
vol.209
インタビュー
甘く、せつなく、愛を歌うロックの名盤『My First Love』リリース
浜田省吾
インタビューの始まりは握手だった。差し出された手を握り返すと、意外なほど自然体の、さわやかでにこやかな佇まいがそこにあった。大袈裟に構えることなく、物事に否定的でもなく、いろんな人生を抱えながらも今生きていることを謳歌する。「あれは冗談で言ってるんですよ」と本人は笑うが、やはり浜田省吾は永遠の愛と青春のシンガーなのではないかと思う。7月6日、オリジナルアルバムとしては4年ぶりとなる『My First Love』をリリース。9月からは4年ぶりとなる待望のツアーも始まる。
「誰かの歌が、その人の人生を映し出すものになる。それが音楽の一番素敵なところだと思う」
やっぱり音楽が好きなんだな
「98年に『ON THE ROAD 2001』というツアーを始めて、自分の中で特に好きな歌を4年間かけていろんな街で歌ってきたんですよ。それが終わった時、本当にたくさんの歌をうたったという充実感があって、次にツアーをやる時には、自分のために新しいアルバムがないとダメだと。どんなに時間がかかっても、自分が好きになれるアルバムができるまではコンサートをやれないと思ったんですよね」
ニューアルバムまでの4年間について聞くと、浜田省吾はそこから話を始めた。そもそも、4年間に渡る壮大なツアーに出たのにも理由があった。
「96年に『青空の扉』というアルバムがあるんだけど、これは自分にとってすごく大好きなアルバムになったんですね。で、ツアーをやって、終わったのが97年くらい。その後、メキシコの海辺の街に旅行に出かけて、これからどうしようかと考えた時、あのアルバムを越えるものを作るのは簡単なことじゃないだろうなと思った。あれと同じくらい自分が好きになれるものが作れるかどうか、ちょっと無理じゃないかと考えた時期があって。かといって、リタイアしたら毎日こんな生活なのかなと考えたら、あんまり楽しいと思えなかった。毎日好きな時間に起きて、毎日海を見ててもなぁって、すぐ飽きちゃったんですよ(笑)。俺はやっぱり音楽が好きなんだな、やっぱり音楽をやらなきゃっていう気持ちはすぐに戻ってきて。でも、そう簡単にアルバムは作れないだろうから、その時に考えたのが『ON THE ROAD 2001』というプランだったんです」
留まることのできない人にとって、4年間はあっという間だ。2001年にはアルバム『SAVE OUR SHIP』をリリース。2002年には『ON THE ROAD 2001』を映像化したDVDを発売。2003年にはバラードセレクションの第4弾となる『初秋』をリリース。そして2004年。まるで生まれるべき音楽が浜田省吾を追いかけてきたかのように、次々に歌が生まれる日々が訪れた。
「なんかね、ゾーンに入ってる感じ。2カ月で40曲くらい作ったの。毎日ギターを持って、昨日できたから今日は無理だろって思いながらも、不思議なことにやめない限り曲ができちゃう。でも、曲はできたとしても、詞を書くのは大変だろうと最初は思ったんですよ。自分にとって歌を書くということは、メロディーより詞を書くことなんです。どんなメロディーがあってもそれは素材であり、それに人格や顔をつけるのは詞だという気持ちがあるから、そう簡単には書けないだろうと。1日に1行ずつ書いていけば、1年で12曲くらいできるだろうと思っていたんだけど、書いてみたら、これもやめない限りできちゃう(笑)。何が起きたんだろうと思いながら、あまりにすごい勢いでできたから、最初は自分でもいいものかどうか分からなかったんですよ(笑)。それで試しにデモテープを作って聴いたら、これはいいアルバムだと。間違いないと自分でも思えた。その時点でツアーの準備とレコーディングを始めたんです」
初恋はロックンロール
アルバムを聴いていると、その迷いのなさは確実に伝わってくる。今の浜田省吾が凝縮されたアルバムといってもいい。最初にでき上がった曲は、4曲目に収められた『Thank you』だということだ。そして9曲目には、アルバムタイトルにも使われた『初恋』という曲が並ぶ。浜田省吾の初恋は、ロックンロールである。
「よく思うんだけど、俺たちが若いころに髪の毛長くして“ラブ&ピース”とやってたのと、今のコがヒップホップの格好して“ヨー、ワッツアップ!”とやってるのと、基本の精神構造は変わらないと思うんですよ。昔はそれを、俺たちは占領されて血が混じったとか理屈っぽく歌ってたけど、今思うと、そういうことを全部越えて、あれは初恋だったんじゃないかと。血とか民族とか国境を越えて、初めて恋したものには一生影響を受ける。それをユーモラスに、フレーズにもビートルズとかビーチボーイズとかヤングラスカルズとか入れながら歌いたかった。子供のころの憧れだけど、ひとつだけ残ってるのは音楽がずっと好きだということ。それは大人になっても変えられないんだよっていうことをユーモラスに歌いたかったんですよね。で、考えてみたら、このアルバムのサウンドの感じも、それが凝縮してるのかなって。それと、52歳の男が“初恋”っていうアルバムを出したら、みんなが、なんだろこれ?って思うだろうというおかしさもちょっと考えた(笑)」
原点に戻ったような清々しさと共に、音楽をやることが改めて楽しくなった。心の軽快さが言葉のあちこちで弾ける。
「若いころは純粋で、無邪気で自由だってよくいうけど、逆なんですよね。子供の時の方がはるかに欲もあるし、自意識も強いし、選択肢が多い分、苦しくて迷うよね。私はこれをやってるけど、本当はもっと違うことがあったんじゃないか、この人と付き合ってるけど、本当は違う人がいるんじゃないかとか。ところがこの歳になると、選択の余地はそんなにたくさんない。だから自分が育んできたものを大切にするというか。それは『君と歩いた道』にも書いてますけど、過去の選択を肯定しないと、今大切に思ってるものは全部失うことになるわけじゃないですか。だからこれでよかったんだという思いですよね」
愛が深いほど、ラブソングは悲しい
アルバムの10曲目におさめられた『君と歩いた道』はしっとり聴かせるラブソングだ。実はラブソングが一番好きだと、浜田省吾は言う。
「それも、あなたのことを愛してるっていうラブソングが、一番悲しくて一番好きなんですよ。愛してるっていうラブソングがなぜ悲しくてせつないかというと、人は絶対に別れるから。喧嘩して別れるじゃなくて、どちらかが先に死んでしまう。人間は動物の本能としてそれを知ってるから、深く愛すれば愛するほど、そのラブソングは悲しいんですよ。これは別れの歌ではないけど、70年代に書いた『片想い』から、80年代の『もうひとつの土曜日』、90年代の『星の指輪』と主人公がつながってる感じがあって、今回この歌ができた時に、すごくいい歌だなと思えたんですよ」
歌はマジックだと彼は言う。ある歌を好きになるのは、その人のハートの中でマジックが起きるからだと。
「歌っていうのは、映画などの映像に比べるとすごく弱いメディアなんですよね。でも、映像はインパクトが強い分、どんなに好きな映画でも毎日毎日続けては観られないじゃないですか。でも好きな歌なら何百回と聴ける。僕にしても、(エルトン・ジョンの)『ユア・ソング』なんて、人生の中で何百回と聴いてる。歌は情報量が少ないから、リスナーの中で作るものだと思うんですよ。自分がシーンやセリフを想像できるから、誰かの歌がその人の人生を映し出すものになって、その人のハートの中で再生される割合がすごく大きい。それが音楽の一番いいところであり、素敵なところだと思いますね」
それらの曲が、聴く人に生で届けられる日も近い。『ON THE ROAD 2005』と銘打ったツアーは、9月3日にスタートする。
(取材・文/幸野敦子)

『初恋』には、こんな遊びが隠されている 文中で浜田さんが紹介している『初恋』の曲には、実は隠れた遊びがたくさん入っている。「全部教えちゃうと面白くないから、探してみて」と言いながら、少しだけ教えてくれた部分は──。「ちなみに言うと、間奏のサックスは、ブルース・スプリングスティーンの『BORN
IN THE USA』からジャクソン・ブラウンの『Somebody's baby』のフレーズになってるんです。後ろで流れてるのがビーチボーイズの『グッドバイブレーション』のパロディーで、エンディングはビートルズの『Nowhere
man』のコード進行に、同じくビートルズの『Your bird can swing』のギターのリフをちょっと崩して入れてる。他にももっといろんなことを入れてるから、探してみてください。全部わかったら相当なロック好きだと思うよ」。この挑戦、受けて立たねば。
『My First Love』7月6日リリース 3059円(税込み)
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