第36回 港区西麻布~乃木坂
夕日スポットと男の生き方と
西麻布の『北海園』で遭遇した57歳のオウムの名前はクインドーといった。人生の先輩・クインドーに別れを告げ、外苑西通りを横切って到達したのは青山公園。真横に広がる青山墓地が有名なため見逃してしまいがちな公園だが、だから穴場にもなるわけで、たまにエクササイズをしに来ることもあるという。
「土のエリアがあるからね。足にもいいし、バック転の練習もやれたりしてね」
サクサクサク、と落ち葉を踏みしめながら奥へ進み、小山を登ると、なんと目の前に現れたのは米軍基地のヘリポート。
「不思議な絵柄でしょ」
確かに案内されなければ目にすることはなかっただろう。これもまた東京の風景のひとつなのだ。
外苑西通りに戻り、青山方向に進むと、右手には都心の新名所・国立新美術館。波打つ壁面が午後の淡い光を反射している。横断歩道を渡り、さらに進んだところで吉川はひょいと歩道橋の階段を登り始めた。
「風景写真を撮る人の間では有名なスポットだけど、夕日がきれいに見える場所を教えるよ」
歩道橋を登り切ると、車用に作られた乃木坂トンネルの脇に出た。そこでくるりと振り返ると、青山墓地の木々の上に青空が広がっていた。
「ここは本当に夕日がきれいだよ。写真サイズで切り取ると、右下にはトンネルの無機質なドーム形の屋根が写って、その向こうに森が見えたりして、ちょっと『ブレードランナー』みたいな近未来的な感じになる。1年のうち何日かはその空の真正面に夕日が沈むから、季節になるとカメラマンがみんな三脚立てて待ってるんだよ。空気が澄んでると確か富士山も見えたと思うけど、だんだんビルが建ってかき消されてきてるね。それでも秋は遠くの木々が紅葉してきれいだよ。春は青山墓地の桜が満開になるけど、俺としては秋のほうが全然いいと思う。哀愁漂うというか、人生もしだいに秋に入ってきてるから、そういうものに敏感になるのかもしれない。若いうちは桜のほうがきれいに見えるんだろうなと思ったりするからね。まあ、夕日は若いころから好きだったけど、朝日とは色が違うというか、やっぱり何かを捨てに来るとか、自分の内なる思いと対峙する感じがするよね。朝日も悪くはないけど、それはじいさんになってからでいいかなと。今も生活はかなりじいさんだけどね。最近は7時ごろに朝飯食ってるから(笑)」
そこでまたくるりと振り返ると、乃木坂の路地裏へと吉川は足を進めた。「ほらこれ見て!」。指し示す先の道路の植え込みの中には、猫のマンションとおぼしき箱が点在している。「天気がいい日は、このへんの路地で猫がひなたぼっこしてるよ」。人の手が施されている猫用の箱の存在は、この街が野良猫に好意的な場所であることも示しているようだ。都心の割りには人の出入りが少なそうな静かなエリア。路地裏には古いお茶屋も残っていた。
外苑東通りに出て、乃木希典の住居跡を見学。古い時代の住居を訪れると吉川が必ずはくセリフが「こういう家に住みたい」。この日も例外なく「庭が広いのは理想的」「こういうところにスタジオがあったら最高なのに」というつぶやきが聞こえた
「明治天皇に殉死したことに関してはいろんな意見があるだろうけど、自身の意義や誇りに生きた人の話は、胸が熱くなるものがあるよね。大半の女性は“意義で飯が食えるのか”って言うけど、男ってそういう生き物だと思うよ。女性のように子孫を生み出せないから、結局は働き蜂でしょ。だから意義や誇りが必要なんだと俺は思うんだけどね」
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