
vol.239
インタビュー
サウンドで日々を彩るシンガーソングライター
安藤裕子
味がある。艶がある。遊び心がある。安藤裕子は心地よいサウンドを作り続けているシンガーソングライターだ。彼女は、ソーダ水のように弾けるポップから心に染みてくるバラード、「キャオ!」と飛び跳ねたくなるチューンと、さまざまな音を楽しんでいる。昨年は映画やCMを介して、多くの人に人生を彩る音楽を届けた。今年はオリジナルアルバム『Merry Andrew』でカラフルな彼女の世界を聞かせる。
ちょっとした不穏のにおいがするおとぎ話。
真っ向から不穏な音を奏でるのではないけれど
そうした存在感がある、そういう作品になったんじゃないかな
「グリム童話じゃないですけど、ちょっとした“不穏”のにおいがするおとぎ話みたいなアルバム。真っ向から不穏な音を奏でるのではないけれどそうした存在感がある、そういう作品になったんじゃないかな」
まもなく発売されるアルバム『Merry Andrew』について尋ねると、そんな答えが返ってきた。映画『人形霊』のテーマ曲となった『Lost child,』、大人たちの心をギュッとつかんだ“松本隆と松任谷由実へのオマージュ”『さみしがり屋の言葉達』、囁くように歌う月桂冠「定番酒つき」のCMに使用されて話題になった『のうぜんかつら(リプライズ)』を経て、リリースされる本作。本人いわく「混沌とした」1年間を経て完成したこのアルバムは、実にカラフルだ。
「タイトルをつけるのはあまり好きじゃない」という安藤。今回の『Merry Andrew』は辞書で偶然見つけた。Uchary Andrewと自らを表記することもある彼女。<Andrew>の項に記されたこの言葉は、最終的に自分の内側から出てくるものを記録した本作をまとめるものになった。
「<メリー・アンドリュー、道化師>。これってあたしのことじゃんって。というのも、つねづね自分のことを本気でピエロだと思ってたんです。私って、リアリティーのない生き方をしているというか、ごまかし上手っていうか。人と対面するのが苦手で、人から感情をぶつけられたりするのがダメで。振り返ってみても、その人が友達であっても、女の子の強い感情の波を受け止められなかったし、一緒のラインに立っていられなかった。……哀しくても泣くこともできなくて、ごまかしてばっかり。三枚目で生きていくことが楽だったんですよね。ただ、そういうことをしていると誰とも深くつながってないところもあったりして『あれ〜っ』って思ってたんです」
サウンド的には、本人いわく「ゆったりした曲が多くなった」という『Merry Andrew』だが、実際はさまざまなタイプの曲がバランスよく収録されている。
「曲を書くというよりは、すでにあったものを仕上げていくかたちでレコーディングを進めていたんですけど、ゆっくりとした曲ばかりになっちゃって。最初の『ニラカイナリィリヒ』は22〜23の時に作った曲。当時はいろいろ辛いこともあって“ニラカイナリィリヒ”っておまじないの言葉みたいに浮かんできたものだったんです。今回そのメロディーがふっと浮かんできたんです。私、メモしないし、録音した音源もどんどんなくしちゃうんです。だからこのメロディーが出て来たのはそういう精神状態だったからなのかもしれない。『のうぜんかつら』にしても、『サリー』みたいな曲を作ろうって思ってたのに、すごく寂しい曲ができちゃった(笑)。だから終盤になって、出来上がりそうだった曲もポイしてポップな曲を作ったりして。ちなみに『彼05』は完全に自分の趣味に走ってます。あまりにもタイプの違う曲だったから、映画のエンディングロールで流れるようなポジションになっていて、曲間も少しだけ他のものよりも長くなってるんですよ」
話題の『のうぜんかつら』は、CMバージョンのほかにポップに生まれ変わったバージョンも収録した。
「この曲って、祖母に憧れて作ったんです。祖母はロマンチックな文学とか映画が好きな女性で、以前散文詩を作っていて。他界した祖父がいい旦那さんで祖母をとても大事にしてくれたそうなんです。おじいちゃんといた時間はすごく幸せだった、すごく素敵な人だったって。そういう気持ちを綴ったのが彼女の『のうぜんかつら』の詩で。それを見せてもらった時にいいなあと素直に思って、初めて人の詞にメロディーをつけたんです。そういうのが背景にあるのでこういうポップな曲になることはあり得なかったんですよ。アレンジャーも長年一緒にやっているのでその気持ちを汲み取ってくれちゃって、裏切るものを作ってはくれなかったですし。ただ、このままだったらアルバムには必要ないって言われて開き直ってポップに作ったんです。そしたらピアノバージョンではないメロディーや歌詞、イントロアウトロが出てきたり。混ざって何かが出てくるのは楽しいですね」
さて、安藤裕子の2006年はこの『Merry Andrew』から始まる。が、本人はすでにもっと先を見ているようだ。
「このアルバムはこれまでの一年を自分で刻んだもの。出来上がった時点でこれはこれって感じです。今は次にどんな曲を作ることができるかってことに興味がいっちゃってますね」
本作を引っさげて、4月には東京と大阪2都市でのワンマンライブも決定している。マイペースでホップ、ステップしてきた彼女。あとは大きくジャンプするだけだ。

(本紙・酒井紫野)
Merry Andrew
1月25日発売 2800円(税込)
cutting edge
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