今週のTOKYO HEADLINE
vol.289
(2007.01/15-01/21)
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ハマリ役としか思えない加瀬亮という配役だが、なんと決め手は“直感”。「加瀬さんがドアを開けて入ってきた瞬間に“徹平だ”って思った。直感で決めたことなんて初めてですよ、理屈がないと何もできない人間なので(笑)。それが上手くいきました。たぶん、個人的に好きなタイプの人だったんじゃないかな。高度なやり方としては、いかにも怪しい人を怪しいというだけで裁いていいのか、という映画にする方法もあったんですけどね」
MOVIE vol.289

INTERVIEW

『それでもボクはやってない』
監督 周防正行

日本はもちろんアメリカにもファンを生んだ『Shall we ダンス?』の周防正行監督が11年ぶりの新作を完成! ところがなんと監督いわく「これは映画じゃないかもしれない」。周防監督が日本の裁判制度に真っ向から立ち向かった“映画を越える”真剣社会派エンターテインメントとは!?

「今回、面白い映画にしようというようなことは、一切考えてなかったんですよ」

 ごく普通の青年が通勤電車で痴漢と間違えられ、無実を立証するため1年にわたって裁判を経験していく姿を描く最新作『それでもボクはやってない』。監督が新たに選んだテーマは“裁判”。しかし本作、相撲や社交ダンスなどを取り上げ、痛快な笑いと感動を観客に与えてきたこれまでの作品とはひと味違う究極の社会派エンターテインメントなのだ。

「とにかく僕が見た刑事裁判の姿をリアルに伝えたい。ただそれだけです。なので、映画的にこうしたら面白いだろうといった演出を考えなかった」

 過去の“周防節”を知るキャストやスタッフたちも意外に思ったのでは。

「僕は、スタッフやキャストに現実の裁判の話しかしてないんですよ。“この映画はね…”なんて話をせずに“日本の刑事裁判はさ…”っていう話ばかり(笑)。法廷のセットにしても、すべて実際と寸分たがわぬものを作り、シナリオから撮影まで弁護士さんに確認してもらいながら進めました。裁判について嘘は一切描きたくなかったし、また決して嘘をついてはいけないとも思っていましたから。映画監督として自由に羽根を伸ばす瞬間が一度もなかった。こんなに窮屈な映画作りはない(笑)。でもそうやって縛られることが今回のテーマだったんです。なので、今回はリアルに作ることが大事という認識は、スタッフにも俳優にも、自然と伝わっていったと思いますよ」

 裁判の現実をただありのままに描く。普通であれば、そう聞いて思い浮かべるのは、窮屈で難しそうな映画だ。だがこれこそが周防マジックか、冒頭からエンディングまで“窮屈で難しい裁判”から、目をそらすことができない。矛盾を抱える裁判制度の滑稽さに笑い、加瀬亮演じる主人公・徹平の悲劇に胸を痛め、彼とその支援者たちの勇気に感動し、気づけば日本の裁判制度に否が応でも向き合わされている。

「一生懸命本当の姿を撮って、できた映画がつまらないと言われたら“現実がつまらないんだからしようがないじゃん”って、言い訳をするつもりだったんですけど(笑)。台本には、十数ページもセリフのやりとりだけ、なんていう部分もあるんです。アメリカだったら、陪審員制度なのでまだ分かりやすいんですよ。これがアメリカ映画における法廷ミステリーの名作を生む理由でもある。裁判は、一般人である陪審員にも分かるように進められる。つまりそれは観客にも分かるということ。ところが日本の裁判は、裁判官と弁護士と検察官だけに分かるような言葉で行われるので、普通の人にはさっぱり分からない。被告人すら置いてけぼりです。でも幸いにして、僕の映画はその現実を伝えるものなので、分からないところは分からないままでもいい。分かりにくいということもまた真実だから」

 始まりは、二審で逆転無罪判決が出た、ある痴漢冤罪裁判の記事だった。

「その記事で、それまで裁判と全く無縁だった被告人や支援者が、刑事裁判の中で必死になって闘った事実を知りました。彼らがどう闘ったかを描き、最後には無罪を勝ち取る…これはいい話になるなと思ったのがきっかけです。ところが取材を進めるうちに、無罪になってよかったという感動的な話で終わらせていいのか、疑問に思うようになった。彼らは無実を証明するのに2年も努力した。でも僕には、起訴されるべき事件とすら、まして一審で有罪になるような事件だとは到底思えなかった。そうすると今度は “日本の刑事裁判ってどうなってるの”と、そっちが気になってしまって。そこで、無罪を争っているさまざまな事件の裁判の傍聴を始め、一件一件、事件を担当している弁護士や支援者、当事者、さらには現役だと取材が難しいので元裁判官や元検事に話を聞いたんです。そして思いました。“日本の刑事裁判ってメチャクチャだ!”って。疑わしきは罰せず、ではない。被告人自らが無実を証明できないと無罪にはならないんです。そのとき青臭いまでの正義感に駆られたんですよ。僕は刑事裁判の映画を作らなくちゃいけない、と」

 だからリアルが求められた。裁判官の雰囲気からして既製のドラマとは違う。

「実際に僕が傍聴して見てきた裁判官とそっくりな人を選びましたからね。撮影見学に来た女性弁護士たちが正名僕蔵さんを見て“いるいる、こういう裁判官!”ってウケてました(笑)。とにかく、本当に愚直なまでにリアルを追求しました。最初の試写を見終わったとき、僕の後ろに座っていた役所さんが“男らしい映画ですね”と言ってくれましたよ(笑)」

 観客が裁判を身近なものとして感じやすいよう、扱うのは痴漢事件にした。

「この映画を見た帰りに、被害に遭ったり容疑をかけられる可能性だってある。痴漢事件でも殺人事件でもそれを裁く法律は同じ。だったら身近な痴漢事件を通して、日本の刑事裁判のシステムを伝えようと思ったんです。また、観客が裁判に集中できるよう、主人公を26歳のフリーターにしました。痴漢冤罪の悲惨さを伝えるなら主人公は家族や仕事を持つサラリーマンがふさわしい。でもそれだと家族のドラマが気になってしまう」

 10人の真犯人を逃すとも1人の無辜(むこ)を罰するなかれ”という法格言がある。

「無実の人を間違って裁くくらいなら10人の真犯人を逃がしても仕方ない。人が人を裁くということの難しさ、冤罪の重さをわきまえなければならない、という言葉だと僕は思っています」 その格言の結びの言葉を監督は教えてくれた。“逃れた10人はきっと人が裁かなくとも違う形で裁かれるに違いない”…。徹底リアルを貫きながらも、極上の社会派エンターテインメントとなった本作。映画を見た人は、物語の先に無実の人の正義を重んじる社会を願わずにはいられない。



(本紙・秋吉布由子)

『それでもボクはやってない』
監督:周防正行 出演:加瀬亮、瀬戸朝香、山本耕史、もたいまさこ、役所広司他 東宝配給/2時間23分/1月20日よりシャンテシネ他全国ロードショー公開 http://www.soreboku.jp/


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