≪ 2008年04月 | Home | 2008年06月 ≫

2008年05月27日

 

第41回 渋谷区神泉町~東大裏

木枯らし紋次郎や、はぐれ雲が好き

 「ちょっと懐かしい場所があるから、そこに行こうよ」
 その言葉に促され、足を向けたのは渋谷の道玄坂上の一角。待ち合わせ場所となったセルリアンタワー東急ホテル付近から坂をあがり、旧山手通りに出る手前の地下道で首都高速下を横断。当時は空きビルだったというその建物は、映画『漂流街』の撮影で使われた場所だった。ビル自体は青い外壁の新しいものへと姿を変えていたのだが。

「デトマソ・パンテーラっていうカッコイイ車に乗って、ビルの前にキューって止めるんだけど、1回エンジンを切ると次はいつかかるか分からないという難しい車で、止めないように半クラにしたりして大変だった。撮影したのは1999年のゴールデンウイークだから、もう9年前。俺としては数年前くらいの感覚だけど、早いね。あっという間に10年だから、1年1年きっちりやらないといかんね」

『漂流街』での吉川の登場は鮮烈だった。そんな話を聞くと、久しぶりにアウトローの吉川晃司を画面で見たい思いも出てくる。

「ミュージカルの“SEMPO”と映画の『チーム・バチスタの栄光』と、ちょっといい役が続いちゃったからね。その前の『大停電の夜に』は刑務所上がりの役だったけど、まあ心温まる話だったし。そうだな、そろそろ悪い役をやろう(笑)」

 役者・吉川晃司という認識については、「みなさんが思っているほど自分の中ではない」と吉川は言う。「芝居をしてる感覚はいつもまるでなくて、俺はとにかく本人になりきろうとしてる。“バチスタ”で外科医をやった時も、指導してくれた外科医をずっと見てたし、杉原千畝さんの時も、千畝さんはどういう人だったのかをずっと考えてた。ただ、時代劇が好きだから、時代劇には出たいなと思うよ」

 時代劇? コスプレですか?

「ハードボイルドとか風来坊をやりたいんだね。木枯らし紋次郎とか浪人ものとか。“あなた、どこに行くの?”“俺には分からねえ、石を投げて落ちた方向に行くわ”みたいな。北方謙三が時代小説を書きたがるのと同じで、現代にはハードボイルドに似合う風景もないし、人間もそうじゃなくなってしまったから、それをやるなら時代を遡らなきゃいけない。『はぐれ雲』とか好きだからね。まあ、あれは俺よりもっと、フワッとしたやつかなと思うけど」

 松濤の住宅街を歩くうちに、もうひとつ懐かしい場所にたどり着いた。「以前、レコーディングスタジオへの往復でよく立ち寄った」という鍋島松濤公園は、木々が新緑の季節を謳歌するがごとく、やわらかでのどかな雰囲気を醸していた。「ここは池があっていいんだよ。20代の中盤くらいだけど、仕事終わりで夜中にひとりで来て夜桜見物したりしてたね」

 今回のルートは、そこから山手通りに出て、東大裏から東北沢~下北沢へと向かう約2時間半ほどのコース。「腹減った。ハンバーガーかなんか食おう!」ということで、東大裏にある『フレッシュネスバーガー』に向かうことにする。途中、ある店の前に飾られていた真っ赤なメッサーシュミットを発見。「これカワイイよ!」。思わず写真を撮りまくったら、ガラス超しに食事中の女性のふたり連れがいたのを発見。

「ビックリさせちゃったよ。何ごとだと思ってるよ」と、吉川は笑顔を見せつつ手を合わせて「すいません、すいません」と中の二人に会釈。外の会話が聞こえるわけもなく、彼女たちはポカンとした表情でこちらを見つめていた。

(つづく)

※写真をクリックすると拡大画像が見られます。拡大写真の右側にマウスを重ねると「NEXT」ボタンが現れ、次の写真を見ることができます。

住宅街にある鍋島松濤公園。静かで木漏れ日が美しい 中国茶の店先の瓶に反応。「これで金魚飼いたい」 中身はバイク。ひときわ目を引くメッサーシュミット

2008年05月20日

 

第40回 渋谷区参宮橋~初台

 吉川お勧めの『刀剣博物館』は、文字通りさまざまな刀剣が展示されている博物館だ。参宮橋から初台に向かって代々木4丁目を左に、その先を右に曲がり、さらに道なりに左に曲がって行くと、閑静な一角にその建物があった。

「日本のものだけでなく、いろんな刀剣があっておもしろいよ。刃物を見ると燃えるっていうか、刃物って男のあり方みたいなものを象徴する例えになると思うんだよね。

「ナイフの香りがするとか、ナイフのように尖っていたいとか、よく言うじゃない。たぶん、あの光が人をぞくっとさせるのは“生命”に関わるからだと思う。生き死にじゃなく、その人の夢とか希望とか、生命観というか、生きてる証、みたいなね」

 ギラギラとした光に男の美学を見る吉川。人の有り様とは、誰とでも共有できるほど簡単でも分かりやすいものでもないが、少なくとも覚悟を持ったスタイルは言葉の端々から伝わる。

 住宅街をさらに進むと“刀剣”から一転、新緑の茂るのどかな遊歩道に出た。甲州街道と平行して走っているその道は、初台からずっと先まで続いているそうだ。

「一度調布まで歩いたけどね」。

 調布? と、思わず聞き返す距離だが、吉川は当たり前の顔で「そう」と答える。
「『珍竹林』っていう名前のラーメン屋があるんだよ」。

“ちんちくりん”という語感がツボらしく、ニコニコしながらラーメン屋の場所を教えてくれた。遊歩道脇には他にもさまざまな店鋪が並んでいる。「この辺はいわゆる作られた感じじゃない店がいっぱいあるのがいいね。古い家を再利用したコーヒー屋があったりしてオリジナリティーがある。夜になると若い奴らがワイワイやってるけど、いいなと思うよ」

 甲州街道を渡った向こう側には、吉川が「ものすごく気になってた」というタコ焼き屋があった。大ダコが入っているのが自慢らしく、看板のタコ焼きからはタコが飛び出ている。

「本当に大きいの?」。店の主人に吉川が質問する。「大きいですよ。でも、焼くとタコの水分が減っちゃうからねぇ。ほら、これを使ってるの」。そう言うとご主人は業務用の冷蔵庫から金属バットに入ったタコを取り出して見せてくれた。食した感想としては、「もっとキャベツと紅ショウガがたっぷり入ってるほうが俺の好み」。

 その後は「以前発見した」という昭和の香りのする古いマンションを見学し、その奥の空き地でひと休み。新国立劇場近くの商店街では、年期の入った甘味屋の前で足が止まった。「こういう店なら女の子と入っても粋だと思うんだよね」。普段は「ケーキ屋さんとかに連れていかれたら、俺はどの面下げて座っていいのか分からない」と言う吉川だが、同じ甘いものでもアンコ系は好きなようだ。

 「ふたりで着物を着て行きたい感じだね。外に赤いもうせんをかけたベンチがあったらなおいい。でも、着物で歩くならそれに似合う街並があってほしいから、金沢あたりに行かなきゃいけなかったりして、ちょっとしたデートなのにものすごく手間がかかる(笑)」

 ひとしきり甘味屋の話が弾んだところで、吉川から宿題が出た。「東京では、和菓子と一緒に必ずお稲荷さんとのり巻きを売ってるけど、あれはどうして? 西のほうでは売ってないよ。お赤飯があるのは和菓子に小豆を使う関係で分かるけど、理由を知りたい」。ということで調べたのだが、残念ながらいまだ核心に至らず。知恵袋求む!

遊歩道沿いにはユニークな店が並ぶ “昭和”なマンション。奥には公園が 店の前の公衆電話も懐かしい甘味屋

2008年05月07日

 

第39回 渋谷区本町、代々木周辺

歌うリングがあれば俺は立つ

 吉川晃司主演ミュージカル『SEMPO-日本のシンドラー杉原千畝物語-』の東京公演は、大成功のうちに幕を閉じた。久しぶりの路地裏ウオーキングのために集ったのは、通いなれた新国立劇場のある初台の近く。まずは吉川に、舞台を終えての心境を聞いてみた。連日感動の涙を誘ったステージで、何を思い、歌っていたのか。

「いやー、なんとかなってよかったなっていう感じだね」。そう言うと吉川は、ふっと安堵の表情を浮かべた。
「緊張したのは初日だけだったけど、慣れちゃいけないということだけはずっと思ってた。千畝さんの人生っていうのは“芝居”で見せられるものじゃないから、僕の中にあるある種の正義感とか愛みたいなものをできるだけ掘り起こして千畝さんに近づけていくことでしかできない。慣れて芝居するようになったら終わりだなと思っていたけど、慣れるどころかだんだん怖くなってくる。

 当時、軍国主義の日本で、国の指令に背いてビザを出すことは、ドイツと同盟関係にあった日本に不利益をもたらすことになるかもしれない。それは日本国民を窮地に追い込む怖さも孕んでるわけで、千畝さんはどれほど苦悩したんだろうっていうのを、やればやるほど考えた。でも、その間にも難民となったユダヤ人がどんどん増えていく。千畝さんは6000人を助けたけど、助けられなかった人たちの群れが、千畝さんがそこを去る時汽車を追いかけてきたっていう話だから。

 それを見たとき、千畝さんはある意味人間を超えたような気がするんだよね。ご本人は、“迷った時間がなければもっと助けられた”とずっとおっしゃってたって。千畝さんの部下だった人が観に来てくれて、楽屋で話したんだけど、ずっと泣いてるんだよ。あの人は本当にいい人だった、あの人の名誉を回復したかった、ありがとう、ありがとうってずっと泣いてるから、こっちももらい泣きしちゃって。そういう方々の思いというか願いに少しでも助力できたことはよかったかなと思ったけどね。まあ、ひとつ困ったことがあるとすれば、俺もいい人と思われると、あんまり悪いことできなくなっちゃうなって(笑)」

 そこで笑いを交えるのはいかにも吉川らしい。話す瞳は心なしかうるんではいたのだが。

「正直、ミュージカルだけは生涯ないと思ってた」と、吉川は言う。「でも、これは千畝さんの話ということで、ミュージカル云々じゃないとも思ったし、違う側面から考えると、歌って、ロックだろうがミュージカルだろうがクラシックだろうが演歌だろうが関係ないじゃないかと。歌は歌なんだよと。そこに歌うリングがあるから俺は立つ、でいいんだなと思った。ルールがちょっと違うだけで、歌というリングだったら、どこに立ってもそれは吉川晃司なんだっていうことでいいんだってね」

 この日の日差しはまさに春真っ盛りの暖かさで、外は新緑の季節を迎えようとしていた。
 新国立劇場のすぐ裏手にある立ち食いそば屋も、足を運んだ思い出の地である。といっても一番覚えているのは、400円の『かき揚げソバ』の、かき揚げの巨大さ。舞台の話から一転、いつものウオーキング態勢に戻った吉川は、「ほら、これ」と、携帯の写メで撮った写真を見せてくれた。「一回は食べた方がいいよ。オヤジが目の前で揚げてくれるから熱々だしね」

 ここ初台周辺もこれまでなじみがないと思いきや、「結構歩いてる」ということで、さすがは歩きマイスターである。まずはちょっと足を延ばし、参宮橋近くにある吉川おすすめの『刀剣博物館』に向かうことになった。

(つづく)

※写真をクリックすると拡大画像が見られます。拡大写真の右側にマウスを重ねると「NEXT」ボタンが現れ、次の写真を見ることができます。

ボリューム満点の野菜かき揚げがのって400円は安い!