SearchSearch

鈴木寛の「2020年への篤行録」第41回 AI時代の人生戦略

2017.02.13 Vol.684

 AI(人工知能)の進化で、人間の仕事が奪われる未来の問題がますます注目を集めています。AIが2045年には人間の知能を超える特異点「シンギュラリティー」を迎えるという話の認知度が急速に上がっているように感じます。現在小学生の私の息子はその頃、30代後半。今年生まれた赤ちゃんは28歳。教育に携わる者としては、いまの子どもたちが、AI時代も食べていけるようにするには、どうすべきか危機感を覚えながら、日々の仕事に取り組んでいます。

 そうした中、成毛眞さんの新刊「AI時代の人生戦略」(SB新書)が先月発売されました。書き出しから「『私は文系人間だから、理数系の話は苦手』などと言ってられない時代が、とうとうやってきた」と指摘します。日本マイクロソフト社長などを歴任された成毛さんだけに、サイエンスやテクノロジーに対して無頓着なままでは、これからの時代に生きていくことがいかに大変であるのか見通しておられるのです。

 成毛さんは、STEM教育の重要性を提唱します。STEMとは、科学(サイエンス)の「S」、テクノロジー(技術)の「T」、エンジニアリング(工学)の「E」、マセマティックス(数学)の「M」を並べた造語です。さらに、テクノロジーの進化と密接な関わりのあるアート(芸術)の「A」も含めた「STEAM」という考え方も紹介しています。

 AI時代に、AIを「使う側」になるのは一つの生存戦略ですが、「三角関数も二次方程式もわからない人が、AIやロボットを『使う側』に回れるとは思えない」という成毛さんの指摘は、まったくその通りです。OECDが世界各国の15歳に課す学力到達度調査(PISA)で、日本の子どもたちの科学的リテラシーは欧米よりは高めですが、油断はなりません。本でも指摘されるように、私立大学の文系の入試では、理数科目が免除されておりますし、文系と理系の垣根がなくなっていく時代の人材育成として非常に問題があります。

 実は、この本では、私が成毛さんと対談した章が収録されています。私のパートでは、科学的リテラシーを引き上げていく取り組みとして、高校の科学部の人口を野球・サッカーと同程度に引き上げていくことや、大学入試改革の必要性など、STEM教育の意義を成毛さんと語り尽くしました。

 また、堀江貴文さんも成毛さんと対談し、最新ビジネス動向についての対談を通じて、イノベーターがAI時代を見据えながらいま何を考えているのか、非常に興味深い内容になっております。ぜひご一読ください。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第40回 あなたの周りにも「トランプ」は現れる

2017.01.09 Vol.682

 あけましておめでとうございます。2017年は、昨年以上に激動の年になる予感がしています。言わずもがな、その“震源地”はアメリカです。本稿が掲載される頃には、ドナルド・トランプ氏が大統領の就任式をもうすぐ迎えます。

 トランプ氏といえば過激な発言に注目が集まりました。選挙中にメキシコからの移民規制策として「国境に壁を作る」と言い放ちましたが、昨年は、アメリカだけでなく、世界各地で、過激な言動をする政治家や政治勢力が台頭しました。

 中国との領土紛争を抱えるフィリピンのドゥテルテ大統領は、「アメリカと決別する」と述べて、同盟国のアメリカを慌てさせました。ドゥテルテ氏は「フィリピンのトランプ」の異名を取りましたが、今年行われるお隣の国の大統領選でも「韓国のトランプ」と言われる李在明・城南市長が急速に支持を伸ばしています。李氏もNHK記者の取材に「日本は軍事的には敵性国家」と述べたそうで、仮に李氏が大統領に当選した場合は、また日韓関係が悪化するのではないかという懸念が浮上しています。

 昨年は、トランプ氏ら外国の政治家たちだけでなく、日本の社会や言論空間も過激な言葉で覆い尽くされました。春先には「保育園落ちた日本死ね」というブログが注目され、物議を醸しましたが、国会で取り上げられたこともあり、流行語大賞に選ばれました。また、ニュースキャスターがブログで「人工透析患者を殺せ!」などと過激なことを書いて大炎上し、すべてのレギュラー番組を降板する騒ぎもありました。

 私は、「トランプ現象」という言葉が、米大統領の話にとどまらないと感じます。メディアを通じ、過激な言動を繰り広げることで世の中の注目を集めようとする手法が定着しつつあるように見えるからです。トランプ氏はツイッターを駆使しますが、SNSやブログが普及し、ネット上の反応が数字で可視化されることで、そうした傾向に拍車がかかっています。

 ここで注意したいのは、 “本家”のトランプ氏も選挙戦の局面に応じて、巧みに発言を軌道修正して支持を広げていったことです。やはり経営者らしくマーケティングによる選挙と情報戦を徹底しました。

 しかし、当然その反動もあります。テレビの影響を受けた子どもが、極論を言う大人の真似をしてしまう可能性がないと言い切れるでしょうか。いや、大人とて同様です。過激な言動の裏に緻密な計算があるのに、有権者や視聴者などの受け手は表面しか見えていないことが大半だからです。

 昨年からの風潮が強まって、熟議やディベートどころか対話することの大切さすら見失う社会になっていくのでしょうか。言論空間が殺伐としたものにならないか、今年はしっかりと注視しなければならないと思います。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第39回 トランプ現象はただのポピュリズムではない

2016.12.12 Vol.680

 早いもので今年の本コラムもこれが最後になりました。年の瀬にかけて、激動の2016年を象徴するようなニュースが相次いでいます。言わずもがなのアメリカの大統領選。数々の暴言もいとわなかったドナルド・トランプ氏が勝利し、6月に行われたイギリスの国民投票でEU離脱を決めたのに続いて、全世界に衝撃を与えました。

 ヨーロッパでも余波が続きます。本稿締め切り間際の12月4日、オーストリアの大統領選で、移民締め出しなどを訴えていた極右政党の候補者が敗れたものの、得票率が半数近くと、あと一歩まで勝利に迫りました。同日に行われたイタリアの憲法改正を問いかけた国民投票で、反対票が賛成票を上回り、改憲によって議会制度を改めようとしたレンツィ首相の退陣が決まりました。反対派を後押ししたのが、ユーロ離脱などの反グローバル政策を掲げる新興政党の「五つ星運動」でした。

 欧米で既存の政党を批判する勢力が躍進している背景として、ポピュリズムの激化を指摘する見方があります。ポピュリズムとは日本語で「大衆迎合主義」、つまり有権者の人気取りを最優先にした政策を掲げる政治手法で、たとえば厳しい財政状況を無視して税金を下げるような公約をします。日本では実感がありませんが、移民の流入が深刻な問題になっている欧米諸国では、治安の悪化や雇用が奪われることへの懸念から、移民の受け入れに消極的または反対する自国民も多く、「メキシコとの国境に壁を築く」と宣言したトランプ氏のように“現実離れ”した公約を掲げる候補者もいます。

 ここで私が感じるのは、世界各地で取りざたされる「トランプ現象」を、ポピュリズムと切り捨て、あるいは冷ややかに見ているだけでは、正確に事実を直視していないのではないか、ということです。米大統領選でクリントン氏勝利を確信していた日米のメディア、あるいは有識者と呼ばれるエリートの人たちが、なぜ予測を外したのか。あるいは、結果が出た後に「隠れトランプ支持者がいた」などと分析していますが、早くからトランプ氏の勝利を予測していた数少ない専門家の発信内容を確認すると、共和党の予備選挙参加者がうなぎのぼりに増えるなど党勢拡大の基調だったことが見落とされていた実態があるようです。

 私はアメリカの選挙の専門家ではありませんが、トランプ氏とその支持者たちをよく思わない既存のエリート層が数々の「不都合な真実」に目をつぶっていたのではないかという気がしてなりません。「トランプ現象」は俗説を疑って考えてみることの重要さと、本質に迫る洞察力と分析力を身につける必要をあらためて教えてくれたのではないでしょうか。

(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

【鈴木寛の「2020年への篤行録」】第37回 ガラパゴス化から脱却できない日本のエリート

2016.10.10 Vol.676

 7月下旬、UCサンディエゴ(カリフォルニア大学サンディエゴ校)がライフサイエンスの研究企画連携拠点を、日本橋に開設しました。同校にとっては初の海外拠点。アメリカの「研究投資力」と日本の大学の「基礎研究力」日本の製薬業界の「開発力」が、まさに太平洋を超えて医療イノベーションを推進する取り組みをスタートします。今回の拠点設置を機に、がんや難病の治療、再生医療の進化につなげていきたいと思います。

 この間、何度か渡米し、両者の取り組みをコーディネーションするべく活動してまいりましたが、その一方で、この役回りは現職の国会議員だった時には難しかったと痛感します。なぜならば、国会議員は、海外に行って予定外のスケジュールをいれていくということがほとんど困難だからです。国境を越えたイノベーションは、産学官の間に立って、誰かがコーディネートせねばなりません。

 政策への見識、国内外の人脈を持ち合わせた人材、たとえば政治家ですが、国境を超えたプロジェクトになると、海外にも足を運び、ある程度の時間をかけて人脈・知見を広げる必要があります。ところが、閣僚クラスは、国会会期中はそう何日も不在にできません。政府の役職を兼務していない国会議員であっても、参議院では、会期中に7日以内の渡航をするには議長の許可を得なければならず、7日を超えると議院運営委員会の了解を取るという物々しさです。国会対応を最優先しなければならない高級官僚も最近は一週間を超えるような出張、ましてや長期出張は難しいでしょう。

 政治家が外交で渡航することを「外遊」といいますが、いい意味で「遊び」がなければ、外遊先での深い人脈形成につながらないのもまた現実です。私が政治家を辞めた後、医療イノベーションに関する訪米に関して言えば、最初のサンディエゴは10日間滞在しました。二回目からは、数日間のこともあれば、一週間のこともありますが、いつも、Aさんという有力者との懇談から、Bさんという別の有力者の存在を教わり、「今からBさんに電話するから、明日会いにいきなさい」と進められるわけです。スケジュールは、アドリブで時事刻々変わります。いま思うと、あの時、「もう日本に帰ってしまうので、お会いできません」と言って断ってしまっていたら、今のネットワークは作れませんでした。サンディエゴで積み重ねた人脈の糸のどれか一本でも欠けていれば、UCサンディエゴの日本橋進出はなかったと言っても過言ではありません。これも、一定日数以上、現地に滞在できたことによります。

 イノベーションがグローバル化する潮流にあって、政策当事者の政治家、官僚は真の意味での「外遊」がしづらい状況です。最近、政治家の二重国籍が問題になりましたが、法的に多重国籍を認められない以上、政治・行政のトップリーダーのグローバル対応を意識しておく必要があります。そうした問題を指摘すべき大手マスコミのジャーナリストも数えるほど。日本のエリートたちのガラパゴス化は早期に見直すべきでしょう。
(文部科学大臣補佐官、東大・慶応大教授)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第24回 「ドラえもん」で政治を学び直す

2015.09.14 Vol.650

 社会の難しい問題を、わかりやすく教えてくれるジャーナリストの池上彰さんがテレビ各局で引っ張りだこです。ヘッドライン読者の皆さんもよくご覧になっていることと思います。私も、プロジェクト学習を通じて東北復興を担う人材を育てる「OECD東北スクール」で、池上さんとはご一緒したことがありますが、子供たちの視点に立って、理解を促す語り口を目の当たりにして改めて感心させられました。

 池上さんがNHK時代に司会をされていた子どもニュースは、実は子供たちよりも親御さんたちの方が熱心に見ていたという話があります。ある時事の出来事について、大人であっても自分の仕事と関係の薄く、専門外の分野となると、子どもたちから尋ねられると自信を持って答えられなくなるもの。学生の皆さんも年の離れた弟、妹から「集団的自衛権ってなに?」と尋ねられた時、同じような思いをされるのではないでしょうか。

 そうはいっても子どもたちの手前、「いまさらゼロから聞けない」「そもそも論として」といった話は多いはずです。今の時代は“グーグル先生”がある程度、基礎的な知識を教えてくれてなんとかなるでしょうが、ニュースの現場は動いていますので、日々の報道もどんどん続報で更新されていきます。

 新聞もテレビも最初から経緯を説明することはなくなり、一度取り残されてしまうと、「あれ?安保法制って何だっけ?」「いつの間に橋下さんは維新を出て行ったけど、どうなっているの?」という状況に陥ります。それでも親御さん、お兄さん、お姉さんとしてはプライドもありますから、「いまさら」「そもそも」のところで、困惑する方は結構多いのです。池上さんが各メディアで次々に起用されるのは、そんな隠れたニーズをしっかり拾い上げたからでしょう。

 そんな思いにもとらわれながらですが、このほど、子どもたちに政治のことをわかりやすく学んでもらおうと、小学館とのコラボレーションで新刊「ドラえもん社会ワールド 政治のしくみ」を監修させてもらいました。社会科の教科書や、この手の政治入門の書籍では、三権分立の仕組み、時事問題の解説あたりをイントロにすることが多いと思います。これに対し、今回の書籍では、私から編集者に提案して、まず政治が私たちの生活と直結していることを、子どもたちが理解しやすいように、学校の中の話題からスタートしています。

 政治は社会のルールや方向性を決めていきます。学校も、たとえば、「チャイムの5分前になったら席に着く」といったルールがたくさんあります。そして公共的なことを考えるのも政治に必須です。教室の小鳥や花を世話する「いきものがかり」は、クラスというコミュニティに対する“公共サービス”。児童会や生徒会の役員を選挙で決め、学校運営の大事なことを児童・生徒の多数決で結論を出します。そういう風に、まずは学校の中のことを引き合いに、政治の視点からまとめることで、子どもたちの関心を集められたらと思いました。

 解説記事だけではなく、書籍のトピックごとに合わせて、編集者がドラえもんの歴代作品からセレクトしたストーリーを掲載しています。大人になってからの視点でそれぞれの作品を読み返すと、また、深いメッセージがあったことに気づくことは間違いありません。そういうわけで、「子ども向け」と侮れないのは、これは私が思った以上に提案した要素を、編集者に汲み取ってもらって驚いたのですが、現実の政治を考える上で極めて重要な「トレードオフ」についても、しっかり取り上げられているのが特徴です。

 改めて確認すると、トレードオフとは「あちらを立たせばこちらが立たず」。本では小学生向けに「見たいテレビ番組を見てしまうと、宿題ができない。宿題をすると、テレビが見られない」といった基本から入ります。その上で、現実の社会や政治の話、たとえば「病院の診察料をもっと安くし、保育所を多くして子どもを育てやすくしたいが、そのためにはお金がかかるので、今よりももっと多くの税金がかかる」というように展開していきます。教科書では遠い一片の制度や政治・行政用語を学ぶことに終始しがちですが、政治プロセスにおいて最も苦しい「決定・決断をすること」についても、しっかり認識できるような構成になっています。

「学び直し」にも役立つはずなので、ぜひ書籍を手にとっていただければ幸いです。なお今回は私に印税は入りませんので、あしからず。
(東大・慶応大教授、文部科学大臣補佐官)

鈴木寛の「2020年への篤行録」 第23回 戦後70年。歴史を学び直すには

2015.08.10 Vol.648

 まもなく終戦の日である8月15日を迎えます。

 今年は戦後70年。テレビや映画でも節目の年を意識した作品が続々と作られています。1945年8月14日、日本政府が降伏を決めてから、昭和天皇が終戦をお告げになる玉音放送が流れるまでの24時間を描いた「日本のいちばん長い日」が今夏は約半世紀ぶりにリメイクされるということで、改めて8月15日の歴史的意義に注目が集まりそうです。

 折しも学生たちは夏休みシーズン。高校3年生の皆さんは受験勉強で手一杯のことでしょうが、比較的時間のある1、2年生、あるいは大学生は本を読む時間があると思います。太平洋戦争を始めとする現代史に関する書籍を読んでいただき、学校の授業や受験勉強の枠にとらわれずに自分の頭で歴史を学び、その意義を問い直す時間を作ってはどうでしょうか。

 なぜ、そんなことを申し上げるかといえば、学生の時はどうしても「歴史」というものに一面的な向き合い方しか出来ていないことが多く、もったいないと思うからです。学生の皆さんは、「歴史」と聞くと、「イコール丸暗記」という認識をしてしまいがちです。いわずもがな、学校のテストや大学入試に備えた勉強のために、年号や人物名、事件名を一字一句覚えなければならない、という状況に駆り立てられているからです。

 一方、いわゆる「歴史好き」を自認する学生さんの場合は、教科書で興味を持ったというよりも、NHKの大河ドラマや司馬遼太郎さんの小説、あるいは「三国志」の漫画等をきっかけになったという人が多いのではないでしょうか。

 結局、人が知識を習得するのは、受験勉強等で強制的に義務付けられるか、趣味のように楽しんで好奇心を強めるかのどちらかなのです。そもそも「ヒストリー」(history)は「hi」と「story」、つまり「人間の物語」が掛け合わせての語源という点からみても、ストーリーで歴史を学ぶことは実に有効です。ただ、そこで大事なのは、映画を見終った後に「ああ面白かったね」と済ませてしまうのではなく、作品に触れたのをきっかけにして、「この人物のことをもっと知ってみよう」と探求していくことです。その点、今の学生さんはインターネットで情報を集められますので、「こんな人が実は活躍していたのか」と、自分から知りたい人には格好の環境が整っています。

 しかし、情報を知るだけでは歴史の学びとして実にもったいありません。古代ギリシアの歴史学者、ヘロドトスは著書『歴史』を書いた理由について、ギリシア人と異民族がなぜ争ったか後世に忘れられないためだった、と記しています。つまり、先人たちの生き様から、自分たちの未来を構築していく上での「教訓」とせねばなりません。そして、そのことは解釈なり、評価なりは十人十色でなければ、自分の頭で考えたとは言えません。

 だからこそ、多読をして多面的なものの見方が必要です。

 たとえば尖閣や竹島といった領土の問題について、教科書による基本的な史実、日本政府の立場や歴史的経緯を抑えた上で、「なぜ中国や韓国が自国の領土だと主張しているのか」相手の出方を探ります。外務省のホームページを検索すれば、日本政府の公式見解が見られます。

 そして、それに対して中国、あるいは米国がどのような考えを示してきたのか、あるいは有識者が何を話しているのを整理し、どこに差異があるのかを検討してみます。そうすることで立体的な学びとなり、洞察が深まります。尖閣を巡る一連の経緯は、ある意味、日米関係、日中関係の戦後のエッセンスを凝縮しています。今日に至る問題も手に取るように分かるでしょう。まさに、単に歴史的事実や年号を暗記するだけではない、社会科、つまり「社会を科学する」意義があるのです。

 歴史を学ぶことで得た教養は、たとえば社会に出て海外で働く時に相手国の国民性等を踏まえる際に大変役立ちます。中国市場に展開している商社やメーカー等の企業に就職したら、自分たちがどのような戦略を取るべきか、あるいは中国リスクが発生した際にどういうしわ寄せがきて、それを回避できるか、対策を練る際の“指針”となるはずです。

 そして、もし機会があれば、書を読むだけでなく、戦争を体験した当事者のお年寄りと直接お話してみてください。同じ戦争体験者でも大人として最前線にいた人、子供のときに空襲や被爆に遭った人とでは、目線も違うのでそれぞれ発見があるものです。特に終戦当時、二十歳前後で最前線に行った方々の肉声を直接自分でお聞きできるのは、この「戦後70年」が極めて貴重な機会です。
(東大・慶応大教授、文部科学大臣補佐官)

鈴木寛の「2020年への篤行録」第12回 パリで羽ばたいた東北の子どもたち

2014.09.15 Vol.626

 8月下旬、パリで開催された「東北復幸祭〈環WA〉」に行ってきました。岩手、宮城、福島の中高生が参加した「OECD東北スクール」の生徒たち100人が、世界中に東北復興のアピールと支援への感謝を込めて、2年半をかけて準備してきた一大イベントです。フランス政府とパリ市のご厚意で、なんとエッフェル塔前のシャンドマルス公園を会場に15万人もの方々が来場していただきました。

 OECD東北スクールは2011年春、OECD教育局の皆さんが被災地への教育関連の支援で何ができるか視察のために来日された際、当時文科副大臣だった私の提案もあって始まったプロジェクトです。肝は20世紀型の教育に戻すのではなく、22世紀型の教育を先取りした「創造型復興教育」。私は来日したOECDの皆さんに対し、「亡くなった2万人の御霊にこたえるためにも、残された子供たちがこの地域をもう一回、しっかり盛り立てていくことが最大の供養になる」と申し上げました。OECD教育局は先進各国の教育への取り組みを調査、研究し、教育改革の推進や教育水準の向上を図ることを目的としていますが、世界に先駆けようという前代未聞のプロジェクトです。しかし幹部の方が「日本から始めてみようじゃないか」と提案に乗ってくださいました。そして、震災から1年後の2012年3月、被災3県の生徒たちが集まって、授業が始まります。初回は池上彰さんにファシリテーターを務めていただいて学習意欲を高めてもらいました。目指すは2014年9月、パリで開催するイベントを成功することです。

 生徒たちは企画から実行準備を原則、自分たちの手でやってきました。イベントのスポンサー集めでも企業を回ってプレゼンをしました。熱意に動かされ、経済同友会や楽天、ユニクロ等の大手企業も多数賛同してくださいました。プロジェクト・ベースド・ラーニングを通じ、リーダーシップや企画力、想像力や建設的な批判思考力(クリティカルシンキング)、交渉力などを培い、今後10年、20年の長きに渡る復興の立役者になってもらいたいというのが、OECDや私たちの思いでした。

 イベントでは、津波の高さと同じ26.7メートルに設定したバルーンを飛ばし、津波被害の広がりをイメージしたドミノ倒し等、被災状況を分かりやすく伝える工夫もされました。そして南三陸・戸倉地区の鹿子躍りといった伝統芸能や、「さんまdeサンバ」と銘打って郷土の水産資源のアピールをするフラッシュモブ等の企画も行い、来場した皆様の歓心を得ていました。
 今回の取り組みを通じて、一番うれしかったのは生徒たちの成長を劇的に後押ししたことです。途中、感想を提出してもらっていたのですが、被災直後は茫然自失だったという生徒も、「津波にのまれた過去を乗り越えて、この体験を情報としてみんなに話し、それに前向きに考えて行動することができた」と語るなど精悍になっていきます。なにぶん3年近くも一つのプロジェクトに関わるのは大人でも少ないこと。18歳の参加者には人生の6分の1、15歳には5分の1をも占める「長期間」です。それだけでも濃密な体験になったか分かります。この2年半、生徒やスタッフを支え続けたOECD本部教育局のプロパー職員の田熊みほさん、文部科学省の南郷市兵さんの尽力が光ります。

 幕末の薩長の若者たちもまさに時代に荒波を乗り越えて、たくましく育ち、明治維新の原動力になりました。国難はピンチでありながら、人を鍛え、大きくするチャンスでもあるのです。今度は21世紀の東北、日本を支え、リードする人材が、この参加した100人から輩出されるものと期待しています。

(東大・慶大教授、元文部科学副大臣、前参議院議員)

Copyrighted Image