
vol.229
現地直撃インタビュー
「もう、心配無用っす」
――大久保嘉人
スペインの首都マドリードから、空路約1時間半。地中海のリゾートアイランド・マジョルカ島で大久保嘉人はひとり奮闘している。波乱万丈のリーガ・エスパニョーラ1年目、充実の今シーズン、そしてドイツW杯にかける思い…。生き生きと語る大久保の表情には、一点の曇りもない。
「前とは気持ちが全然違う。
チームで点取って…W杯、出たいっす」
今季のリーガ(第10節終了時点)では、いまだ無得点。直前に行われた日本代表の東欧遠征(ラトビア戦、ウクライナ戦)でも代表初ゴールならず。テンションの低い取材になっても仕方ないと覚悟していたが…。
「(日本代表は)みんな明るくて、相当しゃべりましたよ。試合はもうちょっと出たかったけど、楽しかった」
拍子抜けするほど、大久保嘉人は“あっけらかん”としていた。その理由は、マジョルカの穏やかな気候だけではない。リーガ・エスパニョーラでの1年が、“ピッチの暴れん坊”を大きく成長させていたのだ。
「自分の気持ちは、前とは全然違う。(代表でも)余計な遠慮をしなくなったし」
移籍当初は、「日本人はリーガで成功しない」というレッテルとも戦わなければならなかった。いくら“自分は別”と思っていようが、周囲の態度は違っていた。
「『この日本人が』みたいな。本当はみんないいヤツなんすけど、最初はそうでしたね」
とはいえ、リーガでのFWの評価基準は「ゴールを決められるかどうか」という1点のみ。大久保が彼らの色眼鏡を外すのに時間はかからなかった。デポルティボとのデビュー戦(1月9日)で、いきなり1ゴール1アシストの大活躍。最高の形で「OKUBO」の名をリーガの歴史に刻んだ。
一瞬にして高まった“マジョルカの救世主”という期待。しかし、それに反比例するかのように大久保は挫折を味わう。デポル戦以降はゴールを挙げられず、出場機会も激減。チームは敗戦を重ね、セレッソ大阪と同様、2部降格の危機に瀕した。
「ミーティングでもケンカばっかりで、あんまり面白くなかった。あの時は『帰りたいなぁ』って思ってました」
シーズン終盤、悩めるマジョルカは、悩める大久保に再びチャンスを与えた。「もっと攻撃的にやれば強いと思ってた」という姿勢が伝わったのか、チームは次第に悪いムードを脱する。自身もアスレティック・ビルバオ戦(5月15日)、デポルティボ戦(同22日)で連続ゴール。続くリーガ最終節(同29日)ではベティスと引き分け、チームは劇的な形で1部残留を決めた。
「あの経験はすごい大きかった。もう(残留争いは)やりたくはないっすけど」
そして今シーズンは、完全にマジョルカの一員として開幕戦からチームに合流。本人は「認められてるとかは、自分じゃ分からない」と語るが、共に厳しい残留争いを戦った“仲間”として受け入れられていることは間違いない。
「何より、チームに居やすい。言葉はまだ全然なんで、ミーティングで戦術の話されても分かんないっすけど(笑)」
世界最高レベルを誇るリーガで戦っていくことにも、気負いはもうない。各国から集結するスター選手ともほぼ肌を合わせ、スペインでやっていける手ごたえはすでにつかんでいる。
「スペインはDF、汚いっす。最初は何してくるか分からない怖さがあった。でも、今はドリブルしてると『そろそろスライディングで削ってくる』って分かるようになった」
猛者の集まるリーガで、個性をアピールするのは並大抵のことではない。おまけに来年はドイツW杯。スペイン国内だけでなく、遠く日本に向けても“輝きを放つ大久保嘉人”を発信しなければならない。
「W杯? それはもう出たいっすよ。でも、まずはチームで試合に出て、点をいっぱい取れるように頑張らないと」
この夏、大久保には待望の第一子が誕生した。これからは一選手としてだけでなく、一家を支える大黒柱としての責任も背負うことになる。「重いっすね」と大久保は語るが、これは“責任感”とはちょっと違う意味であった。
「ウチ3カ月なんですけど、8kgあるんす。重くて5分も持てない。この前買い物に連れてった時、天井に頭ぶつけちゃって大変でした。まじビビったから、買い物しないで帰ってきちゃった(笑)」
こちらまでニヤついてしまいそうな“ほのぼのトーク”が出てくるほどに、生活面では幸せいっぱい。サッカーに関しても「フラストレーションがないって思える」と、充実ぶりは明らかだ。
残るはひとつ、「ゴール」だけ。それでも、この日の様子を見る限り、“大久保風”にこう言い切れる。
大久保嘉人はもう、心配無用っす。
(文/本紙・小池龍之)