映画『大停電の夜に』が先週封切られた。自分が出た映画について話すのは照れくさいが、なかなか良い映画なのでちょっと話してみよう。もう見てくれた人もいると思うけど、何がいいって、クリスマスの夜に東京が大停電にみまわれるという着眼点が洒落てるなと思ったんだよ。
闇の中では、抑えていた心の機微や波動が大きくなると思う。それに闇は人間が本能的に恐れるものだから、その中では本能が出ると思う。それが土台になって、いろんな人間模様が闇の中で波紋を広げていく。それに“ロウソクの火”っていうのが俺のイメージとシンクロしたんだ。闇の中にポッとロウソクが立っている。炎は風に揺れている。いろんなもので揺れている。2人が交わす愛とか、憎しみとか。登場人物が抱えるそんな心の波動が、真っ暗な東京の中でポッと浮かび上がってくる。これはロウソクに火を灯すのと同じじゃないか。この着眼点、最高じゃないかって思ったね。もともと機械的なイルミネーションって何がきれいなんだろうって思っちゃう性質で、街のライトを1回全部消してみたらどんだけ星がきれいか、初めて分かるよね。今の俺たちはそういうことを忘れちゃってるけど、いいものはいい。だから、暗闇の中で蛍光灯を持ち歩くような映画だったら、俺は出なかったと思う。
俺が演じてるのは、銀次ってヤクザくずれの男で、出所して、昔の女を訪ねると、彼女が今は幸せな家庭を持っていることを知る…。しかしこの銀次って男は今どきいない骨董品のような男だよ。ゴツゴツと燃費の悪い生き方をして、いつも失敗するの。それでも自分にまっすぐ生きる銀次。すっごく人間っぽいと思うし、動物っぽいと思う。世の中進んでいっても、こういう男は滅びないでほしい。“ITに負けるな銀次!”みたいな。六本木ヒルズくらいの大きさの巨大銀次がいたらいいよね。納得いかないものにパンチ食らわそうとするんだけど、巨大でも銀次だからイチイチ間違っちゃう。パンチするために手を引いたときに、壊しちゃいけないビルを壊しちゃって「あーーっ」っみたいな(笑)
この映画に出てくる人間は皆が切ない思いをするけど、銀次も同じで、愛してる女と、愛してるがゆえに別れなくちゃいけなくなっちゃう。自分の子供がいると分かっても、今は別の男が女とその子を支えているんだってことを瞬間的に飲み込むなんて、現実には無理だと思う。俺だったらもっと見苦しい男になるよ。ちょっとその男に会わせてくれ、勝手に刑務所行った俺が悪かったけど、子供は俺に育てさせてくれーって。でもあいつはそれを飲み込むんだよ。かっこいいよね。本当ならそんな無念はないのにね。試写会で見て「銀次で泣いた」って、知り合いの女性にずいぶん言われたけど、銀次はやっぱりウルトラマンなんだと思うよ。でもさ、記者会見の時に、相手役の礼子をやった寺島しのぶちゃんに言われちゃった。「もし自分なら、実際は刺激系より癒し系がいいです」って(笑)。それって、銀次に言ってんの? 俺に言ってんの?ってグサっときたけど、やっぱり女性たちの本音はそうかもしれないね。愛はあるけど、現実もある。でも無理なことを見せてくれるから映画は感動なんだろうなって思うよ。