
vol.217
インタビュー
監督・犬童一心(『ジョゼと虎と魚たち』)×卑弥呼役・田中泯(『たそがれ清兵衛』)
『メゾン・ド・ヒミコ』
『ジョゼと虎と魚たち』の犬童一心監督の最新作は、ゲイのための老人ホームを舞台にした、不思議な出会いと別れの物語。柴咲コウ演じるヒロインの父であり、本作のキーパーソンである“卑弥呼”に扮するのは田中泯(たなか みん)。2人が『メゾン・ド・ヒミコ』を通して触れたものとは…。
「“ヒミコ”って大変な名前ですよね(笑)」(田中泯)
「田中さんに会うために、あの日あの場所にいたんだと思った」(犬童監督)
それは、運命の出会いだった!?
犬童監督(以下I)「『黄泉がえり』で日本アカデミー賞にノミネートされたとき、会場のずっと離れたテーブルに泯さんがいて。あれはなんのテーブルだったんですか?」
田中泯(以下M)「あれは…プレゼンターのテーブルだったかな」
I「僕と泯さんの間には、竹内結子さんとか上戸彩さんとか、いろいろな人がいたんですが、そういう人には目がいかず、一番奥にいる泯さんを見て、これだ!と。黄色いジャケットを着ていましたよね」
M「全然覚えてない(笑)」
I「その、黙って座っている姿がものすごくカッコよくて」
M「いや、退屈だっただけで…(笑)」
I「オダギリ君や柴咲さんなど、他のキャストはもう決まってたのに、卑弥呼だけがどうしても見つからなかった。どうしよう、というときに泯さんと出会ったんですよ。運命だったんでしょうね」
M「ははは(笑)」
I「それで泯さんにシナリオを送ったんですが、はっきりした返事がなくて(笑)。監督に会ってから決めたいということで、泯さんが住んでいる山梨まで行ったんですよね。断られる可能性もあったんでしょうけど、僕は泯さんとあの会場で出会うために『黄泉がえり』のシナリオを書いたとすら思っていましたから(笑)」
M「『たそがれ清兵衛』の後、いろんなお話が来ていたんですが、断り続けていまして。それが、監督から送られて来た台本を読みましてね、僕にこの役をあててくるか…と、思った(笑)。そのことにまず興味が沸いたんですよ。ゲイということで躊躇するようなことはなかった。物語では卑弥呼たちがゲイであることによっていろんな問題が起こるわけだけど、本質的な人間の問題として見れば、それは単なるきっかけですからね」
出演を依頼しにいった山梨で…
M「あの日、映画の話はそんなに出なかったね」
I「映画の話よりも、世間話でしたね(笑)。泯さんたち団塊の世代の人たちというのは、僕らの世代にとっては目の上のたんこぶだった、なんて…」
M「僕らの世代は、勢いは良かったのに、今はだらしない状態ですからね」
I「僕が小中学校のころ、この人たちがきっと日本を良くしてくれると思っていた。だけど、気づけば彼らは…」
M「いなくなっちゃった」
I「そう。どこへ行ったかと思ったら、普通のところにおさまって、普通の顔をしている。で、自分が会社に入って仕事を始めると、彼らがズラリとならんでいる。このひとたちって、昔僕らが期待していたあの人たちだよね、と(笑)。ただ、その世代でも、普通におさまらず、自分が握ったことを離さずにいる人がいるわけです。北野武や、橋本治…泯さんもそう。僕らはその世代に裏切られたという気持ちがあるから、おさまらずにいる人たちに対する尊敬の念は強いんです」
キーパーソン“卑弥呼”へのアプローチ
I「特に話し合わなかったけど、泯さんはきちんと役作りをしていましたよね」
M「役作りなんてものではないですよ(笑)」
I「役作りというか…僕は、泯さんには卑弥呼を演じるのではなく、卑弥呼でいてほしかったんですよ」
M「そういうことですよね。第一、僕は演技について何の技術もないから、自分の中にインプットされている情報を使って状況にマッチしただけ。ゲイの話し方も、まったく稽古をしていないんです。ただ、本読みのときにこれは僕の母親のしゃべり方だと気づきましてね(笑)。しかも、これも偶然なんですが、本当に卑弥呼のような母だった(笑)。ものすごいプライドの高い人で、僕は最後の最後まで母親に甘えさせてもらえなかった。正直なところ、ダブっていましたね」
I「本読みを見て、これでいいと思ったんです。無責任でしょうけど(笑)」
M「いや、大テストだったのではないですか(笑)。あれでもし僕が“らしく”作っていたら多分ダメだったでしょう」
I「そういうふうに、存在として“いて”もらうというのが、この映画では必要なことだったんですよ。あとはできるだけそれを壊さない、邪魔しない。泯さんは、卑弥呼の感情を、無理に人に分からせようとはしないから」
M「ここはこんな心理状態で…という話が、監督から少しはあるのかな、なんて思っていたら、一切なかったしね(笑)。僕にとっては、それがありがたかった。決まった寸法に自分の体をあてはめていく、という技術や習慣を持たずに踊りを踊ってきた人間ですから。撮影では、踊っているときの感覚と、むしろ近い気持ちでいることができました」
カメラの前で大切なこと
I「持っている技術を披露してもらう前に、カメラの前で“その人でいることができるか”ということが一番大事なんです。だから泯さんみたいな人を撮影しているときは最高に楽しいですよ。もちろんオダギリさんや柴咲さんも、そういうことがちゃんとやれる俳優だから、面白いですけどね。若い俳優には演技ができることを、人に見せたいという人が多いから」
M「僕は弟子という形はとらないんですが、一緒にやっている若いダンサーたちがいまして。踊りの世界では、自分を見せようと思うと引いてしまう観客がいるんですよ。僕からすると、とてもいい観客なんですけど。自分が見て、一番感動するのは、ああこの人は今生きているな、ここにいるなと思うときなんですね。どんなに一生懸命踊っていても、どんなに高度な技術を使っていても、その人が“見え”ないとダメなんです」
I「もちろん、技術を全否定するわけじゃないんですよ。物語を運んでいくために、きちんと説明していくことも大切だし」
M「大事な技術もいっぱいありますからね」
I「長いスパンで自分を捕らえているかどうかの違いは大きいと思います。そのときの人気を維持することに必死になってもつまらないと、最近の人は分かってきているみたいです」
『メゾン・ド・ヒミコ』と出会って
I「脚本の渡辺さんが、最初のシナリオを書いたときには、誰も映画化に興味を示さなかった。最近よくあるように、原作があるわけでもないし、誰かが面白いということを保障してくれるわけでもない。それでもこうしてメンバーが揃って、やりたいと思ったシナリオを映画にできた。そんな経験ができたのはよかった」
M「僕はどんな仕事でも、自分の生き方に引っかかることしかやりたくない。今回、そのことをまっとうできた気がします。この映画に出たことを、区切りにはしたくないですね。ガラガラと引きずっていきたい。先日の舞台では初めて母をテーマに踊ったんですよ。今後もそんなことが起こると思います。“卑弥呼”ってかなり大変な名前ですからね(笑)」
I「そうですね!(笑)」
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犬童監督(左)と田中泯(右)さんは、お2人とも長身で、とってもダンディーなのだった
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(本紙・秋吉布由子)
『ジョゼと虎と魚たち』を手掛けた犬童一心監督と、渡辺あや脚本という名コンビが新たな感動作を生み出した! 愛しあえるはずのない男と女。理解しあえるはずのない父と娘。ある夏の日々、そんな彼らに芽生えた愛と絆を情感豊かに描く、とっておきの一本だ。
塗装会社の事務員として働く沙織の前に、魅力的な青年・春彦が現れた。彼は、沙織が存在さえ否定していたゲイの父親が営む、ゲイのための老人ホームを手伝わないかと持ちかけてきた。しかも、今では卑弥呼と名乗る父は、癌で死期が近いのだと告げる…。
卑弥呼の娘・沙織には『着信アリ』の柴咲コウ。ドラマやコマーシャルで見る彼女とは大きく異なり、手入れをしていない眉やそばかすといった“メイクダウン”で、複雑な感情を抱くヒロインを好演している。卑弥呼の恋人である青年・春彦を演じるのは『血と骨』のオダギリジョー。卑弥呼役を舞踏家の田中泯が不思議な存在感で演じている。人の心の不思議さに暖かい感動を味わえる一本。 |
『メゾン・ド・ヒミコ』
監督:犬童一心 出演:オダギリジョー、柴咲コウ、田中泯他 アスミック・エース配給/2時間11分/8月27日よりシネマライズ、9月10日より新宿武蔵野館、池袋シネマサンシャイン他にてロードショー公開 http://himiko-movie.com/
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