『誰がために』の魅力は普通の人が描かれているところにある。登場する人物それぞれが、人生に悩み、ようやく幸せをかみ締めたと思えば、また深い悩みの渕に突き落とされる。そうした普通の人たちが、ある日突然、理由もなく大切な人を失ってしまったらどうなるかを、主人公の目線で淡々と綴っている。 心に傷を負った主人公・民郎を演じるのは浅野忠信。クオリティーが高く、常に良質な作品に出演することで知られる彼にとっても、本作は特別だという。 「どんどん深くのめりこんで。すごく集中していたというか、冷静さを失ってましたね。時々そういうふうになっちゃう作品があるんですけどね、この作品はここのところで一番冷静じゃなかったと思う」 浅野はこの脚本と出会ったときから何かを感じていた。 「脚本がすごく良かった。その時は『ニケの風』というタイトルでしたけど、なんかぐっときたんですよね。今やりたいのはこういう話なんだと。それで、ニケの話を含めながら日向寺監督と話をしてみて、なおさらこの作品に関わりたいと思いましたね」 映画の冒頭、翼があり、頭と腕がないニケの彫像が映し出される。とても神秘的なシーンだ。ニケは、古くから勝利をもたらすと伝えられているローマの女神。強い風の吹くサマトラケ島の生まれで、女性らしい美しい曲線を描く体は、強風に負けないようにとたくましさも備えている。風を受けて、強く美しく立っているニケは、主人公の妻・亜弥子に重なる。 亜弥子は、無感動だった民郎に感情を蘇らせ、幸せをつかませてくれた人だ。彼にとってはかけがえのない大切な存在だったが、ある日突然、亜弥子が見ず知らずの少年に殺されて、その幸せが終わる。「民郎はリセットされてしまったんですよね。亜弥子にまだ出会っていないころの彼に」 少年法のため犯人が明かされることはなく、どこにも怒りをぶつけられない民郎は悩む。警察でこそ怒りを見せるが、後は何事もなかったように元の生活に戻っていく。 「作品のなかにいろいろな人物が出てきますけど、民郎ってそのなかでも一番不幸だと思うんですよね。彼はいろんなことを先に考えてしまう人だから。大切な人を殺されて、犯人に復讐をしたいけれど、それは社会的に許されないし、そうしても救われないことも分かっている。その辛い時期を支えてくれた女友達の存在も気になる。復讐はしないといってみても、納得はしていない。ずっと悩み続けるんです」 浅野にも妻と子供がある。自分と民郎と重なるところもあるのだろうか。 「苦しむと思うし、悩むと思いますよ。でもこの映画を作ってみて、そういうのはどうでもいいことなんだと思ったんですよね。例えばですけど、僕は結構心配性で、車を運転していても、事故したらどうしようとか思ってしまうんですよ。でも、そういうことで不安になったり、不幸な気分になってしまうよりも、好きな曲を聞いていいなと思うだとか、夕焼けがきれいだとか、子供と遊ぶと楽しいとか、好きな人には好きっていうだとか。そういうふうに考えてればいいんじゃないかなって。起こりうるかもしれないことだとか、不安なことを考えていてもどこへも行かない。ただ、それが復讐してしまえっていうことではないんですけど。そう考えると、僕がこの映画で伝えたかったのは、誰もが不幸になる必要はないってことなんじゃないかと思いますね」 劇中では、この後犯人の少年の存在が明かされ、主人公は尋常でないほど悩む。正義と感情、憎しみと愛、そして将来いろんなものが交差する。失礼かもしれないが、その様子はコメディーにも見える。でも、そこに人間らしさが見えてきて、ホッとする。そして、意味深なエンディングへと繋がる。 淡々としたなかにも緊張と緩和を感じる。決して派手とはいえないが、心が揺さぶられる作品だ。「これからも見たことがないもの、ワクワクするものを作りたい」と浅野。過激なアクションやオーバープライスな技術を使わなくても、ワクワクしたものを作ることができる。この作品で、浅野は日向寺監督らとともにそれを証明している。