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第35回 渋谷区恵比寿~広尾

デートの思い出と武将に思いをはせる

 恵比寿の駒沢通り沿いにある『以久せ』という店は吉川のおすすめである。「この界隈では珍しい、料亭みたいな古っぽい雰囲気がいいでしょ。ランチは普通の値段だから、ちょっと昼飯食べようって、こんなとこに来るのも悪くないよね」。

 駒沢通りを渡り、広尾方面に向かって裏道を歩くと、さらに吉川おすすめの『羽沢ガーデン』の前を通りがかった。残念ながらここは昨年クローズしてしまったが、樹々に囲まれた邸宅をレストランにしたもので、美しい大人の隠れ家だったのだ。

「夜にバーに行くと誰もいなかったりして、いい感じだと思ってたんだけどね。離れに個室があって、予約しておけば、京都の料理屋みたいな感じで仲居さんが料理を運んできてくれるとかね。イヤラシイ雰囲気だよねぇ(笑)」

 そういう話になると、吉川はいつも最初は口ごもる。しかしその後、照れを払拭する様子で一気に話してくれるのだ。

 この界隈、懐かしく思い出す場面は広尾の『F.O.B-COOP』にもあった。言わずと知れた輸入小物の草分けのようなショップだ。
「10代のころ、女の子とデートするのにここのカフェでよく待ち合わせさせられたね。ここで会って、小物を買ってから帰ろうとかいって、何回コーヒーとか紅茶を飲まされたか(笑)。でも俺、そういうのは結構つきあうんだよ。女の子ってのは洒落たいわけじゃない。レストランにしても、いつもと違う格好をして行く場所が欲しいわけでしょ。それはそれでつき合って、じゃあ次は俺の知ってる店に行こうって、浅草の煮込みの店とか連れていくと喜ぶよ。まあ、この店に関しては、女の子が小物好きなのは分かるからね。これとこれどっちがいい?って聞かれても、俺は正直どうでもいいんだけど、それを言うとアウトなんだよね。“人の話聞いてないでしょ”って(笑)」

 羽沢ガーデンから『F.O.B-COOP』へ向かう途中、この日は広尾商店街も通り抜けた。吉川は迷わず『祥雲寺』へと足を向ける。大名墓群があるこの寺で、吉川が向かうのは黒田長政の墓所。

「長政は黒田官兵衛の息子なんだけど、この官兵衛が天才軍師ですごかった。豊臣秀吉に仕えたから結局は織田信長の軍師でもあったわけで、信長は彼のおかげでいろんな城を落とせた。すごい戦略家で、織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も、自分じゃなく天下を取る人間がいるとしたら誰だっていうと、3人とも官兵衛の名前をあげてるんだよ。争乱に乗じて一度は天下取りを目論み、関ヶ原の戦いでは息子の長政をあえて徳川方に送ったんだよね。戦いが長引く間に自分は九州を落として、さらに攻め上がるというシナリオを頭に描いたみたいなんだけど、思いがけず息子の長政が大活躍しちゃって、あっという間に徳川が勝って戦いが終わっちゃった。自分の策略を息子に話したらもれると思って、言わないのがあだになったんだね。血は争えないというか、知らなかったとはいえ大活躍した息子も相当な策略家だったわけだね。だから仕事でつまった時なんかに参るんだよ。軍師って作戦を立てる象徴みたいなもんだから、知恵を貸してくれと。でも、いつ来ても誰かが墓参りに来た痕跡がなくて、寂しいね」

 デートの思い出話とは違い、武将話は一気にまくしたてた。「男ってこういう話が好きだから」。晴れた冬の日、2時間も歩けば軽く汗ばみ、お腹も空く。「昼飯、どうする?」。話し合った結果、西麻布の『北海園』へ。入り口で客を歓迎する店名物のオウムの年齢が57歳だったと聞き、驚きを隠せない吉川だった。

(つづく)

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羽沢ガーデンの入り口だったところ。「なくなるの残念だね」 「一度入ってみたい」という広尾商店街路地裏の店 「鳥って長生きしないよね」と話してたら、なんと57歳!

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