第53回 中央区佃周辺
手作り箸の値段は高いか安いか?
築地から勝どき橋を渡り、佃に差しかかると、「おもしろい店を紹介するから」と、吉川は弾んだ声をあげた。ウキウキする理由は、この街並みにもありそうだ。『つくだこはし』と書かれた朱赤の橋を渡ると、いかにも吉川好みの、良き時代を忍ばせる風景が広がっていた。吉川のおすすめは、職人がひとりで黙々と箸を作っている店だった。「前に買おうと思ったんだけど、これがいい値段するんだよ」。露天に並べられた手作りの箸には、安いもので数千円、高いものには万単位の値段がついていた。しかし『紫檀』という木を削りだして作った箸は、見るからに美しく、不思議な六角形をしている。「手になじみやすいんだよ」と、作業の手を休めたご主人が説明してくれた。試しに吉川も箸を手にしてみる。「さすがに使い心地いいね。自分で作ったものを、自分で売るってのは職人の原点だし、カッコイイよ。でも、親父さんがひとりで作ってるところを見ると、こういう店も跡継ぎがいなくて無くなっちゃうのかな。それはちょっと寂しいね」。結局吉川は数千円の箸を購入した。「前に来た時はちょっと高いなと思ったけど、“先が欠けたりしたらいつでも直しに持ってきな”って。削り直して形を整えるからって。それで少し短くなっても、箸ってのはそうやって使うもんだって。そう考えたら決して高くはないし、長期的に考慮すれば割り箸のほうが割高になろうってもんだよ。世界中の森林が急激に消滅しているからには、MY箸を持ち歩くくらいの貢献はしたいね。それに、佃のお土産としても粋じゃない。職人さん手作りの箸買ってきたから、生涯大切に使ってくれと(笑)」
佃には老舗の佃煮屋も数件あり、珍しい佃煮がたくさん並んでいる。その茶色っぽい家並みの向こうには、今の東京を象徴する高層マンション。なんとも不思議な絵柄である。「あっちのメインストリートに出てみると、街の表情がないんだよね。何でもそろってるけど、果たしてそれを豊かというのかどうか。多少の不便と一緒に生活していったほうが、いろんなものの価値をちゃんとふまえることができるんじゃないかって、俺なんか思っちゃうけどね」。佃近くの『Luxe cafe』のテラスで飲んだコーヒーもとてもおいしかった。「ここに来ると、時間がゆっくり流れてるようで、いいよね」。働く人にはこんな時間も必要なのだ。
築地への帰り道、以前このあたりに知り合いが住んでいたという吉川は、豆腐を持つ手がぶるぶる震えるおじいさんの豆腐屋の話や、夜になると登場する屋台のおでん屋の話などを聞かせてくれた。「ぱっと見ホームレスあがり風なんだけど、いい味出しててね。ひたむきな味っていうのかな、出汁に深みがあってね。無駄に飾り気がなくて、はじめは具材も少なかったけど、着るものも良くなって、具も増えて、どんどんいい感じになっていったんだよね。そうやって立ち直るのが偉いなと思って」。なぜホームレスと分かったのかと聞くと、「いや、実は俺の勝手な想像なんだけど(笑)」と吉川。それは決して蔑むわけではなく、再生していく人間に思いを寄せたからだ。「知り合いの映画監督が、俺がホームレス役をやる話を持ってきてくれまして。いろいろ裏切られて、世の中嫌になって世捨て人になるんだけど、そこから再生する話を撮りたいって。ああ、いい話だと思ってるんだけど、いまのところ滞ってます。スポンサー探すの難しそうな企画だもんね」
時間は夕刻に差しかかっていた。橋から見る東京の夕日はとてもきれいだった。
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