セットのような路地にLOVE
「北方(謙三)さんと銀座に来ると、すごい老舗のバーに連れて行ってもらったり、見たこともないスコッチを飲ませてもらったりして、これがまたウマイんだよね。この道何十年というようなバーテンダーの人たちも素敵だしね。でも北方さんって、店を出るたびにトレンチコートを肩に引っかけて、襟をパッと立てて歩くんだよ。眉間にシワよせてね。ちょっと笑っちゃうでしょ。“北方さん、それ疲れないの?”って聞いたら、“おまえ、ここは俺のテリトリーなんだ”って。北方さんは写真撮るときもいつもそういう顔するから、“北方謙三”というサービスとしてハードボイルドを演出してるんだと思うんだけどね」。巨匠に対してそういうことを言えるのも、著書の後書き(『水滸伝 16 馳驟の章』)を頼まれて書いたりするほどの長いつきあいがあってのことだ。「大変だったけどね、後書きは。やっぱり文章って難しいよ」と、吉川はちょっと苦笑いした。
銀座6丁目の信号を渡り、銀座の中央通りから昭和通り側に1、2本入った裏通りを歩くと、小さなギャラリーや、古い建物が目につく。「いいねー、こういう雰囲気」。昔の銀座の香りは、いかにも吉川好みだ。さらに裏道を進むと、晴海通りに出る手前で、「これって映画のセット?」と、吉川もビックリのスーパーレトロな路地を発見。「いいねー、シブイ! おしゃれな格好してる銀座のOLさんとかを“ちょっと飯行かない?”って誘って、こういうところに連れてくるのはどう? それで楽しんでくれるようなOLさんがいたらいいよね」。がぜんテンションが上がる吉川である。「ここでお昼食べよう」ということで、職人魂が漂ってきそうな中華屋に入る。注文したラーメン類はどれも具材たっぷりで、値段も安い。味ももちろん素朴でウマイ。
「ここは東京オリンピックの年からやってるって言うから、このビルも45年目。やっぱり創業当初からのプライドがあるんじゃない。こういう場所でグラビア撮影とかしてもいいよね。2階には絶対に探偵事務所があるような雰囲気だしね」。実際の2階は調理師の紹介所だったのだが、銀座のど真ん中にこんな想像ふくらむ場所が残っていたとは驚きだ。
三原橋の交差点にある老舗の手ぬぐい屋『大野屋』にも、吉川は興味津々で立ち寄った。ここでは気に入った図柄の手ぬぐいを何枚か購入。「“かまわぬ”ってのが好きで、うちわも持ってるんだよね。釜の絵に、輪っかを描いて、ひらがなの『ぬ』を書いて“かまわぬ”なんだけど、なんか好きだね。織田信長が本能寺で最後を迎えたときに着てた浴衣と同じ柄のてぬぐいもあったから、それも買っちゃった。日本手ぬぐいって、今はあまり使わなくなったけど、人に料理を振る舞うときは、割烹屋さんの真似事みたいに手ぬぐいの上に包丁を並べたり、お客さんの手ふきに置いたりするよ」
晴海通りを渡った先の路地では、年代もののカメラをウィンドウに並べた店の前で足を止め、「ちょっと入っていい?」。持ち歩くときはカバン型になる8×10用のカメラを見つめながら、「知り合いのカメラマンの細野(晋司)さんが今でもたまに使ってるんだよね…俺も欲しいね」とポツリ。同じくカメラマンのハービー山口氏から譲り受けたライカを見つけ、「あ、これ、同じだ」。カメラという機材は、どこかアーティスト心をくすぐるようだ。その先の裏通りでは古い煉瓦作りのアパートや、盆栽屋も発見した。「銀座の裏はおもしろい。また来たいね」。お気に入りの街がひとつ増えた吉川だった。
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