vol.30
1989年の思い出のクリスマス



 12月に入ると街はクリスマス一色だ。日本人は世界一クリスマスが好きなんじゃないかと思うくらいすごい。色とりどりのイルミネーションは確かにきれいだけど、“大停電”の夜の星空の方が絶対美しいと俺は思うんだけどね…。

 クリスマスの思い出は、と聞かれて俺が思い出すのは1989年の12月かな。冷戦構造の象徴だったベルリンの壁が崩壊した年で、11月9日、俺はそのニュースをレコーディング中のスタジオで聞いたんだ。ちょうど詞を書いてるところだったんだけど、ニュースを聞いたら吹っ飛んじゃったね。「ベルリン行かなきゃ!」。こういうことに詳しいのは誰かな、って思い出したのは、カメラマンのハービーちゃん(ハービー・山口さん)。さっそく電話したら「ちょうどベルリンから帰ってきた」って言うんだよ。「うそっ! 俺、ベルリン行きたいんだけど!」「じゃあ、もう1回行きますか。僕も消化不良だったんで…」「行く! 行く!」。それで冬のベルリン行きが決まったわけだ。

 西ベルリンに着いたのは12月22日だったかな。イヴの24日には西ベルリンにいて、25日に東ベルリンへ。しかしクリスマスに街で大騒ぎするのはアジア人だけなんだなと痛感したよ。西洋人は家で家族とともに過ごすのが普通なんだね。家の中を飾る灯りが外から見るとキレイなんだけど、日本人は勘違いしちゃってるな、って少し哀しくなった。みんな家で過ごすから、クリスマスはお店も営業していない。店は開いてないし、食いモンもないし……でも、そんなヨーロッパでも日本食屋だけはやっぱりやってた。で、しかたなく24日は日本食屋でハービーちゃんと2人で焼き鳥食ったよ。25日はホテルのラウンジでまたハービーちゃんと2人で飲みながらサンドイッチを食べてた記憶がある。なんもすることないしなーって、ラウンジのピアノを借りてハービーちゃんに覚えたての曲を弾いてあげたっけな。

 ベルリンの壁に行ったのは25日だったと思う。そりゃもうすごかったよ。うわーっって人が集まってる。すでに壁のカケラも売られてるんだけど、買うのもなぁと思ってツルハシ借りたんだけど、ツルハシ借りるのにもお金がかかる(笑)。それで壁をガンガンやるんだけど、これがなかなか削れなくて、1時間くらいかけてポーンとカケラを落とすと、落ちたそばから誰かに持ってかれちゃうの。もうむちゃくちゃだったね。夜にまた行くと、ものすごい人出でみんなバンザーイだよ。バンドも入ってもうめちゃめちゃのお祭り騒ぎ。初詣の明治神宮の100倍は人がいるんじゃねぇか、どうなってるんだこれは、って感じ。ネオナチの連中も集まってバンザーイってやるもんだから、そこここでいざこざが起きたりしていたけど、人々の熱気にはすごいものがあった。

 その後は東欧に向かって、正月はプラハ。寒くて危うく凍死しそうになっちまったり、そこでもいろんなハプニングがあったけど、まあ、この話はまた別の機会に。で、肝心の壁のカケラだけど、自分で削ったやつは今でも家に置いてあるよ。

  
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