第50回 千代田区淡路町~神保町
女性にメイク道具を贈るのはいいか悪いか?
「歩き始めからあんなに腹いっぱいになったのは、連載史上初めてだね(笑)」
魅力的な食べ物屋が並ぶ淡路町の路地を歩きながら、吉川は笑っていた。神田明神の『天野屋』に始まり、『志のだ寿司』『近江屋洋菓子店』とつまみ食いを続けてあっという間に満腹になり、目当てだった神田『薮蕎麦』やお汁粉『竹むら』もすべてパス。しかしここ淡路町界隈にはさらに胃袋を刺激する店が軒を連ねていた。『ミルクホール』というのれんを掲げる食堂の前を通っては、「いいねー、こういうとこ。ここで食べてもよかった(笑)」。腹ごなしに付近を散策すると、路地の間に『一八稲荷』を発見したりしたが、別の通りに抜け出ると再びいい匂いが鼻をついた。「この香りはごま油…?いや、何か他の油も混ぜてるね」。香ばしい匂い漂う先には天ぷらの『八ツ手屋』。外観もこれまた吉川好みの老舗感たっぷりだ。苦笑しながら店の前を通過し、“食べる時は計画的に”の心得を抱きながら淡路町の路地を後にした。
外堀通りに出て淡路町の交差点に向かうと、ある店の前に並んだ“筆”が目に止まった。よく見ると、書道の筆の他に、女性がメイクに使うフェイスブラシもある。店の名前は『栄豊斎』。筆の名産地として名高い広島の熊野の筆を販売しているとの表記もある。そんな名品の化粧道具を女性に贈ったら喜ばれるはずと吉川に問うと、「いやぁ、それは微妙じゃない?」と、意外な答が返ってきた。
「女性の機嫌がいい時だったらいいんだけどね。うっかり悪いタイミングで渡すと、“私にもっと化粧しろっていうこと?”みたいな話になりかねない(笑)。そこが男と女の難しいところで、実際に化粧道具をあげたらどういう反応になるか、みんなの統計が知りたいね(笑)。でも、どうせならそういうものこそ高級品を買うってのはいいと思うし、粋だよね。熊野っていうのは俺が育った町の隣りで、ひと山越えたとこなんだけど、子供のころ自転車に乗ってよく行ったよ。昔から筆作りが地場産業で、熊野の筆は日本一といわれていて、店の前に巨大な筆がぶら下がってたりしたからね。そこの筆は全部職人の手作業で作ってたから、きっと女性用のブラシもいいものだと思うよ」。店に入り、実際に手で触ってみると、なめらかな肌ざわりが心地いい逸品だった。そしていよいよ、吉川がこよなく愛す古本の街、神保町へと向かう。
「最近はあまり来なくなったけど、以前はリュックを背負ってよく本を買い出しに来てたよ。多い時は背中のリュックいっぱいに本を詰めて、さらに両手に袋。さすがに重いし、ちょっとカッコ悪いから、一度に買うのは7、8冊にとどめるようにしてるけど、古本はホントに安いからね。文庫本って読んだら捨てちゃう人も多いと思うけど、俺は面白かったら何度も読みたいし、面白いと思ったらハードカバーで買っておきたいの。でも、それで集め過ぎちゃって、今は自宅の本棚が底が抜けそうなくらいヤバイ。もうやめないとなーと思ってるけど、まあ、いつの日か書斎のある家に住みたいね。海外の映画で見たような、移動式の梯子がかかってるような本棚のある書斎。そこに登りながら本を読めるような生活がしたいね。いい本は時代に関係なく自分の財産になるからね」。裏道を通り、神保町のすずらん通りに入ると、目指すのは中国書専門の『内山書店』。作家の宮城谷昌光さんに勧められたあるものをそこで購入したそうだが、吉川に案内された店内で見せられたのは、驚きの“あるもの”だった。
(つづく)
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