだったんですけど、“時そば”のような聞いた事がある話をやっていて、それがすごく面白くて。そこからですね、寄席に通うようになったのは。池袋演芸場とか、鈴本、紀伊國屋寄席なんかによく行っていました。そんな時に考えるわけですよ、将来の事とか。今までちゃらんぽらんにきてしまって、これからの人生どうしようと。その時に、落語家になりたいって思ったんです。楽しそうだし、何よりあんなに素晴らしい商売はないと。落語家はみんな楽しそうに喋っているし、聞いているお客さんも幸せそうだし。それに伝統芸能だから、修行が厳しいと思った。それまでが緩いところにいたので、自分を厳しい環境に置いて叩き直したいと思い入門しました」

 一見怖そうな(失礼!)権太楼師匠に入門したのは?

「寄席で一番面白かったから。寄席に出ているうちの師匠は、一番面白くて絶対に笑わせてくれるんです。言葉が的確じゃないかも知れないけど、外れがない。いつ見ても絶対に面白かった。人によっては、“今日は調子が悪いのかな”とか思う事もあったんですけど、うちの師匠が出ていると、今日は大丈夫だって安心できた。入門する前に紀伊國屋寄席で聞いた“火焔太鼓”は面白すぎて椅子から落ちましたもん、笑い過ぎて(笑)。師匠の事を怖いんじゃないかと思われる方もいるみたいですが、僕は高座の上でニコニコしている師匠しか知らなかったので、まったく怖いと思ってなかったです。入門してからも、修行ってこんなものだろうと思っていましたし、特に怖いと思った事はありません。もっとめちゃくちゃ厳しいと覚悟して入門したせいか、実際そんなに厳しいと感じた事はなかったです。これが落語家なんだと思ったし、なによりうちの師匠しか知りませんから、比べるものがない。今、振り返れば厳しかったのかも知れませんが、少なくとも当時はそう思ってなかった。まあ、その時は夢中でしたし、厳しいより楽しいが勝ったんですね。だって、自分が憧れた好きな人のそばにいられるんですよ。毎日家に行って、一緒にではないけど、師匠の家でご飯をいただいて。大ファンの人のそばにいられるのは何て楽しいんだって思ってました(笑)。しかも、楽屋入りしたら客席から見ていたほかの師匠たちが名前で呼んでくれる。こんな幸せな事があるんだろうかって思っていました」

 多くの落語家が厳しかったと振り返る前座修行を楽しかったと懐かしむほたる。しかし、コンプレックスも感じていたとか。

「落語に関しては遅咲きだったので、知識が全然なかったんです。笑点は知っていましたし、アルフィーのファンだったので、坂崎さんが落語のネタをよく話していて、そこら辺は何となく知っていましたが、ちゃんと聞いた事はなかった。落研の出身でもないし、落語の知識がない事がコンプレックスでした。落研の人って、そういうの当たり前に知っているじゃないですか。まくらを聞いただけで、その後に入る噺が分かるとか。ネタも分からないし、演目の漢字も読めない。そういう差って埋まらないと思って、どうしようってずっと思っていました。それでも毎日楽しかったですけど(笑)」
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