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第57回 飯倉片町~麻布台

好きなのは『キャンティ』、スペイン村、地下道!?

「この道、通ったことある?」。飯倉からホテルオークラ方面へ向かう道を渡った最初の曲がり角で、吉川は右の坂を下り始めた。そこは細い道が入り組んだ麻布の“谷”への入り口。近年整備された坂道も、昔風の民家の屋根が見え始めると同時に、ゴツゴツした細道に変わっていった。二階建ての古い家の屋根には、昔なつかしい木造のベランダがしつらえてある。「以前はこういう家、多かったよね。ドラマの『寺内貫太郎一家』みたいな世界。お父さんに怒られた後に、子どもとお母さんが話をするのはいつも屋根のベランダみたいなね。星を眺めながらとか。でも今は、そうやって仲直りする場所がなくなっちゃったよね」

 麻布郵便局の裏にあたるこの一角には、用がなければ入ってくる車もほとんどなく、静かな路地には冬のあたたかな日差しだけが降り注ぐ。テクテクと散策を楽しみながら、落合坂を上り、表通りに出て左に折れると、「昔、何度か来たことがある」という都内でも珍しいベラルーシ料理のレストランが。その前を通り、飯倉片町に戻ると、以前よく顔を出したという老舗イタリア料理の『キャンティ』がある。西麻布にも支店はあるが、吉川はやはりこちらがお気に入りだ。

「旬の手長海老のグリルとかカニのポタージュがおいしくて、しょっちゅうそれを食べてたよ。花ズッキーニにモッツァレラチーズを詰めて揚げたやつなんかもいいね。女のコを連れていくと、なぜか知り合いに会ってしまうという(笑)。ひいきにしてた店の人が、郷里に戻って店を始めてから少し足が遠のいてるけど、俺にとっては思い出深い場所。ふたつくらい上の世代のカッコイイ大人たちが集まってて、俺も最初は上の人たちに連れて行ってもらったんだけど、おしゃれな大人がいたっていう感じだよね。今、50代後半から60代くらいの人たちかな。そういう場所に背伸びして行ってる感じは自分でも嫌いじゃなかった。若造が行きにくい場所って、あってもいいよね」

『キャンティ』の脇の路地を下ると、通称“スペイン村”と呼ばれる欧風のタウンハウスが並ぶ一角があった。「よく撮影で使ったりしたけど、こういう手作り感のある家っていいよね。昭和初期とかに日本人が作った洋館みたいな、仮面ライダーとかによく出てきてたようなね」

 例えばコンクリートの打ちっ放しのような「無機質なのは好きじゃない」と吉川は言う。逆をいえば、個性があり、手間暇かけてこだわった無駄があるようなものが好き。それは吉川の音楽にも、生き方にも共通しているようだ。ちなみに「本気で住んでみたい」と思っていたスペイン村だが、吉川が若かりし当時はほとんど空きが出なかったそうで、いい物件は人の出入りが少ないということだ。

「ちょっとおもしろいもの、見せるから」。吉川が取材スタッフを促して向かったのは、スペイン村の脇道から広い通りに出て階段を下った地下道。入ってみると、地下にもぐっている首都高速をバンバン走る車が眼下に見えた。もやっとした地下道の明かりも、なんともいえない不思議空間を演出している。外に出て場所を確かめると、飯倉片町の交差点に近いあるアンダーパスだったのだが、横断歩道があるからわざわざ通る人は少ないだろう。「ね、おもしろいでしょ」と、ちょっと得意気な吉川である。その後は麻布十番に向かったのだが、まずは新一の橋に向かって左手の高台にひょいと入り、大使館公邸や外国人住宅が立ち並ぶ閑静な一角に歩を進めた。

(つづく)

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1階の屋根にベランダがある昔なつかしい日本家屋 日本のイタリア料理の草分けでもある『キャンティ』 首都高速を見下ろせる地下道。おもしろい空間だ

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