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2007年04月24日

 

第19回 大田区・京浜島

夕日に歌った『終わらないSunSet』

 4月1日に放送された『みゅーじん』(テレビ東京)を観た人は記憶に新しいかもしれない。同行取材となった品川旧東海道ウオーキングの最終地点は京浜島。品川区民公園のアスレチックでターザン滑りをした後、ロケの関係でいったん時間調整をしての再訪となった。

 京浜島といえば、羽田空港を離発着する飛行機を眼前で見られる場所として、飛行機好きの間では有名な場所だ。突端の公園では、機影を撮影する人や、家族連れが遊ぶ姿、散歩がてら自転車で来ている人たちがのんびりとおしゃべりする姿が見うけられる。夕日を待ってのロケ。空がしだいにオレンジ色に染まってくる。
「いいねー、夕日」。ギターを取り出し、吉川がつぶやく。「昔はよく夕日を見に行ったりしたね。上京した当時は東京で360度見渡せる場所ってあんまり知らなくて、車で都心から鮫洲のほうに向かったら、視界がバーンって開ける橋があってさ。今は高層ビルが建っちゃってつまらなくなったけど、そのころはよく行ったね。10代から20代の始めのころ。なんでこんなにせせこましいんだろうなあ…っていう思いもあったし、あとは女の子とデートする時とかね」
 景色は変わっても、そのころと変わらぬ夕日が吉川を照らしていた。
 番組の最後に吉川がここで歌ったのは『終わらないSunSet』。1987年にリリースされたこの曲はファンの間でも人気の高いスローナンバーだが、この歌が生まれたのも街歩きがきっかけだった。場所は東京ではなくニューヨークなのだが。
「『MODERN TIME』っていうアルバムのころだから、20歳のときかな。深く考慮する暇なんかまるでとれない生活に本当にヘロヘロになっちまったぜえ~ってな感じで、俺はもうNYに逃げちゃうぜえー! みたいなね。でも行ってみたらちゃっかりテレビが待ち構えてたりして、ちょっとさあ~休みじゃねえ~じゃん!って。野郎友達3人で行ったんだけど、俺はひとりで街に出て、それこそマンハッタンの上から下までずっと歩いてた。“どこだっていいんだよ、ここじゃない何処かなら!”みたいな心境で、ただず~っとね。そしたら行き止まりの海に出ちゃって、あたりには何もなくて、シーフードレストランみたいなのを見つけて入ってカニかエビかなんかを食ったんだけど、夕方で、“店はもう終わりだよ”って言われて。で、そこに本当に海に向かうテラスがあって、そこで作ったの。ホント何も考えられないまま、その時の想いだけをそのままにって感じなんだけど、歌ってのはそういうのがいいのかもね。自然に涙が流れてきてたんだよね」
 さまざまな出来事や出会った光景が彼の中で沸騰し、歌が生まれる。NYにも“路地裏ダイヤモンド”はあったということだ。
 現在は、ニューアルバム『TARZAN』をひっさげての、4月27日からスタートするツアーリハの真っ最中。『KIKKAWA KOJI LIVE 2007 CLUB JUNGLE TOUR "TARZ
AN!"』は、8月18日・両国国技館でのFINALまで続くが、その間も“何かが見つかる”路地歩きは続く。

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京浜島。夕暮れ時にはちょっぴり寂しい 羽田の離発着を一望。京浜島は飛行機マニア垂涎の場所 夕暮れを待つ。昼が夜に出会う
夕日を待ってスタンバイ。雲の隙間から夕日が出るか心配 スタッフと談笑。笑顔の吉川。この笑顔があるから頑張れる 橙の夕日が辺りを染める。シルエット吉川、シブイ
『終わらないSunSet』。名曲を熱唱 オマケ? 旧東海道沿いの商店街で見つけた品川の地ビール『品川懸麦酒』。日本最初の幻のビールの復刻版で、フルーティーで女性にもおすすめ

2007年04月09日

 

第18回 旧東海道~品川区民公園

好きなモノにこだわる

 品川神社で板垣退助の墓に参り、東海寺の沢庵和尚の墓を訪ね、清光院ではネパールの寺で見たものと類似した大名墓を発見して驚いたり、広々とした天妙国寺をのぞいたりしながら、入り口に象がいる風変わりな門構えの真了寺を通り、品川寺ではイチョウの巨木に嘆息し、吉川が「ここに住みたいね~!」と感想をもらした美しい格子天井の海雲寺にたどり着いた。

寺、寺、寺とまわった旧東海道ウオーキングもここで一段落。古いものに触れ、「やはり匠の技はすごい!」と吉川の顔に笑顔が見える。

 以前吉川に、どうしてそんなに寺や墓を巡るのかを聞いたことがある。ちょっと神聖な気分になれるし、樹木が多くて心地よいというのがひとつの理由だが、「墓なんかは気持ち悪いと思う人もいるだろうけど、人がきてくれたほうがうれしいんじゃないの?」と言われて納得したものだ。過去があるから今があり、だから未来もある。天気のいい午後、路地裏にも春の光が降り注いでいた。

「あまり教えたくないんだけど、とっておきの場所がある」
 そう言って吉川が向かったのは、旧東海道の鮫州商店街を左に折れたところにある運河の土手。鮫州橋をのぞみ、土手いっぱいに咲いた黄色の菜の花がそよ風に揺れていた。

「わぁ、すごい!」。同行スタッフ全員から歓声があがったほどその風景は清々しかった。
「冬は海風が冷たいけど、春から秋まで、ここはいいよ。普段はあんまり人がいないから、夏なんか上半身裸になって日焼けもできるしね。俺は日に焼いてもすぐ赤くなってサメちゃうタイプで、一度“肌を焼いてる役で”って言われて困ったことがある。撮影してるうちにどんどん白くなっちゃうから。そんな時、ここに焼きに来たりしたこともあるよ」

 菜の花の土手を延々と歩き、立会川を超えて池上通りを左に曲がると、「この辺に来たら寄ってる」というパン屋『明治屋』がある。コンビニが発達した今の時代からは取り残されたような店構えだが、ショーウィンドーに並ぶ“コッペパンの手作りサンドやおにぎり”が食欲をそそる。

「今日はちょっと種類が少ないね。以前はもっと、焼きソバパンとかウィンナーサンドとかあったんだけどね。時代の流れなのかもしれないけど、俺はやっぱりこういう店が好きだね。食べるものは作ってる人の顔が見えるのが一番でしょう! じゃ、俺はメンチカツサンド」

 吉川に続き、コロッケサンド、シャケのおにぎりなどを買い込み、品川区民公園に向かう。ここはジョギングコースやバーベキュースペースもある広大な公園で、品川水族館へと続いている。ふと見ると『腹筋何回』と書かれたアスレチック器具のようなものがある。

「ここはそういうのがずっと続いていて、全部やるとかなりの運動になるよ」
なるほど。しかし、のどかな公園でそれを実行する人はいるのだろうか?
「俺は何度か一通りやったけどね。これが結構大変なんだよ」

 手で綱を持って滑るアスレチックにたどり着くと、吉川は早速手綱を握り、ターザンのように颯爽と風を切っていった。

(つづく)

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菜の花に埋め尽くされる鮫洲運河河畔 知らず吉川も笑みを浮かべる 「この辺りは日焼けにぴったり」と吉川
すっかり葉桜の季節へと移り変わろうとしている鮫洲の桜 昔ながらの明治屋。パンがまたウマイ サーキットトレーニングのようにエクササイズのハウ・トゥを。品川公園
登って~、降りて。こんなこともする もちろん究めつけはこれ。ターザンならこれがなくっちゃ “ア~アア~~”



2007年04月02日

 

『路地裏ダイヤモンド』拡大版

TOKYO HEADLINE 300号記念 吉川晃司、東京を歩く。

 連載エッセー『蘭心竹生』のセカンド・シーズンとして始まった『路地裏ダイヤモンド』。吉川と巡る路地裏には常に発見があり、反骨と、感動と、笑いがあった。好奇心の行く先に見えてくる風景がある。路地裏は、街という名のエンターテインメントなのだ。

 3年8カ月ぶりのアルバム『TARZAN』のリリースを控え、街を歩く吉川の背中をテレビカメラが追っていた。4月1日放送のテレビ東京『みゅーじん』とTOKYO HEADLINEとの合同取材が敢行されたのは3月20日。吉川がまず向かったのは、品川神社にある板垣退助の墓だった。

 板垣退助といえば、自由民権運動の士として歴史の教科書にも登場する人物であり、かつて100円札の絵柄にもなった。しかしその墓所は、人目につかない神社の裏手にひっそりと存在していた。

「これを見つけたときはびっくりしたよ。こんなところに墓?って。板垣退助って人は、本当に庶民のことを考えて政をした人のひとりだと思うから、もっとちゃんと知らせたほうがいいと思うけどね。墓に誰もこないのは寂しくてかわいそうと思うね。暴漢に襲われたときに言ったという有名な『板垣死すとも自由は死せず』という言葉は、本当は後でつけたらしいけど。実はそのときは“痛ぇから早く医者を呼べ!”と言ったというね。人間ってドラマチックにしたがるもんで、後付けでいろんな逸話が出来上がるけど、俺は“痛ぇ”と言った板垣退助に逆に人間味を感じる。そんな名言をはかなくても、志ある政治家だったことに違いはないわけだからさ」

 もし吉川晃司にそんな逸話が残るとしたら、どんなものがいいのか。ためしに聞いてみた。

「俺だったら100倍にカッコよくしてもらいたいね(笑)。悪党に襲われて、シンバルキックで100人までは倒したとか(笑)。でも最後は結構みっともないのがいいな。100人まで倒したけど、バック転したら首が折れたとか、最後のせりふが“あれ?”だったとか(笑)」。

 吉川は自分のジョークに高らかに笑った。

「これを見つけたときも感激したよ」。次に向かったのは、漬物の『たくわん』で有名な沢庵和尚の墓。山手通りの線路脇の路地には墓所の表示があるが、吉川はそれを見ずに発見したという。「こんなところに路地がある、と思って入っていったらあったの。そういうのって、分かって行くより歩いてたら見つけたっていうほうが喜びが大きいじゃない。だから俺は歩くときにリサーチしていかないようにしてる。ヘンなところに入りこんじゃうから、寺の人なんかには不信がられるけどね。そういうときには“ご苦労さまです”って、檀家のふりをする(笑)」。

 彼にとって、歩くことは発見すること。小さなことにも無感動になりたくないという思いが、いろんな驚きを引き寄せているようだ。

「職業柄ってのもあると思うけど、いつもふわふわのスポンジでいたいなっていう気持ちはあるよね。何かを見つけたらギュッと吸収できるようにね」

 沢庵和尚の墓には、巨大な漬物石のようなものが置いてあった。

「これは後世の人がやったんでしょう。だって、そんなバカなでしょ(笑)。でも、実は最初からそうだったかもしれない…って想像するのが面白かったりね」

 山手通りを戻り、「一度、池尻から海まで歩いたことがある」という目黒川を渡り、旧東海道に入ると、品川~青物横丁へと長い商店街が続いていた。歩き始めると、次々に出くわす寺、寺、寺。寺好きなら狂喜乱舞するほどこの界隈には寺が多い。「七福神巡りも面白いよ」と吉川。何度も歩いた道だけに知っていることも多いが、実はこの日、新たな発見があった。

 火と水の神を祀っているという海雲寺のお堂をのぞいたときのこと。「うわっ! これ、すごい!」。その声に誘われて天井を見上げると、格子状にさまざまな纏の絵がびっしりと描かれていた。吉川はその場所がすっかり気に入った様子だ。「古いモノとか匠の技を見てると元気になる。モノを作る刺激になるよね。ここにスタジオなんか作ったらいいだろうなぁ」

 海雲寺の入り口には『荒神』の表記があった。「今日から“吉川荒神”でどうでしょう?」と投げかけると、「自分で言うの? バカだねぇ~」と大笑いだったが、「でも、荒れる神っていいよね。荒い神は嫌だけど、神になっても荒れるんだよ(笑)」。普段はひと気のないお堂に、笑い声が響いた。(つづく)

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品川神社の桜。街歩きは四季を肌で感じる 板垣退助の墓所にあった記念の碑、あの有名な言葉が 朝の光に朱が美しい
歩く、歩く。足が長いから追いつくのが大変だ 沢庵和尚の墓。漬物石?? 『清光院』にあった、かつての武士・奥平家の墓所
塔には下から「地・水・火・風」の文字。ネパールで見たものと似ている 目黒川沿いの恵比寿様。いい雰囲気かもしてます 寺はネコのいい避難場所だ
旧東海道。かつて宿場町、今商店街 旧東海道の1本裏道でいい駄菓子屋を発見! 品川寺にある樹齢600年のイチョウの木。乳が垂れている
品川寺の境内には『東海七福神』の案内板が 「“からだ”の旧字は“骨が豊か”って書くんだねぇ」。『海雲寺・千体荒神』の山門 海雲寺・本堂。中に上がることができる。土足厳禁
吉川が感動した海雲寺の格子天井。真ん中には龍の絵。取り囲むように纏の絵が 纏のほかにもいろいろな絵が奉納されている。「これ、かつおだよ、かつお」と、魚の絵にも反応 鮫州運河。餌を持っていくとこうなる。ハト、ハト、カモメ