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2009年02月23日

 

第56回 港区六本木界隈

あのころの思い出がつまった街

 土曜の午前中の六本木は人通りもまばらだ。前夜のにぎわいの後の一抹の空しさを漂わせながら、街は冬の強い日差しに照らされていた。「二十歳のころ、頻繁に来てたよね」。思い出をたぐりながら、入り組んだ路地を吉川が歩く。六本木交差点から飯倉に向かって最初の路地を左に入り、小さな交差点を右に曲がると突き当たりは階段。その手前の路地にもよく顔を出した店があった。今はもうなくなったが、「海外アーティストが来日すると必ずといっていいほど顔を出した」その店で、吉川はプリンスやエリック・クラプトンらに引き会わされた。「みんなカッコよかったよ。プリンスがものすごく小さいのにビックリしたり、シーラ・Eとは一緒に太鼓叩いたり、リマールは年を聞いたらすごい上で驚いた。僕、本当は年が違うんだよって(笑)」。笑い話をしながら階段を下り、下りて左側の建物を差して吉川が言う。「このビルに入ってる『BOO!WOO?WOO!』って店、飲もうとなるとここだったなあ。音楽業界人が多くて、俺たちが10代のころは当時流行ってたハードロックのバンドたちが来てて、それから俺とか尾崎(豊)とかがいて、ビジュアル系の髪の毛おっ立てたやつらが来たときは、その髪の毛をかき分けないと入れないくらい狭い(笑)。俺がいつも座ってたのはカウンターの一番奥。斜めの屋根に天窓が開いてて、そこからよく外を見てた。店の前は墓だから見晴らしがよくてね。あのころ、墓の向こうからその窓を見たら、明かりの中に俺の顔があったよ(笑)」。その墓地をぐるりと周り、外苑東通りに戻る“スーパー路地裏”を歩きながら、当時のやんちゃエピソードを吉川は教えてくれた。

「デュラン・デュランかなんかのパーティーに呼ばれた帰り、一緒に行った友人が俺をおどかそうと思って墓の上の茂みに隠れたら、草の下が崖で墓地にドーンと落ちたんだよね。これはもしかしてヤバいんでないの?と思って俺も飛び降りたら、夜中で真っ暗だから黒い墓石が見えなくて、ガーンとぶつかって目の上を切っちゃった。で、なんとか二人這い出して『BOO!WOO?WOO』に行こうと思って歩き出したら、いきなりすごい数の警察が来た。誰かが“血を流した男がふたりいる”って通報したんだね。酔ってるから痛いとかなかったけど、それから救急病院で縫われるわ、次々と“喧嘩したんじゃないのか?”って刑事に聞かれるわ、大変だったよ(笑)」。当時所属していた渡辺プロダクションは飯倉にあり、そのころ住んでいたのは麻布十番。「仕事帰りに六本木に寄って一杯飲んで、家まで歩いて帰る生活だった」と、吉川はそのころを振り返る。「決して都心が好きなわけじゃなかったけど、そこしか行き場がなかったんだね。流行ったカフェバーとかも行ったけど、椅子が固くて座りにくくて、何がいいんだろうって思ってたよ」

 六本木5丁目交差点の角には、デビュー映画『すかんぴんウォーク』の撮影で使った『ハンバーガー・イン』があったが、それも今は新しいビルに姿を変えた。「東京に出てきて、そこでアルバイトしてる設定だったんだよね。店長役が蟹江敬三さんなんだけど、蟹ばっかり食ってる役なの。プロテニスプレーヤーを目指してたんだけど、横の動きがダメだっていうんで“蟹を食え”って言われたと。今考えるとおかしな設定だよね(笑)」。外苑東通りを飯倉片町に向かうと、歩くごとに東京タワーが大きくなってくる。そこから飯倉、そして麻布十番と懐かしい道は続いていた。

(つづく)

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2009年02月09日

 

番外編 吉川が姜尚中氏とトークショー!

「今日は革ジャンを着てくるはずだったけど…」

 2月4日、吉川晃司と姜尚中氏という異色のトークイベントが恵比寿ガーデンホールで行われた。

 194回を迎える『コーセーアンニュアージュトーク』で顔を合わせたふたりだが、実は1週間ほど前まで面識はなく、「お会いしたことはないけど、『朝まで生テレビ』に出演されてるのを見てたからね。発言の内容も、非常に好きな方ではありますよ」と吉川は話していた。それから数日後、顔合わせの意味も含めて初めて会ったふたりは、なんと「(午前)3時ごろまで飲んでたよね」と、姜氏が明かすなど、すっかり意気投合した様子。ステージに登壇した姜氏の登場テーマは意外にもロックの名曲『BORN TO BE WILD』。好きな曲だそうで、「この間飲んだ時、今日は革ジャンを着てくると言ったんですが…」と姜氏。吉川も「そういえば俺も革ジャン着てくると言いましたよね(笑)」と、酒の席ではワイルドに盛り上がったことをうかがわせた。

 話は最初から意外な方向へ進んだ。
「吉川さんって、松田優作さんに似てるんですよね。だから、お会いする前は、きっとやんちゃで、少しあんちゃん風な人かなと」と姜氏。「あんちゃん風とはどういうことで…」と吉川が尋ねると、「うつけということです(笑)」。しかし、松田優作にしても吉川にしてもそれは表面的なイメージで、松田優作が実は演劇青年でとても繊細な人間であったように、吉川にもそういう一面を見たと姜氏は力説。「このままいけば、多分吉川さんは、緒方拳さんのような役者になる人だと思う」と断言。返答に困る吉川に、「ゆくゆくは日本映画史に残るような役柄を演じてほしい」と、役者・吉川にエールを送った。

 そしてふたりは、人生には挫折も必要という話に入っていった。吉川も、30代で人間不信に陥りそうなほどの挫折を一度経験している。「姜さんも著書の『悩む力』に書かれてましたけど、人間、ずたずたになったときはそれがチャンスだと思えないけれど、越えていくうちに、これを体験しておかないと見えなかったものがたくさんあると気付いていく。僕も挫折があってそう思うようになった。それがなければもっと楽な道だったかもしれないけれど、もっと奥にある深いところは見えなかったと思う」と吉川。それに対して姜氏は「僕、10年前の吉川さんだったら話ができなかったかもしれない(笑)」とジョークを交えながらも、「陰影があるというか、人間のひだが分かりそうな人だと思った」と応えた。含蓄のある話はさらに続き、「孤独なときは、意外と本によって助けられる」「誰しも若いころに輝く時があるが、それを美しさだと思うと間違える。若いということに価値がある文化というのはおかしい」「今は分かりやすいものが求められるが、分かりやすいものがいいものではない」など、物事に対するふたりの感性はどんどん寄り添っていく。「でも、(本にしても)分かりやすさで人を救ってることがある。ある時の本のサイン会で、精神的に悩みを抱えた方に“これで慰められました”と言われて僕はすごくうれしかった。その本が例えば学術的に価値はなくても、人にとってそれはどうでもいいこと。その人の悩みにヒットすれば、それは決して浅いことじゃない」と、姜氏がエピソードを明かすと、吉川も深くうなずく。時にズバッと一刀両断するような物言いで笑いをふりまきながらも、ふたりの人間を見つめる思いがあふれたトークとなった。

 そろそろ終了の時間にさしかかったころ、「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と姜氏。「吉川さんの車はフェラーリでしょ。乗ってる時はどういう気分になるの?」「いやぁ…」「じゃあ、それは僕に贈与してもいい? 色を赤に変えて贈与してくれれば、僕は東大の赤門を赤のフェラーリで行く」「赤がお好きですか?」「いや、赤門だから赤がいいかと」。このやりとりを真顔で聞く観客に、「みなさん、今、笑うとこですよ」と、吉川が場を盛り上げる。最後には吉川の伴奏で姜氏が、「49歳で亡くなった一番の親友が好きだった」という井上陽水の『傘がない』を披露する一幕もあり、1時間50分に渡るトークイベントは終了した。「またぜひご一緒に酒を」と吉川。笑顔で握手するふたりは、やはりどことなく似ている気がした。


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