≪ 2010年02月 | Home | 2010年04月 ≫

2010年03月22日

 

第77回 平和島東京流通センター

物の値段は自分にとっての価値

 その日は朝から雨だった。雨でも歩ける面白そうなところ、という吉川の提案で、今回は平和島の東京流通センターで行われた骨董市へ。広大なスペースではないが、小さな店がたくさん出店していて、所狭しとアンティークが並んでいた。
「骨董が好きなわけじゃないけど、古いものは色も趣があったり、職人の手仕事だったりして、そういうのは好き。希少価値というより、作品性に引かれるね。だから、街を歩いててそれっぽい店を見つけると、気に入ったぐい飲みとかお猪口を2つ3つ買って帰る感じ。高くても1000円くらいのものをね。お猪口だけに、ちょこちょこね(笑)」。ずらり並んだ和食器類を前に、ダジャレも出る吉川である。

「この根付け、かわいいねぇ」。目に止まったのは、つげの木を栗の形に彫ったもので、値段は7万円。「この10年くらい、また根付けが流行ったから値上がりしてるらしくて、いい根付けは値段もいい。昔の人は、煙草入れとかに付けて帯のところからちょろっとのぞかせるのが粋だったらしいから、携帯に付けたいと思うんだけどね。でも偽物っぽいのは嫌だし、アンティークじゃなくていいから、ちゃんと職人さんが彫ったもので誇りと心意気が感じられるものがいい。だけど現代根付けのいい物ってホントに高いから。100万単位のものもざらにあって、根付けに凝ったら家がつぶれるよ(笑)」
 さらに見て回ると、江戸時代や西洋のものだけでなく、吉川の子ども時代にあったトッポジージョやピグモン、カネゴンなどの人形や、当時の大工道具なども売られていた。家を建てるときに大工が使っていた『墨つぼ』を見て、少年時代の記憶もよみがえってくる。
「木で骨組みが作られた建築途中の家って、ジャングルジムみたいに登ったり降りたりしていい遊び場だったんだよね。カンナとかの道具は大工さんが持ち帰るけど墨つぼは置いてあったりして、勝手に木に線を引いて怒られたり、空手の真似して屋根に使う瓦を割って怒られたりしてたね(笑)」。他にも、蓮根畑で蓮根を引っこ抜いてぬかるみにハマった話や、白菜畑の白菜を引っこ抜いて遊んだ話など、子ども時代のやんちゃな“悪行”は数知れず。それも「気持ちとしては収穫を手伝ってた」というのだから憎めない。
 ここの骨董市も、アンティークにまじって新品のエルメスの皿が割安で売られていたりして、愛嬌もたっぷり。「この間、漆塗りのお猪口を見つけたんだけど、みそ汁椀が小さくなったようなサイズで、すごく可愛くて、1個1万円だったけど、見た瞬間に引かれて買っちゃった。こいつは俺を呼んでるんだなと思ってね。でも、友達が遊びに来ると、今まで集めた50個くらいのぐい飲みを出して好きなのを選ばせるんだけど、みんなその漆のやつがいいって(笑)。やっぱり手間をかけた本物は分かるんだね。最近はずっとそれで飲んでるけど、これがまた格別。物の値段って、適正価格もあるけど、価値にお金を払うところもあるじゃない。例えば人の心意気にお礼するとき、5000円なのか5万円なのか。お金で返すってことじゃなくて、価値をどうつけるのか。それは自分が納得すればいいことで、そういう考え方は好きだね。アンティークにしても、ホントに昔のもの?って思ったとしても、売ってる人の努力と口上に1万円、みたいなね」
 帰り道、「前から気になってた」という、軍艦を模したようなビルを見学。そこは『ヤマトインターナショナル』というアパレル系の会社の建物だった。

※写真をクリックすると拡大画像が見られます。拡大写真の右側にマウスを重ねると「NEXT」ボタンが現れ、次の写真を見ることができます。

職人技を感じさせるウズラの根付けがお気に入り 「可愛い」と興味津々だった水に浮く陶器製の金魚 以前から気になっていた軍艦を模したような建物

2010年03月08日

 

第76回 品川区戸越~大田区西馬込

池上梅園への長い旅

 戸越銀座商店街にある昔ながらのプラモデル店『マスダヤ』で懐かしいプラモを物色しながら、プラモにまつわる吉川の思い出話の続きを聞いてみた。小学生時代、自分で作った潜水艦に強力なモーターを付けてチューンアップし、学校の池で“ひとり推進式”をやったときの悲しい結末とは何か? 「池に浮かべたら、取り付けたモーターが重すぎて、走りながらズブズブ沈んじゃったんだよね。冬で寒かったけど、俺、胸くらいまで水につかって池の中を探したよ。でも見つからなかった。そしたら、夏前に水を抜いて掃除することになって、急いで見に行ったら排水溝みたいなところに半分くらい入ってひっかかってた。もうボロボロで、それを見たときは悲しかったね。ひとりぼっちで沈んでたと思うと、舟がかわいそうになっちゃって…」。手塩にかけた舟に、強いシンパシーを感じた吉川だった。「デコトラって知ってる? トラック野郎が乗ってた電飾付きのトラックなんだけど、そのプラモも作ったよ。あとはスーパーカーも作ったし……」。プラモの話は終わりそうにないので、そろそろ次に向かうとする。

「このあたりに梅園があるはずだから、そこに行かない?」。梅好きの吉川が提案する。梅を見るにはちょうどいい季節。さっそく向かうことにするが、場所を把握しておらず、商店街で聞きまくることにした。しかし最初の店のお母さんには「梅園なんてない!」と言われ、次の店では「向こうのお寺のほう」と、ファジーな説明。近所に住んでいる知り合いを電話でつかまえると、「確か環七の手前」と、アバウトな答え。とりあえず環七に向かって裏道をテクテク歩き出した。大原通り、品川区豊町を過ぎ、下神明まで来ても梅の気配はなく、「『梅園』知ってますか?」と聞くと、「中華料理屋?」と返される始末。「まあ、行くしかないね」。吉川は、「♪小鳥はとっても歌が好き~」というかわいらしい童謡を口ずさみながら軽快に歩を進めた。すると鳥の歌に誘われたのか、チュンチュンという声が。「鳥がいるってことは、もうすぐ梅園じゃない?」。しかしそれはマンションの屋上庭園に集まったすずめ。そうして環七も越え、街頭地図で『梅田小学校』の名前を発見しては「絶対この近くだよ」と確信したのだが、まだ梅園は現れない。その先には電車の整備車庫のような『馬込車両基地』。「ここにどうやって電車を持ってくるんだろう?」。素朴な疑問を話し合いながら角を曲がると、電車の引き込み線があり、疑問は解決。そしてついに『池上梅園』の文字が!。園内には色とりどりの梅が咲き、吉川も写メで撮影。「桜のソメイヨシノはほとんど同じ色だけど、梅は白から赤から色々あってきれいだよね」。ひとしきり散策してから、吉川も初めてだという池上本門寺に入ってみた。ふと見ると、『力道山の墓所はこちら』の看板が。「へぇ、力道山の墓ってここなんだ」。プロレスという形式そのものには思い入れはないと吉川は言う。闘うなら、ショーアップされたものより、「ガチンコで闘うほうが好き」。「でも、力道山っていう人は特別だと思うよ。俺が生まれるずっと前の話だけど、日本が戦後に復興するとき、力道山が空手チョップで、敵だった白人のレスラーを倒してくれる。それで日本人はすっきりして大歓声を送るわけだよね。昔の話だけど、そういう気持ちだけは分かるね。今はそういうヒーローっていないけど、誰かに思いを託すってことは、今も変わらずあると思うよ」。梅はちょうど八分咲き。紙面になるころは満開に咲いているだろう。

※写真をクリックすると拡大画像が見られます。拡大写真の右側にマウスを重ねると「NEXT」ボタンが現れ、次の写真を見ることができます。

梅園に向かう途中で発見した銭湯。入りたい… 馬込あたりの路地は階段が道になっていたりする 歩いていると日本橋を起点にした標識を見かける