第20回 池尻から松蔭神社への『烏山川緑道』
ザリガニから吉田松蔭まで
待ち合わせ場所は池尻の『丸正』の隣りの橋の上だった。ここから世田谷の烏山まで伸びる『烏山川緑道』という遊歩道があり、今回はその長い道のりを歩くのが吉川からの提案だった。
「俺は何度か歩いてるし、仕事で砧の東宝やTMCのスタジオに行くときもここを歩いていくんだけど、途中から遊歩道を離れて砧のほうに抜けようとするといつも迷っちゃう。
あのへんの世田谷の道はめちゃくちゃ入り組んでて、絶対にこっちと思っても全然違うほうに出たりしてわけが分からない。いつも途中で“ごめん、20分遅れる”とか(笑)。裏を通って近道しようと思うのがダメなんだろうけどね。素直に世田谷通りを行けば間違わなくて済むけど、緑道を歩くほうが花とか木があって気持ちがいいし、悔しいから何度もトライするの。で、帰りは三軒茶屋あたりまで歩いて、その辺りに住んでる友達と飯食って帰ってくるとか」
ということで今回はどうなるか。最初の目的地を松蔭神社と決め、アヤメやツツジが咲き誇る緑道を歩き始めた。この道はもともと川だった上に道を作ったもので、今も下水の再生水を利用したせせらぎが流れている。「グッピーとかドジョウとかザリガニがいて、サキイカを持ってきちゃあザリガニを釣ってリリースしたりとかね。春先には餌になる金魚を大量に放流することもあるんだけど、子供が捕まえたり、金魚の業者が取っていったりするらしいんだよ。俺も一度金魚泥棒に間違われたからね(笑)。仲間の男とふたりでウロウロしながらそこにいたオジサンと話してたら、“夜中にごっそり持っていく人がいるんだよ”って言いながら俺の顔をジーっと見てる。あ、そういうことねって(笑)」
ふと見ると、カモの親子が水辺に鎮座していた。「このカモは、ちょっと前まで向こうのカモの溜まり場にいたんだよ」。ついて行くと、確かにカモが集まっている水辺があった。近所の人たちの餌やり場にもなっているらしく、水の溜まりに野菜が浮かべてある。カモに詳しそうなオジサンが「向こうのカモは去年ここにいた」と説明していたが、吉川は「いや、2年か3年前のカモだね。俺はずっと見てるから分かる。このカモはまだ成人してないとかね。羽の毛の色とかが微妙に違ってくるから」。吉川はカモの年齢も分かるロッカーなのだ。先日行われた中野サンプラザでのライブの、ひたすらソリッドでカッコいいステージを繰り広げた“吉川晃司”とはリンクしないネタだが、そこが人間の幅なのである。
途中、分からない花の名前をオバサンに尋ねたり、「子供のころ、ツツジをもいで吸うと甘かった」なんて懐かしい話をしながら、太子堂を過ぎ、環七で一度緑道を離れて世田谷線の踏み切りをスルーし、住宅街の路地裏を松蔭神社へと向かった。幕末の士である吉田松蔭を祀った神社には、移築された松下村塾が残っている。「神社仏閣には、こういう古くていいものが残ってる。そういうのが好きだなって思うんだよね」。立て札に書かれた吉田松蔭に関する記述をじっと読みながら、「昔の人はすごいね」とポツリとつぶやいた。「じゃあ、俺たちも革命してみようか! でもそれじゃ順番が逆だな(笑)」。今を笑い飛ばしながら心に歴史を感じる。路地裏にはそういう時間も落ちている。
(つづく)
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