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2008年06月24日

 

第43回 世田谷区北沢~代沢

下北沢で見つけた80年代の自分

 渋谷の道玄坂上から始まったウオーキングは、神泉、松濤、東大裏、東北沢を経て下北沢の踏切にたどり着いた。地域住民が反対していた再開発も少しずつ進んでいる。「結局は押し切られちゃうんだろうけど、そうなったら今の下北沢じゃなくなっちゃうだろうね。みんな安い家賃で店を借りて飲み屋とかやってるのが、家賃も高くなり、そうなると人も変わっていっちゃう」と、吉川は残念そうに話す。

「昔は2~3坪しかないような店がいっぱいあって、結構飲みにも来たよ。知り合いのミュージシャンがバイトしてた『トラブルピーチ』とか『ベルリン』とか」。踏切を渡った左手には今も小さくてユニークな店が並び、その奥には『ザ・スズナリ』。間の路地には昔からの飲み屋の古い看板が並んでいた。「いいよね、こういう景色。まあ、数年後には変わっちゃうんだろうけどね…」

 ふと見ると古本屋があった。外に並んだ本をさっそく物色してみる。手に取ったのは1986年4月号の『宝島』。こんなところで“吉川晃司が昔の自分の記事を見る”なんてことがあったらおもしろいのに、と思いながらページをめくる手元を見ていると、「あったよ!」。その記事は内田裕也氏のインタビュー。

 彼が当時の若手ミュージシャンについて語った中に吉川の名前があった。「“吉川晃司やチェッカーズ、あいつらは何かいいものを持ってる。あいつらなりにいろいろ考えてる”って書いてある(笑)。見出しは“打倒CCB”だって(笑)」

 過去と今がクロスする。それも路地の魅力のひとつだ。

『ディスクユニオン』の前を通り、井の頭線の高架をくぐり、先に進むと、またまた目を引く骨董品屋があった。店内に足を踏み入れたとたん「この店、すごいよ!」。見ると、昔の牛乳瓶やラムネの瓶まで売り物になってる。

「こだわってそうなおばちゃんがやってるのもいいよね」。掘り出しものの小皿を見つけた吉川は、店主の雰囲気も気に入ったようだ。さらに進み、『LADY JANE』の前にさしかかった。松田優作さんが足繁く通った店として有名なバーには、吉川もよく顔を出していたそうだ。

「最初は(原田)芳雄さんか(内田)裕也さんに連れてこられたのかな。店主も広島出身のおじさんだし、広島の友達のひとりがアルバイトしてたんだけど、映画人とか音楽人がいっぱいで、俺もよく行ってたよ。アウトローが集まるような店だったから、同じ匂いを感じるというかね。

 一度、役所広司さんが誰かにやり込められてる場面を目撃して、役所さんみたいな俳優にそんなこと言うなんて許せねぇと思って、“ちょっと”って割って入ったら、役所さんが“いや、吉川くん、いいんだ”って。後で気づいたら先輩の役者さんと芝居の話をしてたんだよ(笑)。まあ、そんな感じでここではいろんなことがあったね」。今も年に1、2回くらいは来るということだが、時代と共に街も店も変わっていく。「行きつけが減っていくのは寂しいね」。吉川にとっての下北沢は、ちょっと郷愁の街でもあった。

「やっぱりちょっと寄っていい?」。今回3度目の買い物タイムは、やはり骨董品屋。『インテリアやぎの』でコーヒーミル型の鉛筆削りを発見した吉川は、大喜び。白金のコーヒー豆店から譲ってもらい使っている年代もののコーヒーミルと同じ形のミニチュアなのが、お気に入りのポイントだった。
 現在吉川は、アルバム制作に向け作曲を続ける毎日を送っている。スタジオの隅には、この日見つけた鉛筆削りがきっと置いてあるだろう。

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スズナリ横町。ここの端の古本屋で『宝島』発見 「また来たい」と思ったレアな品揃えの骨董品店 ミル型の鉛筆削り。大きく見えるが10センチほど

2008年06月17日

 

第42回 渋谷区上原~世田谷区北沢

メダカにも弱肉強食の人生がある

 天気がよければ外で食う、が路地裏歩きの鉄則。東大裏にある『フレッシュネスバーガー』にはちょうど外で食べる場所がある。初夏の日差しの下、しばしアウトドアランチを楽しむことにする。
 この界隈は近くに駅がないせいか、通りにはいわゆる大型店がなく、のんびりした雰囲気。「駅が遠いのは不便かもしれないけど、俺はこういう街並み、好きだね」。そんな話をしながら東北沢の駅に向かい歩き続ける午後だった。

「ちょっと入ってみよう」。ということで、オープンカレッジの看板が掲げられた駒場東大の構内に進入。同級生の一人が東大の大学院に通っているそうで、「そいつが先生を連れて俺のコンサートに遊びに来てくれたことがあるんだけど、その教授が“いつでも講師やりに来てください”って言うの。何でも好きなことをしゃべっていいって言うんだけど、東大の講師なんて、俺がどの面下げてねぇ(笑)」。そう言って笑う吉川だが、これもまたちょっと見てみたい絵柄ではある。

「これこれ、知ってる? メダカの卵!」。ある家の前に置かれた鉢にザバっと手を入れると、水草を持ち上げて根の部分にくっついたプチプチした卵を指して吉川は説明を始めた。

「メダカってこういうところに何百個も卵を産むんだよ。よく見てるとカワイイよ。まず目がふたつ見えてきて、『オバQ』のO次郎の顔みたいになって、心臓ができて、どんどん形になっていくからね。ところが2週間くらいで何百匹が50匹くらになっちゃう。死ぬのもいるけど、食っちゃうの。急にデカくなるやつもいて、生存競争激しいなと思うよ。メダカだって弱肉強食。そういうのを子供に見せるのもいいよね。育てるのも手がかからないし、その意味を親がしっかり教えればいい。人を陥れろってことじゃなくて、自然の摂理とか。今は、机上の空論というか建て前ばかり教えるから、大人になって路頭に迷うんだと俺は思うんだよ」

 たどり着いた東北沢駅ではちょうど踏切が降りたところだった。足を止め、周りを見渡すと「あっ!」とひと声。「ちょっと見ていい?」。風情ある和食器の店に吉川は興味津々。「お客さんに出すぐい呑みを探してた」ということで、しばし買い物タイム。きれいな焼き色のぐい呑みと、凝った絵柄の小皿を見つけ、なかなかご満悦である。

 線路を渡り、左に折れ、下北沢に向かって進むと、今度は昔ながらの質屋の看板が見えてきた。「ちょっと行ってみよう」ということでさらに進んだが、なぜかその道は行き止まり。世田谷の迷路は手強いが、こんな時こそ吉川の“路地学”が鼻を効かせる。

 少し戻ったところで正真正銘の抜け道を発見。

「やったー! こういう路地がナイスだよ!」

 縦1列で歩いて抜けた通りには、また違う質屋が大きな蔵を構えていた。
「今どき蔵がある家なんて珍しいね。入り口の高さが低いのは、昔の人の背丈に合わせてるんじゃない? ずっと続いてる感じでいいよね」

 とはいっても、質屋の用途は時代によって変わりつつある

「今は女のコたちが、男に買ってもらった高価なものを売りにいくんでしょ。たまにテレビで見るけど、あれは男も情けないだろうね。同じものを複数の人に買ってもらって、ひとつだけ自分のものにして他は売っちゃうみたいだけど、男はかわいいもんというか、自分が買ってあげたと思ってる。せつないねぇ」

 そういう女性はダメかと聞くと、「いや、女がどうかというより、男が馬鹿だね」。そう言うと吉川はちょっと楽しそうに笑った。

(つづく)

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「これが卵」。魚に関してはかなりの知恵袋だ 駒場の東大。緑が多く散歩するのも気持ちいい 東大裏にある『フレッシュネスバーガー』1号店