第54回 渋谷区東~猿楽町
俺は人生が“賭け”だな
「新年だから、ちょっと寄ろうか」
吉川のひと言で向かったのは、渋谷二丁目付近から代官山へ向かう途中にある金王八幡宮。吉川は境内に入ると、手慣れた動作で手を水で洗って清める。日本人ならやり方ぐらい覚えとかなきゃと吉川の手元を凝視すると、「まず右手でひしゃくを持って水を汲み、左手を清めてから持ち替えて右手を清め、また持ち替えて左手で水を受けて口をすすぎ、最後にひしゃくを立てて残りの水を柄に流す」と、手順を教えてくれた。境内には、けがれを祓い心の清浄を祈願するという茅輪(しかも巨大!)があり、左周り、右回り、そして中央を通る手順通りに吉川も輪をくぐり、本堂へ向かった。
吉川の新年は、八ヶ岳での乗馬から始まったそうだ。「たった2日間だけだったけどね。富士山を見て、温泉に入ってね」。NHK大河ドラマ『天地人』で織田信長を演じるために始めた乗馬も、今では自分への試練となっている。「馬って、楽に乗ってるように見えるけど、実際はすごい筋力を使うから、長く乗ると俺もヘロヘロになっちゃう。でも俺の場合、コンスタントに激しい運動をやっていかねばならぬっていう思いもあるからね。自分に飽きないようにするためには、常に崖の端を歩いてるような感覚が大事だと思ってて、乗馬はその一環。気を抜いて落馬したら骨が何本か折れるみたいなもんで、俺はやっぱりそういうのが好きなんだろうね。人間って、放っておいたらだんだん伸びたゴムになるでしょ。そうするとモノ作りなんかできなくなっちゃうから、年齢と反比例するモチベーションをキープするためには、そういう際どいことに接したり、そういう人に会ったりすることだよね。俺が芝居なんかするのも、自分が役者になりたいというより、それによって何か間口が広がるから。前に、心臓外科医を演るために心臓手術に立ち会わせてもらったときも、人間の生死の場にいるっていうすごい緊張感があった。だから、映像に出ること自体よりも、それをするための間にあることが俺にとっては大切なんだね。馬だって、これをやってれば60までステージを走ってられるかなって」
神社から並木橋方面に向かうと、馬の話にちなんだJRAの場外馬券場に出くわした。ちなみに競馬などのギャンブルに関しては「全然興味がない」そうだ。その理由は、「俺の場合、人生賭け事だから、それで十分だよ(笑)」。「どうせ賭けるなら、俺は自分が馬のほうがいい(笑)。ヨーロッパでやってる障害競馬っていうのをやってみたいんだけど、これがすごい危ない競技で、飛び越えるのを失敗すると、人間の上に馬が降ってくる。まあ、もし若いころに馬に乗ってたらだけどね」
明治通りの並木橋に差しかかった。吉川は橋を渡らず迷わず脇道へ。しかし数年前まで東横線の高架下にあった集合住宅は撤去され、街が変貌を遂げているのが見てとれる。とはいえ、コンクリートのガードにはグラフィティが描かれ、昔ながらの銭湯もある。「このあたりで『漂流街』のロケをやったんだけど、当時はもっとやさぐれた感があってよかったね。ロケの後で銭湯に行ったら、かなり無国籍な感じで、そういう不良くささというか隠微さは、それはそれで楽しいってあるじゃない」。吉川は「文化という観点から見れば、一方しかない街っておもしろみとかうまみがないよね」と、残念がりながらJRの線路を歩道橋で越え、さらに路地を代官山へ。「あっ、鯛焼き食べようか」。その声の先に、最近人気の『黒鯛』が見えてきた。
(つづく)
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