第41回 渋谷区神泉町~東大裏
木枯らし紋次郎や、はぐれ雲が好き
「ちょっと懐かしい場所があるから、そこに行こうよ」
その言葉に促され、足を向けたのは渋谷の道玄坂上の一角。待ち合わせ場所となったセルリアンタワー東急ホテル付近から坂をあがり、旧山手通りに出る手前の地下道で首都高速下を横断。当時は空きビルだったというその建物は、映画『漂流街』の撮影で使われた場所だった。ビル自体は青い外壁の新しいものへと姿を変えていたのだが。
「デトマソ・パンテーラっていうカッコイイ車に乗って、ビルの前にキューって止めるんだけど、1回エンジンを切ると次はいつかかるか分からないという難しい車で、止めないように半クラにしたりして大変だった。撮影したのは1999年のゴールデンウイークだから、もう9年前。俺としては数年前くらいの感覚だけど、早いね。あっという間に10年だから、1年1年きっちりやらないといかんね」
『漂流街』での吉川の登場は鮮烈だった。そんな話を聞くと、久しぶりにアウトローの吉川晃司を画面で見たい思いも出てくる。
「ミュージカルの“SEMPO”と映画の『チーム・バチスタの栄光』と、ちょっといい役が続いちゃったからね。その前の『大停電の夜に』は刑務所上がりの役だったけど、まあ心温まる話だったし。そうだな、そろそろ悪い役をやろう(笑)」
役者・吉川晃司という認識については、「みなさんが思っているほど自分の中ではない」と吉川は言う。「芝居をしてる感覚はいつもまるでなくて、俺はとにかく本人になりきろうとしてる。“バチスタ”で外科医をやった時も、指導してくれた外科医をずっと見てたし、杉原千畝さんの時も、千畝さんはどういう人だったのかをずっと考えてた。ただ、時代劇が好きだから、時代劇には出たいなと思うよ」
時代劇? コスプレですか?
「ハードボイルドとか風来坊をやりたいんだね。木枯らし紋次郎とか浪人ものとか。“あなた、どこに行くの?”“俺には分からねえ、石を投げて落ちた方向に行くわ”みたいな。北方謙三が時代小説を書きたがるのと同じで、現代にはハードボイルドに似合う風景もないし、人間もそうじゃなくなってしまったから、それをやるなら時代を遡らなきゃいけない。『はぐれ雲』とか好きだからね。まあ、あれは俺よりもっと、フワッとしたやつかなと思うけど」
松濤の住宅街を歩くうちに、もうひとつ懐かしい場所にたどり着いた。「以前、レコーディングスタジオへの往復でよく立ち寄った」という鍋島松濤公園は、木々が新緑の季節を謳歌するがごとく、やわらかでのどかな雰囲気を醸していた。「ここは池があっていいんだよ。20代の中盤くらいだけど、仕事終わりで夜中にひとりで来て夜桜見物したりしてたね」
今回のルートは、そこから山手通りに出て、東大裏から東北沢~下北沢へと向かう約2時間半ほどのコース。「腹減った。ハンバーガーかなんか食おう!」ということで、東大裏にある『フレッシュネスバーガー』に向かうことにする。途中、ある店の前に飾られていた真っ赤なメッサーシュミットを発見。「これカワイイよ!」。思わず写真を撮りまくったら、ガラス超しに食事中の女性のふたり連れがいたのを発見。
「ビックリさせちゃったよ。何ごとだと思ってるよ」と、吉川は笑顔を見せつつ手を合わせて「すいません、すいません」と中の二人に会釈。外の会話が聞こえるわけもなく、彼女たちはポカンとした表情でこちらを見つめていた。
(つづく)
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