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2008年09月22日

 

第48回 港区赤坂・紀尾井坂~薬研坂

赤坂で思い出す“激流下り”と青春時代

「東京に来て、ちょっとしてからあそこに行ったことがあるね」。赤坂見付の弁慶橋から紀尾井坂を上ると、右手にはホテルニューオータニ。吉川が行ったというのは、その上に帽子のように乗っている回る展望レストラン。映画『人間の証明』で印象的に使われた場所だ。

「『人間の証明』を映画館で見たのは広島にいた子供のころだったけど、それからもテレビの再放送で何度も見て、映画に出てきた絵柄を見ようと思って行ったんだけど、その景色は中じゃなくて外から見ないとダメだった(笑)。でもまあ、回るレストランにも行きたかったしね。広島にも小規模なのはあったけど、これだけ大きいのはなかったから」。そんな話をしながらさらに進むと、首都高速の上にかかる橋に出た。その脇には緑が茂り、急勾配の森のようになっている。「子供なら絶対、柵を乗り越えてここに入って遊んじゃうよ。危険だけど、俺も子供だったらやってる。ガキのころ、2、3回川で流されたこともあったからね。大雨が降った時、発砲スチロールみたいなデカイやつに乗っかってウワーッって激流を下ってたら、自分ん家の前を通り過ぎて海の近くまで流された。最後に鉄の柵みたいなのにぶつかって止まったんだけど、それがなかったらそのまま海を漂流するとこだった。ホント、子供って危ないよ。今だったらこの茂みの中に、1億の札束が入ったボストンバッグが落ちてるかも、なんて考えたりしてね(笑)」。吉川はそう言うと、いかにも無邪気に笑った。

 紀伊国坂に突き当たり、通りを渡って左に折れるとなだらかな下りになる。吉川はシャドーボクシングのように手を構え、ステップを踏みながら軽やかに坂を下りていく。その先を右に折れ、弾正坂を進むと、左手にブドウの蔦をはわせたワイン屋があった。「このブドウ、にせもの?」。興味津々で一粒つまむと、「あっ、これ本物だよ!」。こちらの様子を見て、店からご婦人が出てきた。聞けば、数種類のブドウを栽培しているのだという。熟れたころにはトリが食べに来るからなかなか収穫できないとのことだが、「がんばってほしいね」と吉川。そしてご婦人との立ち話に別れを告げ、懸案の甘酒を飲みに豊川稲荷へと向かう。

 ところで「甘酒は夏の飲み物」という吉川説だが、それは歴史小説を読んで知ったそうだ。「パソコンで調べたら甘酒は夏の季語で、暑くて食欲がなくなった時に栄養を取るために飲んだらしいんだよね。お茶の水のほうに江戸時代からやってる甘酒屋があるんだけど、江戸に仇を追いかけてきた武士が、とりあえず日々の糧を調達するために甘酒屋を始めて、仇が見つからないまま本職になっちゃったって(笑)。知り合いから聞いた話だけど、ホントかよって。だから今度はそれを確かめに行きたい」。境内にある茶店で飲んだ甘酒はコクのある甘さで、確かに元気になるような味だった。

 その後は通称コロムビア坂(薬研坂)を下り、坂の途中を右折して、力道山が作った『リキマンション』に向かった。かつて赤坂の高級マンションとして名を轟かせた物件は、時が経っても相変わらずの存在感を見せていた。「20年以上前になるけど、ここの一室にこもってライブビデオの編集をしたことがあるよ。ディレクターに“吉川くん、居なくてもいいよ”って言われても、“俺は出来上がるまで絶対通う”と言い張って、廊下で寝たりしてたね」。そこには懐かしい思い出も転がっていた。建物も人も、歴史があればこそ美しいと、こんな時にふと思う。

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紀伊国坂から見た展望レストラン。青春の思い出アリ 豊川稲荷の茶店の猫。テレビに出たこともあるそうだ リキマンション。「あの時の部屋はもうないかな…」

2008年09月08日

 

第47回 港区赤坂周辺

言葉の通じない店で考えたこと

 吉川と共に街を歩くと、たまに狐につままれたような気になることがある。赤坂の氷川神社前の坂を下り、地下鉄千代田線の赤坂方面へ向かっていたところ、「あまり人とすれ違わずにショートカットできる道があるよ」と言ったと思ったら、吉川の姿はひょいと路地に消えた。「は?」と思いながら背中を追うと、路地を抜け、大きなビルの脇に出た。見上げるとそこは鹿島建設のビル。吉川はさらに脇道をずんずんと進み、通りすがりの紳士然としたビジネスマンをちらっと見ては、「いいスーツ着てたね」と瞬時に見抜く。普段はジャージー姿ではあるものの、やはりいいものを見る目を持った人なのだと感心していると、突き当たりを右に折れてさらに数分。やっと“ああ、ここに出たのか”と思える場所にたどりついた。そこは、国際新赤坂ビル東館と西館の間を抜けたところの三叉路。「ね、わかったでしょ」。人知れぬ路地を紹介した吉川はちょっと得意げな笑み。確かに、なんとか研究所という怪しげな看板を掲げた家や、古いがしっかりした造りのビルなどを眺めながら、大規模な開発から取り残された路地ならではの風情を感じることができた。見上げる先には赤坂サカスのビル。しかし吉川の次なる目的地はさらに用がなければ絶対行かなそうな階段路地だった。

 赤坂二丁目交番に向かって右手。再び「ひょい」と路地をまがった吉川の後を追うと、バーなどが軒を並べる細い階段があった。上りきると少し広い道路に出たので、ちょっと立ち止まってひと休み。迷路のような赤坂探検はなかなかに楽しい。
「ここのキムチはおいしいよ。日本人はあまり買いに来ないみたいだけどね」。今や韓国料理&韓国食品街になった赤坂みすじ通りにある一軒。吉川はここに「よくキムチとマッコルリを買いに来る」そうだ。「ここだと生マッコルリがあって、うまいよ」。その脇の路地を入ると、今度は韓国人が経営している中華料理屋『礼林』があった。「なんで中華料理なの?って思うけど、俺は時々、おもしろがってこういう店に入っちゃうの。でも言葉が全然通じなかった。日本語も英語もダメで、店のオヤジが電話してたら5分くらいで子供が来て、“どうもすいません、うちはみんなしゃべれないんです。でも、日本人はあまり入ってこないですよ”って言われた(笑)。しかしそういうとこはたくましいよね。日本人だと、自分がしゃべれないと申し訳ない感じになるでしょ。でも、俺がしゃべれないと軽く嫌な顔されたから(笑)。したたかというか、度胸あるというか、そのたくましさは見習うべきかもしれないね」
 その後、みすじ通りから一ツ木通りへ抜け、赤坂不動尊などに立ち寄りながら青山通りに出ると、「猫の住処があるよ」と、思いがけないことを言う。赤坂見附に下る途中のビルとビルの間にある低い塀をのぞき込み、「ほら、いた」と吉川。見ると、子猫がこちらをのぞいていた。「生まれたばっかりのちいちゃいときからここに1匹だけで、親は死んだのかな。ミルクをやりに来てる人とかがいて、俺も時々ソーセージをやったりしてたけど、都会の猫はたくましいなと思ってさ。青山のピーコックの裏にも子猫が何匹かいたけど、全部いなくなっちゃったからね」。猫に別れを告げ、赤坂見附から弁慶橋に向かう。「しかしまだまだ暑いね。じゃあ、甘酒を飲みに行こうか! 甘酒って実は夏の飲み物だからね」。そう言うと吉川は、大股で横断歩道を渡っていった。(つづく)

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吉川おすすめの韓国食材店。品揃えがすごい! 中華料理屋『礼林』がある風情たっぷりの路地 弁慶橋にあるボート乗り場。「涼しそうでいいね」