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2007年05月29日

 

第21回 世田谷区豪徳寺

招き猫と居心地のいい喫茶店

  その日の天気予報は雨だった。しかも「午後から強い雨」の予報。曇り空の中、行けるところまで行こうということで池尻から『烏山川緑道』を歩き始め、松蔭神社までたどり着いた。雨はポツポツと降り始めてきた。「でも、ここまで来たらとりあえず豪徳寺まで行かない?」。

吉川の提案にスタッフも全員同意見。少しの雨ならその中を歩くのもまた楽しい。「カメラ、大丈夫?」。機材を持ち歩くカメラマンに声をかける吉川だった。

 小田急線の駅の名前にもなっている豪徳寺は広大な寺だ。住宅街の道を、右に『梅が丘』左に『豪徳寺』の住所表示を見ながら進むと、正面にうっそうとした寺の森が見えてくる。

「ここは招き猫の発生の地なんだよね」。昔、この界隈をある大名が歩いてるときにね…という招き猫の謂れを説明する吉川の話を聞きながら寺にたどり着くと、入り口にも招き猫。「あれ、おもしろいでしょ」。先導する吉川の先には、奉納された招き猫がブワーっと並んだ棚があった。

「俺も一時期、招き猫に凝ったことがあったからね。最初は下町とかに散歩に行ったとき、何か買って帰ったほうがうれしいなと思ったのが始まりで、それからいろんなところに行っちゃあ、ちっちゃい招き猫を買ってきてたの。スタジオが殺風景だったし、ちょっとは福を招くんじゃないかなと思ってね。そしたらあるときうちのスタッフが、“吉川さん、これいいでしょ!”って、電動で腕がキコキコ動くやつを買ってきた。さすがにそれは“ちょっと違うんじゃないか”って(笑)。それからもいろんなのが集まり過ぎちゃってちょっと嫌になったりしたけど、今もスタジオに何個か飾ってあるよ。招き猫作家さんの一点物とか、そういうのはおもしろいなって思うよね」。ちなみに豪徳寺では招き猫も売っている。それだけでなく境内には美しい花々も満開で、井伊直弼の墓もある。世田谷の昔をしのぶには、自然たっぷりの居心地のいい寺だ。

「木とか草とか、そういうものを慈しむというか愛でる気持ちっていうのは、完全に老化現象かもしれないけどね(笑)。若いうちは生命に対する執着ってないじゃない。だから自然に対する感じ方も違うかもしれないけど、一度知り合いの若い女のコたちを連れて歩いたときなんか大変だったもん。“私たちも一緒に行く~!”って言うから、お前ら本当だなって言ったんだけど、歩き始めたら靴のかかとは踏んでるわ、サンダルはいてるわで、少し歩いただけなのに“どこまで行くの? もう信じらんな~い”とか言い出して、途中で店に入っちゃったコとかいたからね(笑)」


 雨はさらに強くなってきた。昼ご飯を食べていないことを思い出し、松蔭神社近くの商店街に戻り、魚屋がやっている店で魚定食を食べる。その後は近くの喫茶店で雨宿り。古い住宅を改装したその店を、吉川はいたく気に入った様子だった。

「最近、こういう店、多いよね。わざと古っぽく作ってあるような店はあんまり好きじゃないけど、古いまんま使ってるとこは味があっていいよ。ここはカーテンとか窓も古いし…」と言いながらガラガラっと窓を開けると「にゃぁ」と猫が庇で雨宿りしていた。「びっくりした。開けちゃいけなかったのかね(笑)」

 ニューアルバム『TARZAN』リリースに続く番組出演やツアー開始と、多忙を極める日々の中、コーヒーを飲み、店自慢のスイーツをつまみながら、思いがけず過ごしたまったりとした午後。雨はまだ降り続いていた。

(つづく)

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豪徳寺の入口脇にある商店。ここからすでに招き猫 豪徳寺山門 参道がしずしずと続く
五重塔も建立されている。ここだけ見ると京都のお寺のよう 雨が降ると緑に艶やかさが増す 奉納された招き猫の大群。「いつ奉納されるんだろう?」と吉川も首を傾げる
猫、猫、猫。壮観。圧巻。 もういっちょ猫。真ん中に見える黒いのはアタゴオルか!? 社務所でも猫がお出迎え。でも招き猫じゃない
ここでも井戸を発見。飲めないらしい… 井伊家代々の墓所。広い墓所は中国を思わせる 井伊直弼の墓。吉田松陰の墓と対で見ると意味深い
魚屋で食べたお昼。祐庵焼? 居心地のいい、古い民家を改装したかフェレストラン 中も趣向が凝らされている。押入れと障子戸を利用した席がいい



2007年05月15日

 

第20回 池尻から松蔭神社への『烏山川緑道』

ザリガニから吉田松蔭まで

 待ち合わせ場所は池尻の『丸正』の隣りの橋の上だった。ここから世田谷の烏山まで伸びる『烏山川緑道』という遊歩道があり、今回はその長い道のりを歩くのが吉川からの提案だった。
「俺は何度か歩いてるし、仕事で砧の東宝やTMCのスタジオに行くときもここを歩いていくんだけど、途中から遊歩道を離れて砧のほうに抜けようとするといつも迷っちゃう。

あのへんの世田谷の道はめちゃくちゃ入り組んでて、絶対にこっちと思っても全然違うほうに出たりしてわけが分からない。いつも途中で“ごめん、20分遅れる”とか(笑)。裏を通って近道しようと思うのがダメなんだろうけどね。素直に世田谷通りを行けば間違わなくて済むけど、緑道を歩くほうが花とか木があって気持ちがいいし、悔しいから何度もトライするの。で、帰りは三軒茶屋あたりまで歩いて、その辺りに住んでる友達と飯食って帰ってくるとか」
 ということで今回はどうなるか。最初の目的地を松蔭神社と決め、アヤメやツツジが咲き誇る緑道を歩き始めた。この道はもともと川だった上に道を作ったもので、今も下水の再生水を利用したせせらぎが流れている。「グッピーとかドジョウとかザリガニがいて、サキイカを持ってきちゃあザリガニを釣ってリリースしたりとかね。春先には餌になる金魚を大量に放流することもあるんだけど、子供が捕まえたり、金魚の業者が取っていったりするらしいんだよ。俺も一度金魚泥棒に間違われたからね(笑)。仲間の男とふたりでウロウロしながらそこにいたオジサンと話してたら、“夜中にごっそり持っていく人がいるんだよ”って言いながら俺の顔をジーっと見てる。あ、そういうことねって(笑)」
 ふと見ると、カモの親子が水辺に鎮座していた。「このカモは、ちょっと前まで向こうのカモの溜まり場にいたんだよ」。ついて行くと、確かにカモが集まっている水辺があった。近所の人たちの餌やり場にもなっているらしく、水の溜まりに野菜が浮かべてある。カモに詳しそうなオジサンが「向こうのカモは去年ここにいた」と説明していたが、吉川は「いや、2年か3年前のカモだね。俺はずっと見てるから分かる。このカモはまだ成人してないとかね。羽の毛の色とかが微妙に違ってくるから」。吉川はカモの年齢も分かるロッカーなのだ。先日行われた中野サンプラザでのライブの、ひたすらソリッドでカッコいいステージを繰り広げた“吉川晃司”とはリンクしないネタだが、そこが人間の幅なのである。
 途中、分からない花の名前をオバサンに尋ねたり、「子供のころ、ツツジをもいで吸うと甘かった」なんて懐かしい話をしながら、太子堂を過ぎ、環七で一度緑道を離れて世田谷線の踏み切りをスルーし、住宅街の路地裏を松蔭神社へと向かった。幕末の士である吉田松蔭を祀った神社には、移築された松下村塾が残っている。「神社仏閣には、こういう古くていいものが残ってる。そういうのが好きだなって思うんだよね」。立て札に書かれた吉田松蔭に関する記述をじっと読みながら、「昔の人はすごいね」とポツリとつぶやいた。「じゃあ、俺たちも革命してみようか! でもそれじゃ順番が逆だな(笑)」。今を笑い飛ばしながら心に歴史を感じる。路地裏にはそういう時間も落ちている。

(つづく)

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緑道の入り口。アヤメが迎えてくれる 鯉も出迎えてくれたりする。「背中見えちゃってるもん。これ以上大きくなれないね」と吉川 水路脇にいたカモの親子。写真を撮られ慣れてる風だ。ラブリー。
ネギカモならぬ、白菜とネギ メダカ発見。さすが吉川晃司、目が敏い ザリガニたち。吉川「ああ~スルメ持ってくればよかったね」
眠いのか、何かを考えているのか、悩んでいるのかよく分からない緑道の案内小僧 「この辺銭湯多いんだよ」。緑の隙間から見える銭湯の煙突 三宿神社にあった能楽堂。これを見て吉川が鳩森八幡宮の能情報を思い出した
緑道で盛りを迎えていた藤の花 オバサンを教えてくれた、超大輪の牡丹。手のひらより大きいです 世田谷線。赤い車体が車と一緒に信号を待ち、青になると走り出す
松陰神社。日本の未来を憂い、29歳で死んでいった明治維新の精神的理論者の吉田松陰を祀る 神社の一隅に移設されている松下村塾。高杉晋作、伊藤博文、山形有朋ら後の明治維新の立役者たちが机を並べた 「こういう店、いいよね」。松陰神社近くの商店街で