
vol.263
『ゆれる』監督 インタビュー
西川美和
長編デビュー作『蛇イチゴ』で、その新人離れした才能を絶賛された西川美和監督、待望の長編第2作目! 4年ぶりの長編第2作目は、オダギリジョー、香川照之主演で描く、ある兄弟の壮絶な愛憎の物語となった。
今年5月、西川美和監督は新作『ゆれる』を携えて、カンヌの舞台に立った。かくして、カンヌ国際映画祭監督週間に正式招待された新作『ゆれる』は、カンヌでスタンディングオベーションを巻き起こした。
「上映前に登壇したときも、観客の方々から本当に温かい拍手を頂いたんです。まだ作品を見てないというのに。これが、映画を作っている者に対する、この土地の歓迎の仕方なんだと感じました。これからも映画を撮っていていいんだ、という気持ちにさせてもらったといいますか…あれは本当にうれしかった」
上映後は海外メディアからの取材が50媒体近くも殺到した。
「海外メディアから受けた質問の内容自体は、意外と日本のメディアのそれとあまり変わらないように思いました。確かに、この映画には日本的な要素があるんですけど、そこに日本のオリエンタリズムを見出してそこに興味を持ったということではなく、この映画のドラマをきちんと理解してもらえたという感触があった」
本作で描かれるのは、オダギリジョーと香川照之が演じる対照的な兄弟・猛と稔の愛憎のドラマ。性格も立場も違い、遠く離れて暮らしながらも、心のどこかでつながりあってきた兄弟。しかしある事件をきっかけに、弟は兄の見知らぬ顔を見、兄もまた弟により窮地に落とされる―。生々しくも切ない物語に、全霊で挑んだ俳優2人の存在感は圧倒的だ。当然、カンヌでは出席したオダギリジョーにも質問が飛んだ。
「なぜ弟は兄を裏切るような行動に出たのかという質問を、私にではなくオダギリさんに聞いていました。こんなこと私だってきちんと答える自信がないのに、とそわそわしたんですが(笑)。でも、オダギリさんは私以上に猛の行動原理を明確に答えていましたね。カンヌに来ると俳優も大変だな、と思いました(笑)」
役どころの把握のほどは、オダギリ、香川ともに、監督以上だったという。
「私は、登場人物について脚本以上の説明は何ひとつしていないんです。脚本を読んでもらって、分かりにくいところはと尋ねたら、オダギリさんは“別に大丈夫です”とおっしゃられ、香川さんに至っては、お会いした日に“この役は完全に僕そのものだから任せといて!”と」
西川監督は、ある俳優を想定して脚本を書くという、いわゆる“アテ書き”をしない。これまでも、監督に仕事を任された俳優は、監督が書いた脚本だけで役どころを組み立てていったという。
「皆さんが、いかにレベルの高い俳優か、ということですよね。特に今回の映画作りで一番大事なのは、主役の2人といかにしっかりと向き合えるかということでした。私もまだこれが長編2作目ですから、私のつたない部分も飲み込んでくれる人を望んでいたというか(笑)。とにかく、映画に対する情熱が高い人を求めていました。私はこれまで一観客としてオダギリさんや香川さんを見てきて、映画に対する熱意をスクリーンから感じていましたから」
監督特有の秀逸な人物描写は、オダギリや香川という俳優を得たことでさらに深くなった。特に香川が法廷シーンで見せる演技は、ときに鳥肌が立つほど。
「あれは、(香川さんが)怖いってスタッフも大騒動でしたよ。もうこれ以上は止めさせて、って(笑)。香川さんからも、僕はブレーキがかからなくてやりすぎてしまうので止めてくださいね、って言われていたんですけどね(笑)。でも私、その場面でつい笑ってしまった。オダギリさんは怖すぎて笑っちゃったって言っていましたけど、私は“自分のイメージを俳優が超えてくれた!”という歓喜の気持ちでした。思わず助監督と“来た!”と顔を見合わせましたね。でも、香川さんは私たちが笑っているのに気づいていたし、それがどういう意味の笑いなのかも分かっていた。とにかく、香川さんもオダギリさんも、本当に演出家のような方ですよ。全く私は、俳優さんに恵まれて甘やかされてばかりで…(笑)」
兄弟の心の揺れを演じてもらう際、監督が2人に勧めた本がある。
「太宰治の『駆け込み訴え』という小説なんですけど、もし演じる際に不安に思うことがあったら読んでみてください、と。ユダがキリストを密告するときの独白を書いた小説で、これは私が、猛の行動原理を見つめたいときによく読んでいたんです。人が人に対する思いというのは非常に複雑で、また1つの行動を1つの感情が支配しているわけではない…そんなことをこの本を読んで知りました」
本作を見た観客もまた、兄弟の心の揺れに、自身の心も揺れ動かされるはずだ。
(本紙・秋吉布由子)