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第39回 渋谷区本町、代々木周辺

歌うリングがあれば俺は立つ

 吉川晃司主演ミュージカル『SEMPO-日本のシンドラー杉原千畝物語-』の東京公演は、大成功のうちに幕を閉じた。久しぶりの路地裏ウオーキングのために集ったのは、通いなれた新国立劇場のある初台の近く。まずは吉川に、舞台を終えての心境を聞いてみた。連日感動の涙を誘ったステージで、何を思い、歌っていたのか。

「いやー、なんとかなってよかったなっていう感じだね」。そう言うと吉川は、ふっと安堵の表情を浮かべた。
「緊張したのは初日だけだったけど、慣れちゃいけないということだけはずっと思ってた。千畝さんの人生っていうのは“芝居”で見せられるものじゃないから、僕の中にあるある種の正義感とか愛みたいなものをできるだけ掘り起こして千畝さんに近づけていくことでしかできない。慣れて芝居するようになったら終わりだなと思っていたけど、慣れるどころかだんだん怖くなってくる。

 当時、軍国主義の日本で、国の指令に背いてビザを出すことは、ドイツと同盟関係にあった日本に不利益をもたらすことになるかもしれない。それは日本国民を窮地に追い込む怖さも孕んでるわけで、千畝さんはどれほど苦悩したんだろうっていうのを、やればやるほど考えた。でも、その間にも難民となったユダヤ人がどんどん増えていく。千畝さんは6000人を助けたけど、助けられなかった人たちの群れが、千畝さんがそこを去る時汽車を追いかけてきたっていう話だから。

 それを見たとき、千畝さんはある意味人間を超えたような気がするんだよね。ご本人は、“迷った時間がなければもっと助けられた”とずっとおっしゃってたって。千畝さんの部下だった人が観に来てくれて、楽屋で話したんだけど、ずっと泣いてるんだよ。あの人は本当にいい人だった、あの人の名誉を回復したかった、ありがとう、ありがとうってずっと泣いてるから、こっちももらい泣きしちゃって。そういう方々の思いというか願いに少しでも助力できたことはよかったかなと思ったけどね。まあ、ひとつ困ったことがあるとすれば、俺もいい人と思われると、あんまり悪いことできなくなっちゃうなって(笑)」

 そこで笑いを交えるのはいかにも吉川らしい。話す瞳は心なしかうるんではいたのだが。

「正直、ミュージカルだけは生涯ないと思ってた」と、吉川は言う。「でも、これは千畝さんの話ということで、ミュージカル云々じゃないとも思ったし、違う側面から考えると、歌って、ロックだろうがミュージカルだろうがクラシックだろうが演歌だろうが関係ないじゃないかと。歌は歌なんだよと。そこに歌うリングがあるから俺は立つ、でいいんだなと思った。ルールがちょっと違うだけで、歌というリングだったら、どこに立ってもそれは吉川晃司なんだっていうことでいいんだってね」

 この日の日差しはまさに春真っ盛りの暖かさで、外は新緑の季節を迎えようとしていた。
 新国立劇場のすぐ裏手にある立ち食いそば屋も、足を運んだ思い出の地である。といっても一番覚えているのは、400円の『かき揚げソバ』の、かき揚げの巨大さ。舞台の話から一転、いつものウオーキング態勢に戻った吉川は、「ほら、これ」と、携帯の写メで撮った写真を見せてくれた。「一回は食べた方がいいよ。オヤジが目の前で揚げてくれるから熱々だしね」

 ここ初台周辺もこれまでなじみがないと思いきや、「結構歩いてる」ということで、さすがは歩きマイスターである。まずはちょっと足を延ばし、参宮橋近くにある吉川おすすめの『刀剣博物館』に向かうことになった。

(つづく)

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