『路地裏ダイヤモンド』拡大版
TOKYO HEADLINE 300号記念 吉川晃司、東京を歩く。
連載エッセー『蘭心竹生』のセカンド・シーズンとして始まった『路地裏ダイヤモンド』。吉川と巡る路地裏には常に発見があり、反骨と、感動と、笑いがあった。好奇心の行く先に見えてくる風景がある。路地裏は、街という名のエンターテインメントなのだ。
3年8カ月ぶりのアルバム『TARZAN』のリリースを控え、街を歩く吉川の背中をテレビカメラが追っていた。4月1日放送のテレビ東京『みゅーじん』とTOKYO HEADLINEとの合同取材が敢行されたのは3月20日。吉川がまず向かったのは、品川神社にある板垣退助の墓だった。
板垣退助といえば、自由民権運動の士として歴史の教科書にも登場する人物であり、かつて100円札の絵柄にもなった。しかしその墓所は、人目につかない神社の裏手にひっそりと存在していた。
「これを見つけたときはびっくりしたよ。こんなところに墓?って。板垣退助って人は、本当に庶民のことを考えて政をした人のひとりだと思うから、もっとちゃんと知らせたほうがいいと思うけどね。墓に誰もこないのは寂しくてかわいそうと思うね。暴漢に襲われたときに言ったという有名な『板垣死すとも自由は死せず』という言葉は、本当は後でつけたらしいけど。実はそのときは“痛ぇから早く医者を呼べ!”と言ったというね。人間ってドラマチックにしたがるもんで、後付けでいろんな逸話が出来上がるけど、俺は“痛ぇ”と言った板垣退助に逆に人間味を感じる。そんな名言をはかなくても、志ある政治家だったことに違いはないわけだからさ」
もし吉川晃司にそんな逸話が残るとしたら、どんなものがいいのか。ためしに聞いてみた。
「俺だったら100倍にカッコよくしてもらいたいね(笑)。悪党に襲われて、シンバルキックで100人までは倒したとか(笑)。でも最後は結構みっともないのがいいな。100人まで倒したけど、バック転したら首が折れたとか、最後のせりふが“あれ?”だったとか(笑)」。
吉川は自分のジョークに高らかに笑った。
「これを見つけたときも感激したよ」。次に向かったのは、漬物の『たくわん』で有名な沢庵和尚の墓。山手通りの線路脇の路地には墓所の表示があるが、吉川はそれを見ずに発見したという。「こんなところに路地がある、と思って入っていったらあったの。そういうのって、分かって行くより歩いてたら見つけたっていうほうが喜びが大きいじゃない。だから俺は歩くときにリサーチしていかないようにしてる。ヘンなところに入りこんじゃうから、寺の人なんかには不信がられるけどね。そういうときには“ご苦労さまです”って、檀家のふりをする(笑)」。
彼にとって、歩くことは発見すること。小さなことにも無感動になりたくないという思いが、いろんな驚きを引き寄せているようだ。
「職業柄ってのもあると思うけど、いつもふわふわのスポンジでいたいなっていう気持ちはあるよね。何かを見つけたらギュッと吸収できるようにね」
沢庵和尚の墓には、巨大な漬物石のようなものが置いてあった。
「これは後世の人がやったんでしょう。だって、そんなバカなでしょ(笑)。でも、実は最初からそうだったかもしれない…って想像するのが面白かったりね」
山手通りを戻り、「一度、池尻から海まで歩いたことがある」という目黒川を渡り、旧東海道に入ると、品川~青物横丁へと長い商店街が続いていた。歩き始めると、次々に出くわす寺、寺、寺。寺好きなら狂喜乱舞するほどこの界隈には寺が多い。「七福神巡りも面白いよ」と吉川。何度も歩いた道だけに知っていることも多いが、実はこの日、新たな発見があった。
火と水の神を祀っているという海雲寺のお堂をのぞいたときのこと。「うわっ! これ、すごい!」。その声に誘われて天井を見上げると、格子状にさまざまな纏の絵がびっしりと描かれていた。吉川はその場所がすっかり気に入った様子だ。「古いモノとか匠の技を見てると元気になる。モノを作る刺激になるよね。ここにスタジオなんか作ったらいいだろうなぁ」
海雲寺の入り口には『荒神』の表記があった。「今日から“吉川荒神”でどうでしょう?」と投げかけると、「自分で言うの? バカだねぇ~」と大笑いだったが、「でも、荒れる神っていいよね。荒い神は嫌だけど、神になっても荒れるんだよ(笑)」。普段はひと気のないお堂に、笑い声が響いた。(つづく)
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