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2007年09月24日

 

番外編  in PERUその1

クスコ~パロトア村~マチュピチュ~チョケキラオへ

 8月31日~9月15日まで、吉川はテレビ東京の特番のロケでペルーに出向いていた。かつて栄華を誇ったインカ帝国がスペイン人に滅ぼされ、黄金を略奪され、現在は主なきマチュピチュなどの遺跡が世界遺産に登録されているあのペルーである。

「この旅の企画をもらうまでは、みんなと同じように、インカ、マチュピチュ、ナスカの地上絵、センデロ・ルミノソ、日系移民フジモリ大統領くらいのイメージしかなかった。20年くらい前、バミューダ海域にあったモントセラト島のスタジオで1カ月くらいレコーディングしたことがあったけど、南米に近づいたのはそれぐらいで、やっぱり遠い国だよね。もともと飛行機が得意ではないので好んでは海外に行かないし、むしろ本の中で旅してるほうが好きなタイプだから」

 それでも吉川の中ではさまざまな期待がふくらんできた。

「今の時代って、未来にはエデンの園が待ってるような夢があるのかといったら、おそらくないと思う。果実に例えるなら、まだ青く甘酸っぱいうちはその先に憧れや楽しみを持つこともできるけど、熟れすぎたそれに待っている運命は、腐って落ちるだけ、みたいなね。だから過去のほうがロマンがあったりして、そこにどんな文明があってどんな人々がどんな暮らしをしていたのか、単純にワクワクする部分はあるよね。それともう一つは、“第三世界”と呼ばれるところで生きる人たちの気骨に触れたいという思いもあった」

 飛行機を乗り継ぎ、インカ帝国の首都であったクスコに到着したのは9月1日。標高3600メートルの高地の空はきれいに晴れ渡っていた。さっそく街に出ると、スペイン侵略の痕跡は、教会の多さで分かる。インカ時代の神殿が教会に変えられ、民家の屋根にもことごとく十字架が掲げられている。それを見て「ひとりで怒ってた」というのが吉川らしい。

 今回の旅は、いまだ発見されていない伝説のエル・ドラド(黄金郷)を探るものだ。一行はクスコからジャングルに入り、マチュピチュを訪れ、チョケキラオ遺跡へと向かうことになる。ジャングルのパロトア村では、焼いた毛虫や、ネズミとバクの丸焼きを振る舞われた。

「毛虫の焼いたのは“チーズフライみたいな味だ”って言われて、引っ張ると本当にチーズみたいにびよーんって伸びる。まあ内臓なんだろうけど、業に入れば業に従わないとカッコ悪いし、彼らはご馳走として薦めてくれているわけだから、いただかないと失礼だし。っで“よっしゃ!”ってなもんで食べたら、あれっ?これがまずくない。ネズミとバクはウマかったからね。丸焼きだから見た目は悪いけど(笑)」

 そしてマチュピチュでは、あまりの観光地化に「温泉街みたい」と複雑な思いにかられたが、「遺跡自体は本当に素晴らしかった」と感服した吉川である。

 そのマチュピチュから人々が忽然と姿を消した謎は、数百年たった今でも解明されていない。その後撮影隊は、伝説の黄金郷を20年間も探し続けている男性や、現地通訳として参加した、元センデロ・ルミノソの青年幹部で今は議員という男性をガイドに、ジャングルや断崖絶壁の山を進む。そして吉川は彼らと語らうことで、その生きざまにも感銘を受けることになる。それが2時間の特番ではどのように表現されるのだろうか。

(つづく)

*吉川がペルーロケを敢行した特別番組『聖なる黄金の都パイティティ』(仮題)は、9月28日(金)午後9時~10時48分まで、テレビ東京系で放送予定。

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クスコでは植民地時代の教会に“ひとりで怒ってた”吉川 山道を歩く。現地のガイドと張り合ったそうだが結果は…? マチュピチュをバックに
平底の船は、流れの緩やかな川にうってつけ 左肩にオウムがいるの、分かるかな? いくつもの山を越えて、旅は続く

2007年09月12日

 

第28回 杉並区荻窪~大宮(復路)

びっくり公園とやさしいわき水

 吉川が善福寺川緑地を歩くのはこれで4回目。車で吉祥寺まで来てから歩いたこともあれば、都心の仕事場から長い距離を歩いてきたこともあるという。
「地図なんか見て緑色の公園の印があると、“何だろう? ちょっと行ってみるか”って感じだね。この先にもおもしろい公園があるから、後でそこも案内するよ」

 鳴き続けるセミの声の中を吉川はズンズン進む。この夏の暑い時期も仕事場への往復はほとんど歩いていたそうで、「軽い熱中症になっちゃった」ということだ。「歩くのはいいことだけど、そこだけはホント気をつけないと。俺は軽くて済んだけど、無理すると大変なことになるからね。まず水分の補給は欠かしちゃいけないし、ただの水は体への吸収が遅いから、汗で出る塩分補給のために塩をなめるのがいいみたい。それもただの塩じゃなく、ミネラルを含んだ岩塩がいいらしいよ。あとはスポーツドリンク系ね。女の人は途中でトイレに行くのが恥ずかしかったり面倒だったりするみたいであまり水分を取ろうとしないけど、それは絶対ダメだよ。あとは熱くなったら頭を冷やして、一番いいのは大木の木陰を歩くこと。とにかく疲れたら休むことだね」

 この日も途中のコンビニでアイスキャンディーを買って食べたりして暑さをしのぎ、水分片手にひたすら歩いた。「♪タラララッタラーラッタ、タッタラッタラー」。吉川が口ずさんでいたのは『コンバット』のテーマ曲。「男が何人かで歩いてると思い出しちゃうんだよね。もちろん本物の戦争は絶対反対だけど、ビッグ・モローが茂みをかき分けながら歩いてたじゃない。こんな感じでさ…」。自然は人を童心に帰すというのは、どうやら本当らしい。

「ここだよ!」。案内されてたどり着いたのは、緑地を抜けて住宅街を進んだところにある『大田黒公園』。以前は個人の邸宅だった場所を公園として残したもので、小さなせせらぎと緑の芝生が美しい。「一度この前を車で通ったことがあって、公園だ!と思って入ろうとしたけど、後ろから車が来て、止められなくて、通り過ぎて戻ろうと思ったら道が分からなくなっちゃった。で、歩いて来たとき、確かこのへんだったと思って交番で聞いたんだけど、入り口があまりに立派だったから夢がふくらみすぎちゃって、最初は“あれ?こんなもん?”(笑)。それで“おもしろい公園”って説明したんだけどね。とにかく入り口が豪華すぎる(笑)。でもこれが個人の家だったってすごいよね。俺もこういうところに住んでみたいね」。芝生を望む休憩所で一休みすると、ちょうど昼食の時間となった。「確かこのへんに食べるとこ、あったよ」と、吉川が先導して店探しを始めたが…なかなか見つからない。「おそらくこの先だから」「絶対あったはずだから」と、汗だくで空腹のスタッフのモチベーションが下がらないように気を使ってくれる先導者だった。

 ランチはとてもおいしかった。復路では「これ何だろう?」とさまざまな植物に興味を示しながら、スタート地点の大宮八幡宮へと戻る。

 この日のシメは、境内にあるわき水。本殿の入り口に向かって右側にある小さい社に、ご神水はあった。“みなさんで楽しむものだから”と、大きなタンクに入れて持ち帰らないよう張り紙がしてある。給水時間は限られているが、まだ時間内。蛇口から出てきた冷たい水は、売り物の水とも、水道水とも違う、疲れた体に心地よくなじむやさしい味がした。

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音楽評論家、大田黒元雄氏の屋敷跡地に作られた大田黒公園 昼ご飯を食べた『かふぇぐりむ』。ミートソースもカレーも◎ 大宮八幡宮にあるわき水(ご神水)。確かにおいしい味がした