前回はちょっとハードなクリスマスの思い出を書いた。クリスチャンでもないのにクリスマスに大騒ぎするなんて商業主義に踊らされてるだけじゃん、なんて普段はつぶやいてる俺だけど、子どものころのクリスマスは本当に楽しみだったね。
昼間は学校で友達とクリスマス会かなんか開いてプレゼント交換なんかして過ごす。「プラモデルだったらうれしいな…」って、俺もプラモデルを買って入れておくのに、そんなときに限ってノートとか鉛筆を入れてるヤツがいて、それが当たったりするともうサイアク。男の子といえばプラモデルという時代だったから、「なんだよ! ノートと鉛筆なんか買いやがって!」、みたいなね(笑)
夜が近づくと家のクリスマスの用意だ。毎年使ってる小さなクリスマスツリーと、懸賞か何かでもらった(らしい)エンジェルチャイム。用意する飾りはそれだけだ。ケーキもアイスケーキかバターケーキかしかなくて、毎年姉貴とケンカしながらどっちかに決めてた。不思議なもので、俺がアイスケーキって言えば姉貴はバターケーキ、俺がバターケーキって言えば姉貴はアイスケーキって言う(笑)。いつも母親に「1週間前に予約しないとダメなんだから早く決めなさい」って怒られてたね。メインには、七面鳥はおろかチキンの丸焼きだってない時代だったから鶏のモモ肉だ。骨のところに銀紙巻いて、母親がそこにリボンを結ぶ。それだけでご馳走だ。そこへ、毎日ご飯の家なのにクリスマスだけパンが出て、子ども心にも「あ、なるほど。母ちゃん、クリスマスだからパン?」(笑)。あとは、子ども用の酒の入っていないシャンパンみたいな飲み物。親父はいつも外に酒飲みに行ってたけど、母親と姉貴と俺の3人で過ごすクリスマスが本当に楽しかった。
最近の派手派手しいイルミネーションやクリスマスツリーを見てると、俺なんか逆に切なくなっちゃう。大げさなヤツのほうが寂しい感じがするのは俺だけかな。暗闇の中に浮かぶ小さなツリー、ロウソクの明かりに照らされてくるくる回りながら「チン、チン」って音を立てるエンジェルチャイム。家族がいて、豪華じゃないけどちょっとしたご馳走があって、それでいいじゃないかって思うんだ。
まあ、子どものころのクリスマスを思い出したからってわけじゃないけど、『大停電の夜に』に出演したこともあって、ロウソクの炎とかエンジェルチャイムの暖かな空気を思い出して、CDブックに恋愛小説を書いてみた。俺も40になって、外に向かっていくだけじゃなくて、内面の優しさみたいなものも見つめてみたいとか、いろんなことを考えて書いたけど、やってみたらこれがまあ大変で、「女心を理解するには一生かかる!」と思っちゃったワケだけど、気が向いたら、読んでもらえるとうれしいと思う。