隼也ウィラサクレック「とにかく倒して勝ってチャンピオンになりたい」

2019.04.01 Vol.716
 リングの上では殺気さえ感じる隼也ウィラサクレック。しかし普段は気さくで、場を和ませるタイプ。「よく言われるんです。リングに上がったら別人だって。あと、怖い人だと思ってましたとも。宣材写真が怖そうに写っているからかな」と笑う。 「リングネームからハーフ? って聞かれる事もたまにあるんですけど違います。東京の東大和市の出身です(笑)。自分はムエタイジムに所属していて、会長もトレーナーもタイ人なんです。タイの選手って、自分の名前のあとにジムの名前を付ける事が多く、自分もプロになる時に、ウィラサクレックの名前を付けるかと会長に聞かれ、お願いしますと言いました」  ジムに入ったのは小学生の時。 「もともとダンスをやっていたんですけど、なんか違うな…と思った時に、たまたま体験に行ったのがきっかけです。格闘技をやる気はなかったんですけど、その1回の体験でハマってしまった。その時のトレーナーがすごくほめ上手で、“才能があるね”みたいな感じで乗せられて、すぐに入門しますって(笑)。それが11歳の時だったんですけど、それから週6日通っていました」

「K-1に出て武尊君と同じ舞台で戦いたいです」晃貴

2019.02.20 Vol.715
 どことなく武尊を思わせる印象の晃貴。それを言うと「たまに言われます。ヒロさん(卜部弘嵩)にも“昔の武尊に似ている”って言ってもらえたり、ファンの方にも武尊君の弟分って言われたり」とうれしそうに笑顔を見せる。それもそのはず、同郷の武尊にあこがれてその後を追うように上京、同じベルトを巻きたいという一心で、チャンピオンに上りつめたのだ。そんな武尊との出会いは小学校低学年の頃。 「もともと実家がキックボクシングのジムをやっているんです。そこに小さなころから遊び感覚で行っていた時に、高校生の武尊君が入ってきました。最初の印象? チャラかった(笑)。だって、金髪だったんですよ。僕は小さかったので“すごい人が来たな”って(笑)」  最初の印象は“チャラいお兄ちゃん”。それがいつからあこがれに? 「遊びでサンドバッグをポンポン叩いていた時期を経て、中学生の時には本気でプロを目指していました。そのころは武尊君はもう東京に行っていたんですけど、しばらくしてKrushに出るようになり、ついにチャンピオンになってベルトを取った。それを見て、自分もあんなふうになりたいなって思ったんです。地元にベルトを持って帰って来た武尊君はとってもカッコよかったし、地方からでもチャンピオンになれるんだって。それで武尊君を追って上京し、同じジムに入りました。でもプロの練習はきつく、最初は全然ついていけなくて。東京ってすごいところだなって(笑)。ただ、練習はきつかったですが、絶対にチャンピオンになるという気持ちだけは持ち続けていた。その思いだけで、必死についていっていたという感じです」

格闘家・レオナ・ペタス「“すごい”と思われる試合をしたい」

2019.02.01 Vol.714
「本当に僕ですか? 弟じゃなくて?」と言いながらインタビュールームに入ってきたレオナ・ペタス。実は弟の加藤虎於奈(かとう・こおな)選手もプロの格闘家で、「僕よりはイケメン」なんだそう。そんな謙虚な姿勢とマイルドな笑顔は、リングの上とはまるで別人。

鈴木勇人「明確な武器を自分は持っていますね」

2019.01.05 Vol.713
「僕は元祖キングスです。最近シュッとした選手が増えてきましたけど、自分が第1号なんで」と鈴木。「もともと出身は八王子で、家の近くのジムに通っていました。2年ぐらいそこでやっていたんですけど、1回やめちゃって。そのあとまた格闘技をやろうと思った時にちょうど五反田のジムができた事を知って、久保兄弟が好きだったのもあり、そのタイミングで移籍しました」と現在のジムに入門した経緯を語った。

玖村将史「K-1王者になる。これは夢ではなく目標です」

2018.11.29 Vol.712
“イケメン”にはいろいろなタイプがいるが、今回登場の玖村は“キラキラ系王子様イケメン”。本人は「自分ではワイルドキャラでいきたいんですけど、なかなか難しいです(笑)。女性のファン? 最近は試合のたびに、声を掛けられる事が多くなりましたけど…」と、戸惑い気味(?)。大阪出身の玖村、約1年前に上京し、現在のジム(K-1ジム五反田チームキングス)に入った。 「K-1王者でもある久保優太さんがいたので、今のジムを選びました。久保選手はものすごくテクニックがあって、すごく尊敬している選手ですし、憧れでもあります。代表の久保賢司さんはボクシングをやっていたので、ボクシングのテクニックを教えてもらえると思いましたし、タイ人のトレーナーさんからは蹴りも教えてもらえる。すべてがそろったところだと思ったので、ここしかないと思って飛び込みました」

駒杵嵩大「子どもたちが憧れる選手になりたい」

2018.10.24 Vol.web Original
 総合格闘技を始めて1年ぐらいというが、首の太さ、肩、腕、背中の筋肉がただ者ではない風格の駒杵嵩大。それもそのはず、オリンピックを目指していた柔道エリートなのだ。なぜ、総合格闘家になったのか。 「小学校のころから社会人まで、20年ぐらい柔道をやっていて、オリンピックを本気で目指していました。最初は親に言われて始めたんですが、胴着とかがダサかったので、すごく嫌だった(笑)。だって、野球とかサッカーのほうがカッコいいじゃないですか。でも初めて出た試合で優勝して、その後もどんどん優勝を重ねていったんです。小学校の時は市大会、県大会優勝レベルで、中学に上がる時に違う道場に行くようになったら、そこの監督と相性が良かったのか、一気に強くなりました。県大会、関東大会でも敵なしというぐらい。その頃から高校在学中まではオリンピックに出られると信じていたんですが、高校の時に、オリンピックにも出場して、この前の世界選手権でも優勝した高藤に秒殺で負けて(笑)。年下に負けたのも初めてだったし、世の中にはこんな強い奴がいるんだと思いましたね。その後は同じ大学に通い一緒に練習したり、団体戦でともにレギュラーで戦ったり、今は戦友みたいな関係です」

大沢文也「戦隊ヒーローの延長線上に格闘技があったんです」

2018.09.25 Vol.710
 日焼けした肌にごっついゴールドの時計。一見オラオラ系のギャル男のような風貌。しかし、話をしていくと見た目とは正反対のシャイで優しい素顔が見える。格闘技を始めたのも純粋なヒーロー願望から。 「小学校3年生の時にボクシングを始め、中学からはボクシングを続けつつ、空手も始めました。で、高校に入ってからキックボクシングを始めました。男の子って、ウルトラマンや仮面ライダーなどのヒーローを見て、強い男に憧れると思うんですよ。それが大きくなるに従い、野球やサッカーのほうへ行くけど、僕はそれがずっと変わらないだけ。世界一強い男イコール世界チャンピオンだという気持ちをずっと持ち続けてきた結果、格闘技をやっているという感じです。戦隊ヒーローの延長線上に格闘技があったんです(笑)」

金子晃大「チャンピオンの肩書をナンパに使われるのは困ります」

2018.08.22 Vol.709
 色白で細身、俳優の坂口健太郎似の金子晃大。格闘家には見えないイマドキの男子だが、デビュー以来、無敗でKrushバンタム級チャンピオンに駆け上がったスゴイ選手なのだ。しかし当の本人は…「よく分かんないですよね。6戦しかやってないので、どのくらいでチャンピオンになるのが普通なのか、平均が分からない。大体こんなもんじゃないんですか?」と涼しい顔。会見や勝利者インタビューでもとぼけた発言が目立つが、普段からいわゆる“天然”キャラらしい。 「天然っていうか、よく怒られるんです。この前もジムの先輩の左右田さんの試合で、左右田さんが持ってきたおにぎりを食べたんですよ。食べてもいいって言うから。そしたらちょうど食べている最中に、左右田さんと大宮司代表が入ってきて、すごい変な雰囲気になって…あれっ?って。そしたら案の定、次の日めっちゃ切れられました。左右田さんに。タイミングが悪かったのかな…。もしかして、後から食べようと思って楽しみにしていたのかも。だったら悪い事しちゃったな」  先輩に対してもこの態度。しかし、その物怖じしないところが可愛がられているようで…。   「僕、おねだりはよくしますよ。ジムでも皇治さんや城戸さんがカッコいい練習着とか着てると、“それ下さい”って言ってもらっちゃう。大体みんなくれます。そんなに高いものとかねだらないのがコツです。そこそこぐらいで(笑)。多分すごいおねだり上手です」

格闘家 エリアス・マムーディ「K-1のチャンピオンになりたいと強く思う」

2018.07.27 Vol.708
 フランスからK-1のベルトを取るためにやってきたエリアス・マムーディ。モデル顔負けの甘いマスク、長い手足、細マッチョのバランスのとれたボディー。どこから見ても完璧な彼が、6月17日にさいたまスーパーアリーナで開催された「K-1 WORLD GP 2018 JAPAN 〜第2代フェザー級王座決定トーナメント〜」に出場するために来日。試合前に話を聞いた。 「K-1へ参戦するのは1年7カ月ぶりですが、ほかの選手のアテンドのほか、自分自身もKrushの試合に出場するために何度か来日しているので、すごく久しぶりという感じではありません。僕は格闘技のおかげで、世界中のいろいろな国に行ったことがありますが、日本は一番好きな国です。なぜなら、街はキレイで、人々には教養があり、とにかく皆さんとても優しい。自分は格闘技のために来ているので、試合会場とホテルの周りぐらいしか知りませんが、チャンスがあったら日本各地を旅行したいですね」

格闘家 ベン・ブッカン「自分としては今がピークの真っ最中だと思う」

2018.06.20 Vol.707
 掘りの深い顔立ち、明るいブラウンヘアにブルーアイ。ほほ笑みをたたえながら、片言の日本語で一生懸命に話すさまは、ザ・ジェントルマン。そんなグッドルッキングガイが日本に来た理由とは。 「日本に来てもう10年経ちます。最初に住んだのは岡山で、その後のほとんどを千葉県の津田沼で過ごし、現在は東京に住んでいます。イギリスの大学を卒業後、何をしようか、何がしたいのかというアイデアがなく悩んでいた時に、英会話のNOVAのウェブサイトを見て、日本に行くことを決意しました。そこからずっと日本で英語の教師をしています。仕事では日本語を使用してはいけないので、10年もいるけど日本語はあまり上手ではありません。言っている事は大体分かりますが、話すのはちょっと苦手かな(笑)」

FUMIYA「1度負けた選手に2度は負けない」トーナメント決勝でリベンジ誓う

2018.05.14 Vol.706
 服の上からでも分かる熱い胸板とがっちりとした肩幅。さすが格闘家!と思いきや、格闘技を始めてまだ3年くらいしか経っていないとか。 「幼稚園の時にはもう泳いでいた記憶があります。その頃からオリンピックを目指し、水泳をやっていたんですけど、中学校2年生ぐらいの時に伸び悩んでしまって…。ほぼ毎日練習していたのに、これだけやってもダメなんだから、この先も無理だろうと。で、もういいいやって思ってやめちゃったんです」。  ジュニアオリンピックにまで出場したのに、何ともあっさりと…。 「学校の部活で陸上もやっていて、そっちのほうが面白くなって、本格的に陸上に転向しました。高校時代は800mでインターハイを目指していましたが、結局インターハイには出場できず、関東大会止まり。その後の記録会で1位になったりもしたんですけど、インターハイに出ていないという事で、希望していた大学に推薦がもらえず、陸上もやめちゃいました。諦めが早いというか、ちょっと投げやりになっちゃう性格なのかも知れない (笑)。その後は、柔道整復師の専門学校に通っていたんですが、1年ぐらい何もしていなかったら、太ってきちゃって(笑)。ダイエット感覚というか、エクササイズ感覚で、現在のジムに通い始めたら、格闘技にはまってしまった。そこから、自分の格闘家としての人生が始まりました」

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