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2008年3月25日

 

第37回 足立区・千住大橋~千住新橋

2008年の『奥の細道』ウオーキング

 吉川晃司主演のミュージカル『SEMPO-日本のシンドラー 杉原千畝物語-』の稽古場は北千住にある。4月4日の初日に向け、その日は第1幕の通し稽古が行われていた。間近で見る役者たちの演技は、ストーリーと相まって迫力十分。大人数でのコーラスや群舞は、稽古といえど引き込まれるパワーがある。

 そして吉川が登場すると、その存在感に目を見張る。スター性という言葉で説明できないものを感じた瞬間だった。 

 出番の合間、路地裏スタッフの姿を見つけた吉川が歩み寄ってきた。衣装の中折れ帽を手でつまみ、「ごきげんよう」と、芝居さながらの挨拶をする。そしてその帽子をスタッフの頭にちょこんと乗せた。ロッカーにとってアウェイの場所での、ちょっとした照れ隠しなのだろう。「なかなか慣れないけど、とまどいながらも面白くなってきたよ」。1幕の最後には、吉川がSEMPOの思いを歌いあげるシーンがある。「生まれてから踊らないで歌ったことがないからね」。吉川の言葉に共演者が笑う。なごやかな雰囲気の中、異質なものを輝かせる“SEMPO”カンパニーの職人の妙を見た思いだった。

「3、4年くらい前に、北千住から荒川を渡って埼玉との県境を越えて草加のほうまで歩いたことがあるけど、そのルートを行ってみる?」。ウオーキング用のジャージに着替え、窓のない稽古場を出ると、外には春めいた日差しが満ちていた。

 まずは北千住駅前の交番に立ち寄り、何キロのコースになるかを確認。するとお巡りさんが面白い情報を教えてくれた。「千住大橋の下に、千住小橋ってあるの知ってますか?」「千住小橋? あはは、面白いね、行ってみよう!」。

 しかし現地に着くと、なかなかそれらしいものが見あたらない。橋近くの交番でさらに尋ねたが「そんなのは知らない」と言う。「駅前のお巡りさん、話しながらニヤッと笑ってたからね…」。そう言いながら大橋の下に出る階段を下りると……「えっ!まさかこれ?」。近寄ると、そのまさかが『千住小橋』だった。笑いながら橋を渡り、看板に書かれたこの界隈のいわれを読む。

 千住は松尾芭蕉が『奥の細道』に旅立った矢立の地としても有名だ。橋の近くには芭蕉の碑があり、その昔『やっちゃ場』として栄えた名残りの看板が立ち並んでいる。

「古い看板を残すアイデアはおもしろいよね。ただ芭蕉に関しては、下町のほうを歩くと奴さんだらけだから。休んだ場所とか、一句詠んだ場所とか。ここは本物だろうけど、俺としては“芭蕉には気をつけろ(笑)”。でも、ここから出立して長い距離を歩いたことを考えると、昔の人は健脚だね。でもそれって、ちょっとした価値観の違いだけかもしれない。今は俺も歩き慣れてるから、片道5キロと言われても近いじゃんって思っちゃう。でも歩き出す前は、5キロなんて勘弁してよって思ってたから。ペルーに行ったときも、じいさんや子供が毎日隣町まで歩いて往復してるって言ってたけど、隣町って俺たちが2日前に泊まったとこで、そこを1日で往復する。彼らにとっては生まれたときからそうだから何ともないんだよ。辛くないの?って聞いたら、なんで?って言われたからね。だからいつも言うけど、文明という名の堕落って何だろうと思うよ」

 千住まで来ると都心のせせこましさはなく、空は広い。そこから日光街道をひたすら歩き、数年前に吉川が目撃した「着ぐるみ屋」と「おじさんたちが大挙して将棋をさす公園」を目指す。荒川にかかる千住新橋を渡り、振り返ると壮観な東京の町並みが広がっていた。

(つづく)

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首都高入谷出口先で見つけたうなぎ屋。旨い! 吉川もお気に入り。『やっちゃ場』の名残りの看板 千住新橋を渡り、振り返ると見える東京の風景

2008年3月10日

 

第36回 港区西麻布~乃木坂

夕日スポットと男の生き方と

 西麻布の『北海園』で遭遇した57歳のオウムの名前はクインドーといった。人生の先輩・クインドーに別れを告げ、外苑西通りを横切って到達したのは青山公園。真横に広がる青山墓地が有名なため見逃してしまいがちな公園だが、だから穴場にもなるわけで、たまにエクササイズをしに来ることもあるという。

「土のエリアがあるからね。足にもいいし、バック転の練習もやれたりしてね」
 サクサクサク、と落ち葉を踏みしめながら奥へ進み、小山を登ると、なんと目の前に現れたのは米軍基地のヘリポート。

「不思議な絵柄でしょ」

 確かに案内されなければ目にすることはなかっただろう。これもまた東京の風景のひとつなのだ。

 外苑西通りに戻り、青山方向に進むと、右手には都心の新名所・国立新美術館。波打つ壁面が午後の淡い光を反射している。横断歩道を渡り、さらに進んだところで吉川はひょいと歩道橋の階段を登り始めた。
「風景写真を撮る人の間では有名なスポットだけど、夕日がきれいに見える場所を教えるよ」
 歩道橋を登り切ると、車用に作られた乃木坂トンネルの脇に出た。そこでくるりと振り返ると、青山墓地の木々の上に青空が広がっていた。

「ここは本当に夕日がきれいだよ。写真サイズで切り取ると、右下にはトンネルの無機質なドーム形の屋根が写って、その向こうに森が見えたりして、ちょっと『ブレードランナー』みたいな近未来的な感じになる。1年のうち何日かはその空の真正面に夕日が沈むから、季節になるとカメラマンがみんな三脚立てて待ってるんだよ。空気が澄んでると確か富士山も見えたと思うけど、だんだんビルが建ってかき消されてきてるね。それでも秋は遠くの木々が紅葉してきれいだよ。春は青山墓地の桜が満開になるけど、俺としては秋のほうが全然いいと思う。哀愁漂うというか、人生もしだいに秋に入ってきてるから、そういうものに敏感になるのかもしれない。若いうちは桜のほうがきれいに見えるんだろうなと思ったりするからね。まあ、夕日は若いころから好きだったけど、朝日とは色が違うというか、やっぱり何かを捨てに来るとか、自分の内なる思いと対峙する感じがするよね。朝日も悪くはないけど、それはじいさんになってからでいいかなと。今も生活はかなりじいさんだけどね。最近は7時ごろに朝飯食ってるから(笑)」

 そこでまたくるりと振り返ると、乃木坂の路地裏へと吉川は足を進めた。「ほらこれ見て!」。指し示す先の道路の植え込みの中には、猫のマンションとおぼしき箱が点在している。「天気がいい日は、このへんの路地で猫がひなたぼっこしてるよ」。人の手が施されている猫用の箱の存在は、この街が野良猫に好意的な場所であることも示しているようだ。都心の割りには人の出入りが少なそうな静かなエリア。路地裏には古いお茶屋も残っていた。

 外苑東通りに出て、乃木希典の住居跡を見学。古い時代の住居を訪れると吉川が必ずはくセリフが「こういう家に住みたい」。この日も例外なく「庭が広いのは理想的」「こういうところにスタジオがあったら最高なのに」というつぶやきが聞こえた

「明治天皇に殉死したことに関してはいろんな意見があるだろうけど、自身の意義や誇りに生きた人の話は、胸が熱くなるものがあるよね。大半の女性は“意義で飯が食えるのか”って言うけど、男ってそういう生き物だと思うよ。女性のように子孫を生み出せないから、結局は働き蜂でしょ。だから意義や誇りが必要なんだと俺は思うんだけどね」

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青山公園の一角にはこんな石碑もある 乃木坂の路地裏で見つけた渋いお茶屋 乃木神社ではちょうど梅が見ごろだ