
vol.219
インタビュー
悩ましいニューヒーロー見参!
HG ハードゲイ レザーラモン
レイザーラモンHG。HGと書いてハードゲイ。ミニマムなレザーファッションとサングラス、そして鍛えられた体がトレードマークの彼は、今一番ホットな男。「フー」とハイテンションに登場したかと思えば、次の瞬間は神妙な顔で分身(?)の金亀を撫でる。ミステリアスなHGにインタビューした。フー!
TOKYO HEADLINEフォー!!
――鍛え上げられてますね。
「小さいころからお笑いとプロレスが好きで。まず、プロレスラーっていう夢があったんで学生プロレスで体鍛えたんですよ。それで、いざ、プロレスラーにって思ったときにビビりまして。後輩が先にプロテストを受けにいったんですが、そのとき試験場のプレハブの周りに空気銃の弾がいっぱい落ちてたって…(笑)」
―そこからお笑いを?
「そうですね。でも、学生プロレスってコミック的な要素があるんで、試合しながら笑いもとってました。そこでお笑いへの欲求を満たしてたところもあったかもしれないですね。ただ、大学4回生の時に、相方にお笑いのコンテストに出ないかと誘われて、思い出作りで出ました。そこで優勝しまして…」
―そのままお笑いの道をばく進?
「一応就職はしましたよ。ただ、優勝賞金を10万ずつもらって、初任給は10何万でしたから。こっちの方がイイって思いますよね。しばらくは、平日働いて週末お笑いで4カ月ぐらい。そしたらお笑いブームがやってきて。劇場は女子高生がキャアキャアいうところになって。僕らは客人気がなかったんで底辺まで落ちましたけど」
―HGはその時期に生まれたそうですね。
「きっかけは、イベントでケンドー・コバヤシさんに“お前、ハードゲイやないねんから”とツッコまれたことです。人生で初めてハードゲイという言葉を聞いたんですけど、むっちゃキレて。でも、その日寝ようとしたら“ハードゲイやないねんから〜、ハードゲイやないねんから〜”って頭に響いた。降りてきた感じでした」
―その時に、サングラスとレザーのイメージはあったんですか?
「無かったですね。まずは『ポリスアカデミー』のゲイバーがあって、そこから脹らまして。なかでも、ホットパンツとの出会いが一番でかかった。分からん状態で2年ぐらい探してて、最終的に東京でいう二丁目みたいなとこでリサーチ。いい人ばっかでしたね。ハードゲイとはとか、ショップを紹介してもらったりして。形から入れってこのことでしたね」
―「フー」もそこで?
「それは、誰かの代わりで奈良の学校の学園祭に行った時。助っ人でしたから、大学側からもまったく望まれてなくて、完全にアウェーだったんです。それで、盛り上げようと思って最初に言ったのが『奈良、フー!』。海外アーティストがコンサートで、オオサカー!とか言うじゃないですか。あのノリのつもりだったんですけど、シーンとして。奈良の山奥に奈良フー!がこだましてましたね。
―それが2000年ごろ。今ではフーがテレビでも聞ける。
「ハハ〜。“奈良フー!”がゼロでしたからそこから積み上げてきました。テレビは…HG的には出るつもりはなかった。冷静に考えて、ペニスペニスと連呼してる奴がゴールデン出るわけないじゃないですか? だから、マイペースで走ってたら、ひもが飛んできてトラックで引っ張られて、走らずにいられなくなった感じ。今はペースつかめてきました。でも、テレビって言えないこともある。言えない分、体が言おうとしているところはありますけどね」
―それで、あの腰。
「そうですね(笑)。実はこの腰も最初はきつかった。学生プロレスの古傷もありますしね。でもある時、腰が動いてないように見えるって言われて。その時から痛みも消えました。とはいえ、いつかテレビで本気のハードゲイを見せたい。本気を出せる番組、例えば『タモリ倶楽部』とか濃い番組に出たい」
―オープニングからいけますね。
「(腰を振る)…いけます!(笑)」
(本紙・酒井紫野)
| 「フォーのほうが、フーより上なんですよ。フォーの上は…、まだないんですけどね。リミッターが外れたときに出るかもしれない。その時はカタカナじゃ表記できない」
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