SearchSearch

ソウドリへの感謝と後悔は消えない。それでも若手芸人たちはスクスクと育っていく!〈徳井健太の菩薩目線 第202回〉

2024.04.10 Vol.Web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第202回目は、「ソウドリ解体新笑」について、独自の梵鐘を鳴らす――。

『賞金奪い合いネタバトル ソウドリ~SOUDORI~』が終わってしまった。とてもありがたいことに、僕は「ソウドリ解体新笑」という形で、この番組にかかわることができました。ぽっかり穴が開くって、こういうことを言うんだろうな。

 終わったばかりだからセンチメンタルになってしまうけど、この仕事を通じて、今まで明かされていなかった有田さんのお笑い観や考え方を聞くことができて(しかも真横で)、ものすごくぜいたくな時間を過ごさせていただきました。有田さん、番組スタッフの皆さん、ありがとうございました。

 最後の収録は、個人的にものすごく後悔を伴うものだった。「もっとうまく立ち回ることができたのかもしれない」とか「もっとこうしておけば」とか、反省、反省、また反省。都合よく解釈すれば、これから自分のステージを上げていく上で、「宿題」をもらったとも考えられるけど、40を過ぎて宿題と向き合わなきゃいけないのも情けない。今も後ろ髪を引かれるのは、自分の未熟さを感じたまま終了したからなんだと思う。

 去年、「敗北からの芸人論 トークイベント vol.9」で、インパルス・板倉さんを招いたときもそうだった。役割に徹するがあまりインタビュアーっぽくなりすぎて、もっと自由に熱いハートを持ってぶつからないといけないって反省したはずなのに。

 きちんと話そうと思うと、どこかでパッケージしてしまう自分がいて、それを良くない意味で「慣れ」と呼ぶのかもしれない。結局それって、まとまってしまうから保守的な展開にしかならない。あ~、もっとできたはずなのに。「なのに」ばっかり。「なのに」が多いと、それだけ反省も多い。『ソウドリ解体新笑』は、最後にどでかい自分への反省を与えて、去っていった。でも、ドン・アリタは嘘つかない  。お笑いへの愛は、そりゃもう最大級の偏愛だから。待ってます。ただのコアなお笑いファンとして。その日まで成長してないとウソだと思うんです。

 僕が、お笑いについて分析するとき、きっと「お前レベルが話すなよ」と思っている人は少なくないと思う。同業者の中にも、まったく関係のない中にも。有田さんと一緒にお笑いを語れたことで、自分が話していることに自信を持つことができたし、あの有田さんがうなずいている――。虎の威を借る狐だったとしても、虎に近づけたのかなって思いたい。

 僕は、好き勝手に語って、論じちゃう。だけど、出演する芸人たちは、好意的な意見を言ってくれる人がたくさんいて、あぁ~しらきからは、「あのとき、私の真髄を語ってくれてありがとうございます」なんて言われた。面映くなって、「そんなこと言っていたっけ」って聞き返すと、彼女は「なかなか言ってくれない一言を言ってくれましたよ」と力強い目線で返してくれた。

「マジで? 俺、何て言ったっけ?」

「それが覚えていないんです」

 しらき、ありがとう。またネタを見るの楽しみにしてる。

 勝手にあーだこーだ言うから、収録終わりに「ごめんね、好き勝手言っちゃって」なんて言葉をかけたこともある。ゼンモンキーから、

「いやいや、全然そんなことないです。若手は、有田さんがなんて言うのか、徳井さんがなんて言うのか、ものすごく楽しみにしてると思います」

 と言われたときは、すごくうれしかったなぁ。些細な一言かもしれないけど、そんな彼ら彼女からの言葉が、僕自身も励みになった。素晴らしい徳を積ませていただきました。

「ソウドリ解体新笑」は終わったけれど、僕が若手のネタを見続けることはずっと続くと思う。だって、とんでもないモンスターに出会えるんだから、やめられるわけがない。

 3月下旬に、ネタバトル番組「100×100」(https://100×100.yoshimoto.co.jp/ )という大会が、YouTubeの「吉本興業チャンネル」で生配信され、僕はMCを担当した。100秒刻みのネタで100万円をゲットできる吉本独自のコンテストで、若手を中心とした60組の芸人が4時間にわたって登場する。審査員を務めるのは、本多正識(漫才作家・NSC講師)、お~い!久馬(ザ・プラン9)、椿鬼奴、久保田かずのぶ(とろサーモン)、中山功太、田所仁(ライス)――そうそうたるメンバー。

 20時配信スタートで4時間ぶっ続け。審査員の最年少は、41歳の仁。平均年齢50歳近い審査員が4時間にわたり審査する。クレイジーすぎるって、吉本興業さん。

 次から次に、若手が刻むようにネタをするものだから、もう途中から意識が遠のいていく。何かの社会実験に参加させられたような審査員たちの表情からは、一つずつ感情が消えていき、終盤を迎えるころには笑う気力も失せていた。

 感情が死んでいく。そんな中、決勝に残ったイチゴ、鉄人小町、若葉のころはとんがっていた。深夜0時。もうボロボロの初老の審査員たちを、どっかんどっかん爆笑させ、よみがえらせていた。きっと彼らは「来る」。真夜中に、どうかしているネタに爆笑している、どうかしている審査員たち。これだからお笑いはやめられないんです。

依存は人によって強度も内容もさまざま。僕は、依存と共存することを選んだ2024〈徳井健太の菩薩目線 第201回〉

2024.03.30 Vol.Web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第201回目は、依存症について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 大谷翔平選手の専属通訳だった水原一平さんが、ギャンブル依存症だと告白した。人生、何か起こるか分からない。

 衝撃的なニュースが飛び込んでくる数日前、僕は、厚生労働省が主催する依存症の理解を深めるためのトークイベント「特別授業!みんなで学ぼう依存症のこと in 大阪2024」に生徒役として出演していた。今思えば、なんてタイムリーなイベントに参加したんだろうなって思う。

 パチンコ依存症の過去を持つ青木さやかさん、「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さん、精神科医の入來晃久さんが「先生」となり、依存症についてアレコレ聞いていく。

 物質的な依存、精神的な依存、寄りかかりすぎて戻れなくなることがある。僕が「なるほどな」と思ったことの一つが、「お金を使い込みすぎて依存してしまうこと」、そして、それを隠すために「ウソにウソを重ねていくこと」だった。

 これってギャンブルだけではなく、誰かに、何かに共依存するケース、すべてに当てはまると思う。家族やパートナーに黙ってお金を使い込んでしまい、その事実がバレないように繕えば、〇〇依存症へまっしぐらだ。

 幸い……というか、運が良かったというか、僕は共依存することなくギャンブルと付き合ってきたんだろうなって思った。その昔は、まあまあ人が引くレベルの借金をしていたけど、ウソを付いてまでやることはなかった。いくら使い込んだとか、そんな話ではなくて、人から信頼を失うことが依存症。だとしたら、失ったのがお金だけなら、まだ明るい。

 依存とは、上手に距離を取らなきゃいけない。たとえば、タバコ。僕はずっとやめたくて仕方なくて、いろいろなことを試したけど、吸い続けてきた。でも、ある日肺に入れるのをやめてみたら、意外と依存と共存できるって思った。まぁ、それでも吸っていたんだけど、肺に入れずに口だけで吸っていることがバカバカしくなって、解き放たれた。結局、同じ本数を吸っているのに、肺に入れていないなんてどうかしている。どうでもいいマイルールが伏線になって、禁煙につながった。

 40歳を過ぎた頃、人付き合いが下手な僕は、せめて喫煙所でコミュニケーションくらいは取った方がいいかなと思って、また吸い出した。相変わらず、肺には入れてない。共存することを覚えたから、「また、やめられるだろう」なんて自信を勝手に抱きながら、紫煙をくゆらせている。

 タバコを吸うって依存と共存できたからやめられた。そのとき借金がかさんでいた僕は、その頃からギャンブルをする際にも、マイルールを課すように考え方を変えた。

 公営ギャンブル場へ行っても、3万円しか使わない。仮に1万円かけて勝って、10万円が払い戻されたとしても、あと2万円しか使わないと決めていた。青天井よ、さようなら。

 家にいてスマホから買うときは、200円まで。100円だと一点買いしかできないから予想のしがいがなくて、外れたときにずるずると尾を引いてしまう。二点だったら折り返せるから予想もできて、外れたとしても満足感を得ることができた。たった100円の差で、僕がドーパミンに支配されるか、ドーパミンを支配するかが変わる。

 依存症になると、距離を取ることができなくなるかもしれない。厚生労働省が行った依存症に関する調査(2021)によれば、国内で過去1年間にギャンブル依存症が疑われる状態になったことがある人は、成人のおよそ2~3%だという。「自分は依存症かも」と思う人は多いかもしれないけど、本当に抜け出せなくなる人は少ない。だから、その前に。抜け出せる段階でマイルールを設けましょう。

 依存症になった人に、もっともやってはいけないこと。それが、「お金を肩代わりすること」だそうだ。僕が、

「自分の子どもがギャンブルにハマってしまって、借金を抱えてしまった。 子どもに身の危険が迫るような切羽詰まった状況でも、肩代わりをしない方がいいんですか?」

 と尋ねると、先生は、「依存症を治したいのであれば貸さなくていい」と断言した。貸した後、立ち直れた人は、自分が知る中には一人もいないって。どんな状況であっても、貸してしまうと立ち直ることができなくなる。お金を貸す方は助けているつもりなのに、結果的には助けていないことになる。依存症は、底を見誤ると、いつまで経っても足が着くことはない。ウソを付けば付くほど、水深は深くなる。その分、戻ってくるのに時間がかかる。息が詰まりそうな世界。

BUMP OF CHICKEN、サンボマスター、WANIMA、粗品、オードリー、ボクはもっとキミやアナタに届けたかったのかもしれない!〈徳井健太の菩薩目線 第200回〉

2024.03.20 Vol.Web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第200回目は、これからのお笑いに求められることについて、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 BUMP OF CHICKENは、ライブでファンに向けて何かを話すとき、“キミ”“アナタ”と呼ぶと教えてもらった。「キミに歌いに来た」、「アナタのために」―、そう伝えるそうだ。

 ミュージシャンのライブ映像を見ていると、ファンに対して“キミ”“アナタ”と呼びかけている人が多い。サンボマスターは“アナタ”と言い、WANIMAは“キミ”と伝える。

 お笑いじゃあり得ない。なぜ芸人はそう呼ぶことがないんだろう。

 僕たちお笑い芸人は、目の前のお客さんを笑わすことに必死だけど、その数が50人、100人、1000人と増えていっても、「お客さん」という感覚が変わることはない。数が多ければ多いほど、笑いのボリュームは大きくなって、僕らは快感にも似た手ごたえを感じる。

「爆笑」という言葉があるように、笑いは束になると爆発したように弾ける。そんな爆笑を求めて、僕らは人を笑わすことに夢中になる。

 音楽は、ストリートからスタートして、段々とステージを上げていく人が珍しくない。徐々にステップアップするという意味ではお笑いも同じだけど、僕らはウケた笑い声のボリュームに痺れ、気が付くと人の数よりも笑いの量に支配されてしまっている。目の前の人たちが感動してくれることに対して、鈍感になっているといってもいいかもしれない。

 少しずつファンが増えていくという意味では、芸人もミュージシャンも同じはずなのに、どうしてこうも異なるのか、やっぱり不思議に思ってしまう。

 たとえば、1万人に向けてパフォーマンスをするとき。お笑いは、演者が面白いか面白くないを重視するから、 1万人に向けてパフォーマンをしたとしても、「ウケる」というたった一つの解だけでいい。

 でも、音楽はそうじゃない。受け手であるお客さんの感じ取り方も1万通りあるだろうから、喜怒哀楽、全部の感情をごっちゃにして聴衆に響かせなきゃいけない。ある人は刺さるかもしれないし、ある人は刺さらないかもしれない。だから、まるっとひとまとめにしないためにも、“キミ”や“アナタ”といった言葉が自然とこぼれてくるのかな、なんて考える。

 先日、『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』が行われたけど、ラジオはどこか、“キミ”や“アナタ”の世界に似たところがある。リスナー一人ひとりの受け取り方は違っていて、単に面白いだけではなくて、心に届くかどうかが問われる。

 ラジオ発のイベントだとしても、これからお笑いを考えたとき、こうした関係性がそこそこ大事なウェイトをしめてくるような気がするのは、僕の杞憂でしょうか。

 M-1を筆頭とした賞レースは、素晴らしくて尊い。一方で、そこだけにフォーカスを合わせると、なんだかお客さんを置いてけぼりにしてしまいそうで。賞レースで勝つってことは、「俺らが一番おもろいんだ」ってことを証明するためにやっているわけだから、お客さんの感情が入り込む余地はない。笑わせたら勝ち、笑わせられなかったら負け。そんな世界がだいぶ長く続いているから、芸人とお客さんの間に大きな空白地帯があるような気がする。

 コロナ禍を機にリモートが定着し、ネット配信が根付いたことで、間接的にその区間は縮んだ。直接反応が届くようになって、流れもなんだか変わった。

 粗品が、日本武道館で「チンチロ」を開催したとき、僕はちょっと感動した。自分のYouTubeチャンネルで人気の高い、ギャンブル4兄弟 (粗品・前田龍二・シモタ・大東翔生)が、ただチンチロをするだけ。

 ただ信じるだけ。舞台に上がる人間の熱量と、4兄弟の仲の良さだけで成立させてしまう。そして、それを目撃する武道館のお客さんが笑って熱狂する。粗品のライブは、本人が意識しているかどうかは分からないけど、「面白い」「面白くない」だけじゃない、形容しがたい人間の感情がだだ漏れて、ほとばしっている。お客さん一人ひとりに刺さる、何かしらの感情。やっぱり粗品は天才で、先頭を走っているって脱帽する。

 お笑いは、一方通行なんだと思う。面白い人たちがネタをやったとき、お客さんがそのネタに自分の思い出を重ね合わせることは難しい。回転寿司のような便利さと大衆性を備えているから愛されているけど、“キミ”や“アナタ”だけに向けた特別感って、もっとあってもいいんじゃないのって。

 いや――、そんなことを考えず、やっぱり「面白い」か「面白くない」だけの世界を駆け抜けた方がいいのかもしれない。だけど、これからはもっとお笑いの世界にも、“キミ”や“アナタ”の感覚が求められるような気がする。

ぽかぽかなアジフライ弁当を待つ間、スキマスイッチさんを心底うらやましいと思った昼下がり〈徳井健太の菩薩目線第199回〉

2024.03.10 Vol.Web Original


“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第199回目は、ネタの作り方について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 お笑い芸人のネタの作り方はさまざまだよね、なんてことをあらためて思った今日この頃。

 我が家の近くには、お弁当屋さんがある。とても美味しいのだけれど、揚げ物などは注文してから調理をするので、アジフライ弁当なんかを頼んだ日には、15分ぐらい店先で待たなければいけない。ある意味、至福の時間。

 たまたまその日は、店内のテレビで『ぽかぽか』(フジテレビ系)が流れていて、アジフライがふっくらと揚がるまでの時間、僕はなんとなく番組を眺めていた。

 ゲストとして登場したのはスキマスイッチのお二人だった。楽曲の作り方などについてトークをしていて、なんでもスキマスイッチさんは二人で曲を作ると話していた。お笑いでも、二人でネタを作ることがある。片方が大まかな設定を考え、それを二人であーでもないこーでもないと言いながら作り上げていく。二人で作ること自体は珍しくないだろうから、特に驚きはないかもしれない。

 ところが、スキマスイッチさんは昔も今もずっと、今から手掛ける曲のテンポはどれくらいにしよう……などなど、相談しながら進め、歌詞も分担作業で作るという。正真正銘、二人でゼロから作っていくとテレビの中で明かしていた。お互いのアイデアがぶつかって、ともに譲れなくなったときはどちらも取り下げ、また新しいアイディアを考えるそうだ。

 パチパチとアジフライが揚がる音を聞きながら、僕は呆気にとられていた。

 音楽とお笑いを一緒くたに考えることはできないけど、お笑いではありえないような作り方をしているなって。めちゃくちゃ面白いことを思いついたけど、相方がそれを面白いと思わないのであれば、それを取り下げてまで新しいことを考える――これって、ものすごく信頼関係が成り立っていなければできないこと。

 自分は、その思い付きを面白いと思っている。だけど、自分が信用している相方が面白くないと思うのであれば、きっと再考する余地があるのだろうと割り切れる。スキマスイッチさん、あなた方はなんてうらやましいコンビなんでしょうか。

 僕たち平成ノブシコブシは、吉村が考えたアイデアを二人で一緒に練っていくという作り方をしていた。今となっては、僕らのネタを見たことがあるという人は絶滅危惧種だと思うけど、僕らもネタをしていたときがあったのだ。

 ネタを作るとき、僕と吉村の感性はまったく違うから、最 終的に揉めて、第三者に決めてもらうことがほとんどだった。第三者に決めてもらっているのに、僕も吉村も心の中では納得していないままそのネタをやっていたから、スキマだらけ。僕らのネタは、なんちゃって合議制のもとで作られていたけど、裏を返せば、そうでもしないと着地することができなかったってこと。

 想像している以上に、ネタは作り続けられない。衝突すれば、その分コンビに不協和音が増える。ネタ作りはリスクが大きい。そんな苦痛を伴うことを、ずっと続けることができるのは、ネタを作る才能があることに加え、相方を信頼しているからに他ならない。

 芸人のネタの作り方って、本当に多種多様だと思う。

 たとえば、同期のピースは、又吉くんも綾部もどちらもネタを作る能力に長けている。言わば、シンガーソングライター同士がコンビを結成したようなものだけど、ピースのネタの多くは、又吉くんがネタの骨格を考え、綾部が演技指導を施すといった役割分担があった。

 ジェラードンは、まず面白い設定だけを考え、その後はフリー演技で作り上げていくと話していた。彼らのYouTubeなんて、まさにその真骨頂が表れている。

 M-1を獲ったときのブラックマヨネーズさんのネタは、ラジオよろしく、実際に二人が掛け合いをする体で、一緒にネタを作り上げていったという。

 天竺鼠は、川原にアイデアが降りてこない限り、ネタが完成することはないと言っていた。単独ライブの直前になっても降ってこなければ作れない、中世の作曲家みたいな作り方。瀬下のセリフが極端に少ないのは、直前まで何も決まらないことも珍しくないからだそうだ。

「お待たせしました。アジフライ弁当になります」

 お目当ての一品を受け取ると、僕は帰路についた。いろいろな作り方がある。作られている最中は、なんだかんだで待ち遠しくて、至福の時間なのかもしれない。

固定概念の破壊と構築は、赤ちゃんから学べるの巻!【徳井健太の菩薩目線 第198回】

2024.02.29 Vol.Web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第198回目は、赤ちゃんを育てることについて、独自の梵鐘を鳴らす――。

 赤ちゃんと接していると、大人になってからでは気が付かないような発見を目の当たりにする。もう、その時点で「生まれてきてくれてありがとう」なんだよね。育児は発見の連続で、僕らを成長させてくれる存在だ。

 僕たち大人は、当たり前のようにコップで水を飲むことができる。だけど、赤ちゃんはそうはいかない。下唇にコップの縁を上手にあてて飲むことができないから、僕の赤ちゃんはダラダラと水をこぼしてしまう。ストローは、赤ちゃんにとって欠かすことができないアイテムで、僕らはストローのありがたみを毎日のように感じている。

 どういうわけか赤ちゃんは、グラスよりもペットボトルで飲みたがる。おそらく、僕たちが毎日のようにペットボトルで飲んでいるから、赤ちゃんにとっては「あこがれ」なのかもしれない。「グラスに注いで何かを飲むこと」と「ペットボトルで何かを飲むこと」を比べたとき、今では後者の方がより日常的な光景だ。自分たちの行いが、明らかに赤ちゃんに影響を与えているのだと、ひしひしと感じる。

 僕を見て、赤ちゃんは「ペットボトルで飲みたい」といった意思をぶつけてくる。感じ取った僕は、ペットボトルにストローを差し、「はい、どうぞ」と手渡す。

 きっとここに何かを入れたら、すべてが美味しくなってうまくいくと思い込んでいる赤ちゃんは、ペットボトルを魔法の瓶か何かだと思っているのだろう。ときには、フライドポテトを沈めて、まるで金魚を眺めるようにキャッキャと喜んでいる。勢いよくストローを吸ったところで、フライドポテトは口の中には運ばれないから、不思議そうな顔をしてプカプカと水中を漂うフライドポテトをみつめている。

 僕は、「それだと水が美味しくなくなるよ」と教えようとした。次の瞬間、なぜだかその気がなくなった。子ども注意するときや叱るときは、基本的に親の都合が多いという。たとえば、「いつまでもテレビを見ていないで勉強しなさい」とか叱るとき。もしかしたら、子どもはテレビを見た方が気持ちが乗って、勉強がはかどるかもしれないのに。でも、一般的な常識に照らし合わせた結果、「テレビの見すぎはよくない」という一方的な大人の講釈が発射される。

 フライドポテトをペットボトルに入れることなんて、どうでもいいことのような気がした。赤ちゃんにとっては、水の中にカットレモンが入っていようが、フライドポテトが入っていようが、どちらも違和感がないってこと。僕ら大人にとっては雲泥の差だけど、赤ちゃんはそうじゃない。いつか自分で気が付くそのときまで、思う存分、笑っていてほしいなぁ。赤ちゃんは、違和感の少ない世界で生きているんだから。

 僕らにとって違和感とは、目に見えるものがほとんどだと思う。ミネラルウォーターの中にフライドポテトが沈んでいるから違和感を覚えるのであって、一度、取り出してしまえば、その事実を知らない人は何も違和感はない。

 みんなと鍋をしているときだって、平気で食べているじゃないか。友だちの家に行って鍋パーティーをする――。その友だちがどんな水を使って、どれくらい衛生面に気を遣っているかなんて分からない。でも、そんなことは一切気にせず、鍋を囲んで「おいしいね」なんて言いながら盛り上がる。

 とんかつ店が、どれだけきれいな油で肉を揚げているかなんて、厨房の外にいる僕らには分かりっこない。もしかしたら、一年に一度くらいは何かの間違いで、鼻をほじった手で揚げてしまうことだってあるだろう。だけど僕らは、そんなことはまったく考えずに、目の前に運ばれてきたとんかつに食らいつく。

 結局それって、我が家の赤ちゃんがペットボトルにフライドポテトを入れて満足げに眺めていることと、変わらないんじゃないかなって思うんです。赤ちゃんは目に見えていても、そのことを違和感だと思っていない。僕らは、勝手に「そうであるべき」と考えすぎて、変になりすぎている。

 固定概念がないほうが、自由で楽しいに決まっているんだよね。赤ちゃんから教わることって、本当にたくさんある。育てているのは、自分なのかもしれないって、いつも思わされている。

ABEMAさんに育ててもらったといっても過言じゃない僕は、BSよしもとの可能性を誰よりも信じている!の巻!【徳井健太の菩薩目線 第197回】

2024.02.20 Vol.web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第197回目は、住みます芸人の可能性について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 僕は、ローリエのような存在でありたい。

 一般家庭でローリエが登場するシーンはほとんどないと思う。でも、プロが料理を作るとき、ローリエはなくてはならない。ローリエは食べられることもなく、最後は捨てられる。だけど、あるとないとではまったく違う。

 どうして、そんなポジションでありたいと思うようになったのかと考えると、ABEMA 競輪・オートレースCH「WINTICKET(ウィンチケット) 」によるところが大きいような気がする。

「WINTICKET」に出演すると、芸人が自分一人ということが珍しくない。共演者はグラビアアイドルをはじめ、違う畑の人ばかり。共同作業で番組を盛り上げていかなければいけないから、僕はとにかくパスを出し、横に展開する癖が養われていったのだと思う。なんてたって8時間くらい収録時間があることも珍しくない。展開しないと場がもたない。

 お笑いが好きだというタレントさんがいれば、がっつり踏み込んで質問してみたり、そんなに関心がないという人であれば、ほどよく引き際のある疑問をぶつけたり。そんなことを繰り返していく中で、話を振った人が引き立ってくれたら、「最終的に自分の存在が薄くなってもいいかな」と思えるローリエに光を見出していた。

 話が横に膨らんだら――。そんな気持ちがあるからなのか、「よしもと住みます芸人」に対しても思うところがある。もっと有効活用できるんじゃないのかなって。前回、山形住みます芸人であるソラシド・本坊さんの話に触れたけど、住みます芸人たちにはドラマがある。

 住みます芸人は、その地域に根ざした土着性という強烈な武器を持っている。その地域に住んでいる人の思いや挑戦をくみ取れるのだから、住みます芸人にしかできないレポートや取材ができるはず。

 たとえば、めちゃくちゃ弱小チームだけど甲子園出場にかける思いだけは、どの高校にも負けない――そんな野球部があったとしたら密着してみる。後継ぎがいなくて困っている農家さんがいるなら、どういう結末を迎えるかわからないけど、その様子を密着してみる。そして、真剣に届ける。地元の人だって、どこの馬か分からない芸人よりも、「え? あなたはここに住んでいる人なの」って距離が縮まるだろう住みます芸人の方が適役だよね。

 振り返れば、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の「勉強して東大に入ろうね会」という企画で、高田純次さんが受験生に密着して、合否を見届けたことがあった。おバカな企画ばかりの『元気が出るテレビ!!』では、異例の「涙を誘う名企画」として、今なお人気が根強い。人は、真剣な人に見入ってしまうし、そういう姿を応援したくなる。

『探偵!ナイトスクープ』にしてもそうだよね。小さな疑問や悩みを真剣に解決していく中で、笑いや涙が生まれる。地方の街には、きっとそうした知られるべき「何か」がたくさん眠っていて、その掘り起こしを住みます芸人がやるというのは、ものすごく理に適っていると思うんだけど。

 もしも――。密着の対象者、たとえば学生がその後、大谷翔平のようなスーパースターになったら、どうする? 取材すること自体、難しくなった雲の上の存在。でも、スーパースター自らが、「取材を受けるなら、昔、私を密着してくれた住みます芸人の〇〇さんがいいです。あのときのことを知ってくれているので」なんてこともありえるかもしれない。妄想だけど、ありえなくはない。妄想くらい自由でいいじゃん。

 チームや企業を密着すると、そこに関連する人たちも住みます芸人のファンになってくれる可能性だって高い。よほど嫌われるようなことをしない限り、雪だるま式にファンが増えていく。地域の共感を生むような活動を、住みます芸人たちに密着させ、かかわった人みんなのファンが増えていく。

 そして、それぞれが持ち寄った密着記録を、甲子園のように戦わせる。

 BSよしもとは、『小倉淳の 47 フォーカス』という住みます芸人にフォーカスを当てた番組を持っている。すでに下地があるんだから、BSよしもとでやれないものなんでしょうか。「住みます芸人47 密着甲子園」――。47人が密着した記録を競わせ、その年のグランプリを決める。YouTubeにも配信して、多くの人を巻き込んで、各都道府県の「密着取材」を見てもらう。編集が得意な吉本の若手芸人はたくさんいるだろうから、彼らにも協力してもらって、1年かけて作り上げていけば、住みます芸人にしかできないスペシャルな密着番組ができると思うのに。

 BSよしもとさん、僕に一度、「住みます芸人甲子園」、企画させていただけないでしょうか? 住みます芸人って、もっと爆発を生めるポテンシャルがあると思うんです。

ソラシド本坊さん、山形からの魂の叫び。大丈夫です、絶対に売れます。〈徳井健太の菩薩目線 第196回〉

2024.02.10 Vol.Web Original

 

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第196回目は、ソラシド・本坊元児について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 ギラギラしている芸人は、いつだってカッコいい。ソラシドの本坊元児さんは、まぶしいくらいにギラついていた。

 2月4日に、BSよしもとで『47住みますサミット』が放送された。僕も出演していた『ワシんとこ・ポスト』が終わると、『小倉淳の47フォーカス』が新しく始まった。この番組は、47都道府県の住みます芸人の活動を通して地方創生をみんなで考えるというもの。今回、そのスペシャル版として、僕も参加した。

 テーマは、「耕作放棄地を活用」する――。ZOOMを介して登場したのが、和歌山県住みます芸人・わんだーらんど、愛媛県住みます芸人・伊予ノ家うっつん、そして山形県住みます芸人のソラシド本坊さんだった。

 後継者不足などで、全国に点在する農地は耕作放棄地へと変わり果ててしまう。たとえば、美味しいみかんを育てるためには、植樹から収穫までおよそ5年の月日がかかるという。

 農家の方が亡くなってしまえば、みかんの木は残っているのに、誰も育てることはできなくなる。しばらくすると、誰も望んでいないだろう耕作放棄地が誕生する。その農地で誰かがみかんを作りたいと思っても、またゼロから始めなければいけない。もしかしたら移住者が、みかん作りに興味を持ってくれる可能性だってある。だけど、5年は長すぎる。それを回避するために、人がいなくなったとしても農地を現状維持させ、 誰かが育てられるような環境を守っておかなければいけない。

 わんだーらんどは、そのために奔走していると話していた。ゼロから何かを生み出すには途方もない時間がかかるだろうけど、何かをゼロに壊すのは一瞬の出来事だ。

 伊予ノ家うっつんは、村上ショージ師匠とともに、ショージ師匠の故郷である瀬戸内海・大島の耕作放棄地でレモン栽培に取り組んでいるという。ショージ師匠と仲が良かったことが契機となり、「住みます芸人になった」になったそうだ。ずっと愛媛で暮らしていたら、ある日突然、住みます芸人にジョブチェンジ。

 人生はいろいろだ。

 ソラシドの本坊さんは、芸人としてバリバリの経歴を持つ、大阪NSC20期生。同期は麒麟さん。とりわけ、川島(明)さんとの付き合いは長く、互いに才能を認める仲だ。

 本坊さんは、山形県西川町で空き家と農地を100円で引き継ぎ、独学で農業を学び、育てた野菜を販売している。

「年に700本の大根が収穫できても、1本100円にしかならない。何か月も美味しい野菜を作るためにがんばっているのに、7万円にしかならない!」

 ふざけるな――。そうキレていた。面白おかしく話しているけど、その実情はあまりにリアルで、僕たちが「そりゃ後継者不足になるよな」と納得する叫びだった。

 住みます芸人として活動をしていくと、その地域の農家の方々や自治体の人たちの顔が見えてしまって、なかなか実情をさらけ出すことは難しいと思う。だけど、本坊さんは違った。ギラついて、魂から叫んでいた。

 本坊さんは、芸人に対して恥ずかしい気持ちがあると話していた。自分は住みます芸人になるつもりなんてなかった。都落ちだと思われたくない。だから、いずれ中央に戻るために、自分の武器の一つとして農業と向き合う……エピソードを作るために山形へ来たと、はっきりと口にしていた。 

 こう聞くと、もしかしたら「農家を馬鹿にしている」とか「農業を利用している」なんて考える人もいるかもしれない。だけど、本音をきちんと言える人ってどれくらいいるんだろう。本音を言うこと。それは相当な覚悟を持って農業と向き合っているということだと思う。そんな覚悟を持った人が作っている大根は、きっと美味しいだろうし、100円で叩き売られることが心から悔しいのだと思う。

 本音をぶちまけ、自分のギラギラを隠そうとしない。本坊さんのかっこよさに震えた。コメントもキレキレで、農業の何が問題なのか、ものすごく伝わってきた。

 おそらく、住みます芸人の中には、その地域でそれなりのお金がもらえて、安定していれば御の字だと割り切っている芸人も少なくないはずだ。かつて抱いた野心を、土の中に埋めてしまった芸人もいる。だけど、本坊さんは十年一剣を磨いて、機会を狙っている。

 本坊さんは、農家の方を尊敬しているし、山形県が大好きだと話していた。だとしても、やっぱり自分は大阪や東京で仕事がしたいんだって誠実に語っていた。そういう人が農業と向き合い、1本100円にしかならないと叫ぶ。叫びがリアルな人に、僕たちは耳を傾ける。住みます芸人には、それぞれにドラマがある。

他人の自慢話なんて聞きたかないだろうけど、『あちこちオードリー』で褒められて、「芸人続けていて良かった」と思った〈徳井健太の菩薩目線 第195回〉

2024.01.30 Vol.web Oiginal

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第195回目は、「あの悩みどうなった報告会」について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 なんだか旧年の話ばかりで申し訳ないです。年末に放送された『あちこちオードリー』の「あの悩みどうなった報告会」をご覧になった皆さま、ありがとうございました。

 僕は、「人から褒められない」ということを、以前、この番組で吐露した。その答え合わせをするために、再び呼ばれたわけだけど、僕の悩みは解決していない。相変わらず、人から褒められることはない。

 そんな中、僕は「ローリエのような存在でありたい」という結論を、自分なりに出した。ローリエはハーブの一種。よくよく調べてみると、クスノキ科ゲッケイジュ属の「月桂樹」の葉を乾燥させたもので、原産地は地中海沿岸。なんでも古代ギリシャの時代から香辛料として利用されていたようで、甘い香りと苦味を有するローリエは、現代まで肉や魚料理の臭み取りや風味づけの調味料として生き続けている。

――なんて、もっともらしく説明したものの、一般家庭でローリエが登場するシーンはほとんどないと思う。でも、プロが料理を作るとき、ローリエはなくてはならない。僕はそれでいいと思った。

 ローリエは食べられることもなく、最後は捨てられる。僕が編集でカットされていたとしても、笑いを生んでいるその人の面白さを引き出していたのが、僕だったら素敵じゃないですか。未編集の素材を見ると、僕が振っていて、その先に笑いが生まれている……そんなローリエのような存在であることに、自信を持ちたいと話した。

 すると、佐久間(宣行)さんがカンペで、『徳井君は3日前にキャスティングすることが決まった』と教えてくれた。

 よくよく考えれば、「人から褒められない」という僕の悩みのアフターは、話題として“弱い”。例えば、この日出演したZAZYは、「ZAZY」と「赤井(本名)」、二つの人格で揺れるといった悩みを抱えている。どう考えても、ZAZYの悩みの“その後”の方が番組として盛り上がるし、広がる。一方、僕の悩みはというと、悩みそのものも弱ければ、中途半端な解決しかしていない。どう料理していいか難しい。ほんと、ローリエみたいな悩みだったと思う。

 佐久間さんは、(田村)亮さん、松丸(亮吾)君、 ZAZYの3人だけだと、悩みが暗くなりすぎる可能性があるから、ここに誰か一人を加えようと思ったそうだ。会議の結果、僕の名前があがり、キャスティングされたという。なんだかとてもうれしかった。

「徳井君が『しくじり』とかに来てくれると、横に広がるんだよね」

 その話を聞いていた、オードリーの若林君が合いの手を入れる。「人に褒められない」という体で参加しているのに、こんなに褒められたら僕だけ矛盾しちゃうんじゃないか。気が気じゃないけど、それ以上にうれしかったのは言うまでもない。僕の悩みは、もう解決していたのだ。

 収録が終わって、喫煙ブースで一服していると、偶然、佐久間さんがやってきた。「褒めてもらってありがとうございます」と伝えると、「本当のことだからね」と言われた。ローリエでい続けたいと、気持ちをあらたにした。

 そう声を掛けられたのは、僕が喫煙ブースで一服していたから。実はここ1~2年ほど、うちの奥さんからの助言もあって、収録後、すぐに帰宅するのではなく、喫煙ブースで一息ついてから帰るようにしている。

 昔から僕は、仕事が終わるとすぐに帰っていた。若手の頃、居座る先輩とどう接していいか分からなければ、スタッフの皆さんと一緒になっても、何を話せばいいか分からなかった。だから、そそくさと逃げるように帰ることが、一番ノーダメージの帰路の着き方だと習慣になっていた。

 居座れば居座るほど気まずい空間になりそうで、それがなんだか申し訳ないから、消えるように帰っていた。「あいつは可愛げがない奴だな」と思われても仕方のない行動だったと思う。

 でも、奥さんから「それはもったいないよ」と進言され、少し前からワンクッションを置いてから帰るように変えた。

 一服するようになってから、いろんな人たちとほんの数分、話をするだけで、些細な会話の中に喜怒哀楽があることを知った。僕が歳を重ねたことで、場の雰囲気の受け取り方に変化が生じたことも大きいんだろうなと思う。若い頃は何も話さない場は耐えられなかったけど、今は何も話さなくても耐えられる。みんないろんな事情があるから、他愛のない一言でさえ、意味のある一言だと感じられるようになった。

 生活や仕事のどこかで、どうかワンクッションを作ってみてください。思いがけない一言やひらめきに出会えると思います。そういう中で、僕はローリエになろうと思ったのだから。

 

「たまたま同じ年に生まれた近所の奴が同じ部屋に集められただけ」――甲本ヒロトの名言は“職場”にも当てはまる!〈徳井健太の菩薩目線 第194回〉

2024.01.20 Vol.Web Original


“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第194回目は、会社の上司と部下の関係性について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 僕たち芸人は、個人事業主だ。会社に所属こそしているけど、部署や上司といった分かりやすい社会的なつながりがあるわけではない。

 40~50代とおぼしき男女4人組が、某たこ焼きチェーン店で飲み会をしていた。12月も終盤だったから、忘年会だったのかもしれない。耳をそばだてるつもりはなかったけれど、テイクアウトで注文したたこ焼きが焼きあがるまでの数分間――、彼らの激論が止まることはなかった。

「20代の若手がさぁ、『会社を辞めたいんです』って上司である俺に言ってきたわけ。『もうちょっと考えてみたらどうだ』。そう俺も説得してみたんだけど、彼の意思は固くてさ。辞めるといって聞かなかったんだ」

 3メートルほど離れた場所で、たこ焼きを待つ僕の耳に届くほどの熱量。たこ焼きに勝るとも劣らないほどの熱さ。いやおうなしに男性が話を続ける。

「ホントはさ、『だったら、やめろよ』って言いたかったよ。だって、やる気がないんだぜ。やる気がない人間が仕事をし続けても、良い結果が得られるとは思えない。だから俺は、『じゃあやめろ』ってはっきり言ってやりたかった。だけど、それを言ったらおしまいじゃん。言いたいけど言えないんだよ」

 うなづくように他の3人は、「どこまでがハラスメントになるのかわからないよね。飲みながら話そうとも言えないしさ。どう接していいか分からない」と、たこ焼きをつつきながらぼやいていた。

「俺たちが若い頃は、嫌な先輩もいたけど、結果的に飲みに行くことで理解が生まれることもあったよな。そういう場が、決して悪い側面だけを持つとも限らないのに。なんでもハラスメントじゃ……さ」

 同じ悩みを抱えた、中間管理職4人組がため息をつく姿は、とても切なかった。話をすればするほど、「この場に若手がいない」という事実は決定的なものとなり、彼ら自身に跳ね返ってくる。きっとこうした現実と向き合う40~50代はたくさんいるんだろう。その一方で、若者たちも「40~50代とどう接していいか分からない」と同世代に愚痴っているのだとしたら、こんなに悲しい断絶はない。

 いま20代の若者は、数十年も経てば40代50代となり、若手を指導する立場になる。そのとき、いったい彼ら彼女らは、どうやって下の世代と交流を持つのだろう。中小企業の多くは、そうした上意下達のバトントスがうまくいかなかった影響で、瓦解してしまうんじゃないかと不安になる。僕たち、個人事業主の芸人だって連帯感がとても大切だ。組織ともなればなおのこと。「どうなっていくんだろう」なんてことを考えながら、焼きあがるたこ焼きをぼーっと眺めていた。

 この話を、当コラムの担当編集A氏に話すと、面白い意見が返ってきた。

「部署というセクションに加え、これからは社内に「趣味」や「感覚」のセクションを設けないといけない時代になるんじゃないかな」

 昨今は、大きな企業が「アウトドア部」や「BBQ部」という具合に、社員同士が垣根をこえて社外活動を共有できる環境を作るケースがある。(そうした活動を強制にしてしまうと、また新たなハラスメントが生まれるだけなので、あくまで「自由参加」「個人の意思を尊重」などの付帯条件があることが望ましいけれど)

 ある程度、その組織にいる人が、どんなキャラクターなのかが分かるように、「見える化」しなければいけない時代が到来するのかもしれない。やりすぎだと言われても、「何を考えているか分からない」「どう接していいか分からない」状況よりかはマシだろう。

 がんばったところで報われるとは限らない時代。上司と部下という関係性だけで、無条件に同じ方向を向くサラリーマン的世界は崩壊しているのだから、違う形で連帯感を作れるような場を、会社は用意しないといけない。何もしないで、若い人に「身を捧げろ」というのは酷すぎるんだろう。

 振り返れば、僕たち芸人も、共通の趣味をもった者同士が仲良くなる傾向にある。ギャンブルが好きな芸人とはおのずと仲良くなったし、酒が好きな芸人なら話が弾んだ。異性からモテることを第一に考えるタイプは、似たようなタイプと一緒に遊んでいたし、ネタを考えることや大喜利が大好きなタイプは、いつもお笑いについて語っていた。学校も同じだ。クラスメイトと仲良くなくても、部活やサークルの人間、今だったらゲーム空間で親しくなった人と肩を組むなんてことが珍しくない。

 生きていく上で共通の趣味や感覚を持つ仲間がいるからこそ、人はモチベーションが生まれてくる。強制的に集められた空間の中で、信頼関係や交友関係を築けというほうが難しいに決まっている。考えようによっては、「景気」さえよければ、無理がひっくり返ったんだから、すごい時代が続いていたんだなと思う。

 たこ焼きを食べながら飲み会を開いていたあの4人は、もしかしたら運が良かっただけなのかもしれない。どっちが表かどうかを知るためには、裏も知らないといけない。だから、お互い、知らない方にダイブしないといけない。もしもまた、4人と遭遇することがあったら、若い世代が混ざっているって願いたい。

インパルス板倉さんのおかげで、おのれを思い出す。偉大な先輩に感謝の回!【徳井健太の菩薩目線 第193回】

2024.01.10 Vol.web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第193回目は、インパルス・板倉俊之とのトークライブについて、独自の梵鐘を鳴らす――。

 新年早々、旧年のお話で恐縮です。去る11月2日――、ゲストにインパルス・板倉俊之さんを招いて、「敗北からの芸人論 トークイベント vol.9」を行った。

 実は、このイベント、ゲストに先輩が登場することがほとんどない。板倉さんは、東京NSC 4期生。対して、僕たち平成ノブシコブシは、東京NSC5期生。当時のNSCでは、一つ上の先輩は直属の上司のような関係性だから、「NSC4期生」と聞くだけで、僕は手のひらから汗がにじむ。2期、3期上の先輩よりも、“1期上”にこそもっとも畏怖の念を抱いてしまうのだ。

 東京NSC4期は、「花の4期」と呼ばれるくらい、当時から期待されていた。ロバート、森三中、ジャングルジム……スターが揃う中でも、ひときわカリスマ的な存在感を放っていたのが、板倉さんだった。

 そうした魅力を放つからだろう。この日も、会場にはたくさんのお客さんが詰めかけ、板倉ワールドを期待する雰囲気に、場が支配されていた。

 その空気感を感じ取った僕は、「みんなが求めているだろうことを聞こう」と考えた。例えば、同じく4期のスーパースター、ロバート・秋山竜次さんとの関係性、相方である堤下敦さんの近況などなど。俗にいう、“ここでしか聞けないお笑い裏話”というやつだ。

 板倉さんとは、『ゴッドタン』の企画「腐り芸人セラピー」で、くつわを並べる仲だけど、それ以前はほとんど会話をしたことがないほど接点がなかった。「腐り芸人セラピー」を機に、岩井(ハライチ)を含めて3人で飲みに行くようになったことで、一期上のカリスマと少しだけ自然に話せるようになった(気がする)。

 3人で飲みに行ったはいいものの、僕と岩井が価値観の違いから口論に発展してしまい、板倉さんの仲介で事なきを得たこともあった。フルーツポンチの村上が参加したときは、やっぱり岩井と彼の間で、またもや価値観の違いから口論が生じた。板倉さんが仲介に入る姿は、まるで僕と岩井の再放送を見ているようだった。板倉さんに無駄な負担をかけてしまう飲み会だったため、コロナ禍とともに、この飲み会は自然消滅してしまった。懐かしいなぁ。

 板倉さんは優しい。トークライブでも、「お前が聞きたいんだったら話すよ」と言って、裏話的な話題にも面白おかしく乗っかってくれた。

 僕も楽しかった。でも、始まって30分くらい経つと違和感を感じ始めた。それは、板倉さんに対してではなくて、まるでインタビュアーのように話を聞く、自分に対してだった。

 みんなが求めているものを質問する。大事なことだと思う。一方で、心の底から自分が聞きたいことを聞いているんだろうか? 違和感を覚えるとともに、真摯に向き合ってくれている板倉さんに対して、「失礼なんじゃないか」と感じた。

 僕は、人から話を聞くことが好きだ。その人が話しやすい雰囲気を作り、その結果、ついつい話をしてしまう――そういうトークをすることが好きなはずなのに、なんだか形式ばって質問を繰り返す自分に、「何をやっているんだ」。

 僕は、いま板倉さんに聞いてみたいことをぶつけることにした。キャンプのこと、ハイエースのこと、僕と岩井がもめた死生観のこと。内容なんてまったくないかもしれない。ただ、板倉さんとこうやって面と向かってトークライブをすることは、この先ないかもしれない。

 少しだけ、昔話もした。『はねるのトびら』に出演していたとき、やっぱり板倉さんはコントにこだわり、企画系コーナーに対して乗り気ではなかったと教えてくれた。でも、いま思えば未熟だったとも振り返っていた。

 若い時代は、どうしたって自分の価値観を信じてしまう。ましてや、その信念で結果を出し、切符をつかみ取ったのだから、その信念を妄信してしまうのは自然なことだと思う。周りも、その周りの事情も知ったことじゃない。だけど、ある程度キャリアを重ねていくと、決して自分一人で物事が動いているわけではないと知る。

『楽しく学ぶ!世界動画ニュース』の収録の際、達人・いとうせいこうさんに、「やっぱりそういうことって、若手時代から知っておいた方がいいんですかね?」と聞いてみた。すると、せいこうさんは、「若いときにそんなことは知らなくていいんじゃない? つまんないでしょ、そんな若手」と笑って一蹴した。僕は、膝を打った。

 達観の境地に向かっている板倉さんは、最近はハイエースに乗って自然を見に行くことにハマっているという。なんでも一人で山に登って、自然を満喫するらしい。

 トレッキングをする際、カラフルなウィンドブレーカーを着るのは、「万が一遭難をしたときに見つけられやすいから」だという。山登りをする際に着込むのは正しくなく、「寒暖の差が激しく変化するからこそ、脱げるような(着脱しやすい)ウェアを着ないといけない」とも話していた。「全部意味がある」。そう板倉さんは話していた。

 何てことのない話でも、意味があるかどうかを見つけることができるか否かは、自分が聞きたいことを聞いているかどうか。何かを聞きたいとき、雑念なんか必要ない。聞きたいことを聞く。その姿勢が大事だと、一つ上の偉大な先輩と向き合うことで、あらためて気が付かされた。

ただ淡々とヤングケアラーの経験と経緯を語る、それでどっかの誰かが一人でも楽になれたら本望だ【徳井健太の菩薩目線 第192回】

2023.12.30 Vol.Web Original

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第192回目は、講演会について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 石岡市中央公民館で行われたシンポジウム「ヤングケアラーを支える地域社会」で講演をさせていただいた。

 冒頭、教育長があいさつをする。芸人が参加するには、大真面目も大真面目のシンポジウム。場慣れしていない僕は、ものすごく緊張してしまった。

 立派な石岡市の公民館に、定員300名にほど近いたくさんの方が、僕の言葉に耳を傾ける。講演時間は60分ほど。事前に何を話すか決めて、パワーポイントも用意した。だけど、気が付くと30分ほどで話し終えていた。不安になると、人は急ぎ足になる。

 残り30分を質疑応答で乗り切るという、いささか剛腕な講演になってしまったことを、この場を借りてお詫び申し上げます。そして、つたない僕のお話にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 話してみることで、分かることってたくさんある。

 芸人として話をしていると、何がウケて、何がウケないか――といったことが、場数を踏んでいくことで分かるようになっていく。講演も変わらない。人前で話すことは同じでも、来場している人が何を求めているかで、まったく違ってくる。笑いを求めている人は、笑わせられるように話さないといけないし、ヤングケアラーの実態を知りたい人には、それが伝わるように話さないといけない。

 今回は、パネルディスカッションではなく、僕一人が持ち時間を使って、講演をするという初めての体験だった。「もっとこうすればよかったな」と、反省することばかりだった。

 自分の話を伝えたいと思うと、“自分ファースト”で話をしてしまう。話したいことがあるから、次から次へと話が転がり、ややもすれば早口になってしまう。でも、“相手ファースト”に立つのであれば、聞いている人が僕の話を咀嚼する時間がなければいけないから、間を作る=「待つ」ことが求められる。

 といっても、自分の話をそもそも面白がってくれているのか、関心を示してくれているのか分からない――言わば、不安の最中にいるわけだから、「待つ」ことはものすごく胆力をともなうことだ。その不安を恐れずに、「待つ」覚悟が必要になる。

 人に何かを伝えるとき、多くの人は伝える熱量にとらわれそうだけど、実はまったく逆で、「待つ」ことができるかどうかが、伝わるか伝わらないかの分かれ道になるのではないかと感じた。

 しかも、だ。僕がヤングケアラーの実体験を話すとき、「僕の母親は1日で4リットルの焼酎を飲み干していた」などなど、常軌を逸したエピソードがたくさん登場する。そんな話を速射砲のように打ち続ければ、聞いている方は疲れてしまうに違いない。

「……僕はこういう体験をしたんですね。では、皆さんに質問です。皆さんだったら、このときどういう対応をしますか?」

 ではないけれど、あの手この手で「待つ」テクニックがなければいけない。人前で話すといっても、シチュエーションが違えば、手法も異なる。講演には講演の、プレゼンにはプレゼンの、居酒屋には居酒屋の、“伝える”ロジックがあるのだと思う。

 質疑応答を乗り切れたのは、たくさん質問をしてくれた熱心な方々のおかげだ。近年の調査によれば、学校、クラスにはヤングケアラーの子どもたちが数人いる実態が明らかになっているそうだ。先生たちは、そうと思しき子どもたちに声をかけるべきか否かで悩んでいるという。教育の現場は、どんどんやらなければいけないことが増えているようだった。

 ある先生は、生徒たちとのコミニケーションを円滑にするために、エピソード作りにとても時間を要すると教えてくれた。

 生徒たちと何かを話すとき、「この前の休みに私はこういうところに行ったよ」という具合に、体験談を話さないと生徒たちは耳を傾けてくれないと話していた。

 学校の先生は、ただでさえ忙しい。その中で、エピソード作りに奔走しなければいけないという。つまらない人間だと思われてしまったら、生徒たちからは「つまらない人の話だから聞かなくていい」と思われてしまい、コミュニケーションが滞ってしまうそうだ。

 いろいろなところに出かけて土産話をこさえたり、変なグッズを買って話のタネにする。それをフックに、生徒たちの目と耳を傾けさせる――、芸人顔負けの行動力で、教育の現場に立っていることが伝わってきた。

「徳井さんの本も買いました。実は、芸人さんの本をすごく参考にしているんです。芸人さんはエピソードトークのプロだから、素人なりにその手法を真似して、どうすれば食いつきの良い話ができるかを研究しているんです。やっぱり面白い話って、生徒たちの食いつきが違うんですよ」

 そう先生は笑っていた。僕らの仕事が、そんな風に役立っているなんて夢にも思わなかった。人に何かを伝える。伝えることって、大変なんだ。

Copyrighted Image