
vol.279
INTERVIEW
11月天王洲・銀河劇場『錦鯉』で初舞台
ヒロシ、役者になりたいとです
ヒロシが苦悩している。11月、『錦鯉』で初めて舞台に挑戦するのだがセリフがなかなか頭に入らない。これまでも、ちいさなものから大きなものまでいくつもの壁にぶちあたってきたが。今回は「ヒロシです…セリフが覚えられません!」では済まなそうだ。さて、どう乗り越える?
インタビュー当日も稽古場で熱のこもった自主練習をしていた。がらんとした部屋で、ヒロシは汗を飛び散らせながら稽古している。ときに頭を抱え、台本に目を落とし、またスタートする。いつもの哀愁を背負っている彼とは違い、鬼気迫るといった雰囲気だ。
「困りましたね、覚えるのが遅くて。ネタは自分のいいようにやってるじゃないですか。自分がよく使う言葉を使うし、話しやすいようにも変えられるし。でも、芝居ではそうはいかないですから苦悩してます。いつも1人でやっているから相手がいるというのも違うし…。例えば共演している田中美里さんなんてとてもきれいだから目を見るだけでドキドキしちゃったりして、それだけで出てこなかったりするんですよ……僕がそんなことをしている間に、他の方はきっちりセリフを覚えられていて……、もう焦ってます」
『錦鯉』は、映画『約三十の嘘』の土田英生氏による、伝説のコメディー。脱サラしてヤクザの組長になった男を取り巻く、笑いと愛、そしてロマンにあふれた作品だ。ヒロシは脱サラ組長の親友で、自分もヤクザになっていく男・吉田を演じる。
「なにもないのに野望だけ大きい男。ただのフリーターなのにヤクザになりたいとかね、そういうところ、僕と似てると思います。僕も大きな野望をもちがちで、なんの根拠もなくお笑いで売れると思っていましたし、なんの根拠もなく役者にもなりたいと思っているわけで…」
役者に転向? ドラマや映画の経験もある。意外というわけではないが…。
「単純にあの〜、いろいろできたほうがいいじゃないですか。芸の幅というんですかね。一発屋と言われているのでいろいろやったほうがいいと思いまして。お笑いってだいたい3年周期らしいんですよね。そうなると僕はあと半年か1年ぐらい、それだけ生き延びればいいんですよ。だから今のうちに活躍の場を広げておこうっていうね、そういう作戦でもあるわけです」
とはいえ、作戦は楽ではなかった。
「とにかく今は、人に迷惑をかけちゃいけないと一生懸命です。ドラマや映画ならその場で、言われたことをちゃんと1回やればOKになるんですけれど、舞台はそうはいかない。稽古でOKになっても次の稽古でも変わるし、本番になっても変わっていくこともある。稽古が始まってそれに気づきました。それと同時に、公演中ずっと同じレベルでやっていくことも必要なんだってことも、いまさらながら分かって。やりたいことだから辛いとは思いませんけれど、大変なところにきちゃったなという気持ちはあります。だから、今の時点で演技が面白いかと聞かれればそこまで至ってない。本番までにはそう思えるようになるといいですね」
慣れない環境で頑張るヒロシに、共演者もエールを送る。「ヒロシさんが買ってきてくれたチョコレートがおいしい」だとか、「毎朝早いんだね」だとか、褒められて伸びるタイプのヒロシにやさしく言葉をかけてくれる。主演の鈴木一真に至っては「嫌がるだろう」と思ってエジプトで買ってきたエジプトと書かれているバッグを愛用してくれているそうだ。
半ばパニック状態のヒロシだが、初めての舞台『錦鯉』東京公演の幕は11月14日に上がる。この作品のあとも、2007年には初めて出演した映画『22才の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語』(大林宣彦監督)も公開される予定。「役者になりたい」という思いは着々と進んでいる。
「なれればなりたいですね。お笑いをやっていてもあまりモテないので。役者のほうがモテそうじゃないですか。本当にモテないんですよ。女性からくるのは『ものを買ってくれ!』っていうようなひどいメールばっかり。…愚痴になっちゃいましたね。でも実際ですね、『ファンです』って話しかけてくれても、オリエンタルラジオとか小梅太夫とか桜塚やっくんがくればそっちにいってしまうような人たちばかり。僕は、僕だけを見てくれる人に出会いたいんです!」
大きな野望を実現するために、そしてずっと自分を見つめ続けてくれる人と出会うために…。ヒロシは今日も明日もあさっても頑張る。

(本紙・酒井紫野)