
vol.298
INTERVIEW
100年前の日本を実写映画で蘇らせる。世界に刺激を与えてきた
天才クリエイターが見せる“実写映画の美しさ”。
『蟲師』監督
大友克洋
“見たことのないもの”を撮りたいと思ってしまうんですー
『AKIRA』で世界を魅了した大友克洋が、待望の実写映画の監督に挑戦した。映画『蟲師』は、累計で350万部を売り上げた大ヒットコミックが原作だ。およそ100年前の日本、精霊でも幽霊でも物の怪でもない「蟲」という不可思議な生き物と人間の共生を助ける一人の男・ギンコを描いた壮大なVFXファンタジー映画である。
『蟲師』の中に登場するすべての人物や風景は、原作の雰囲気を損ねることなく、大友色に彩られている。時代を反映しつつ登場人物の性格や所為にぴったりと寄り添う衣装や小道具の自然な美しさは大きな見所となっている。そこには漫画家としてそのキャリアをスタートさせた大友監督ならではのキャラクター作りが生かされていた。
―登場人物の衣装で工夫した点はどこですか。
「ギンコ(オダギリジョー)の衣装で原作のコミックにないものはたとえば笠です。彼は白髪で色白、ようするにアルビノなので、本来であれば直射日光に弱い体であるわけです。かなり厳重に紫外線を避けなくてはならなくて、だから手甲を巻いたり、ほっかむりしたりして体を守っているだろうと思った。もしかしたら日焼け止めの塗り薬も持っているかもしれないな、とか考えましたね」
―蒼井優さんが演じる淡幽が座って登場するシーンは美しく印象的です。どんなこだわりがあったのでしょうか。
「あのシーン、蒼井優さんは下に小さな椅子のようなものを置いて、それに座っているんですよ。淡幽は足が不自由できちんと曲がらないのでね。袴を履いているので見えないですけど、その椅子があるので横にある脇息(肘掛)があんなに高いんです。普通あんなに高くないでしょ。原作ではただ普通に座っているだけだったんだけれど、この人はいろんな蟲師の話を聞く人だから、足は悪くても長い話を聞くのに無理の無いような態勢にしているだろうと考えた。ただ、武将が座るような折り畳みの椅子だと座敷に座って話している人とあまりにも高さが違っておかしい。いろいろ考えた末に低い小さな椅子を用意したんです。それが、結果的に佇まいとしても美しい、いいものになりましたね」
―100年前の日本を生きるキャラクターを理解し、隅々まで掘り下げる監督の好奇心は、以前から古い日本で暮らしていた人々へ向けられていたのでしょうか。
「もともと民俗学の本とか小説とかを面白いなと思って読んでいました。たとえば幕末期の京都で、誰かが暗殺をするために待ち伏せしているシーン。その待っている間に何をしているかというと、汚い話で申し訳ないんだけれども、ケツからサナダ虫がチラチラ出ているのをちぎりながらこうやって、一個ずつ並べて待っているっていう話があるんですよ(笑)。その時代はサナダ虫がものすごく多かったですからね。でもそれが今はまったくいなくなっちゃったから、分からないじゃないですか。そんな話を聞いただけでね、ああ、撮りたい!って思ってしまうんですよ。そういう見たことの無いものを、ね」
―誰も見たことの無いものを作る方法のひとつである、VFXの最新技術についてはどのように感じましたか。
「昔に比べるととても良くできるようになりましたね。以前はブルースクリーンを張らないとできなかった“抜き”も、かなりできるようになっていますし、実写とのマッチングが素晴らしい。ただね、問題は予算ですよ。すごい精度でCGを作る技術は日本にもあるし、なかったとしてもそれはどこか(海外など)に頼めばできます。時間と優秀な人材も確かに必要ですが、ほとんどがお金に換算できるんじゃないかな。日本映画でもロード・オブ・ザ・リングくらいのものは(技術的に)できると思いますよ。お金かければ全部できます。そういうことです」
―生身の俳優を相手にする実写の撮影ですが、大友さんは監督としてはどのようなタイプですか。
「本当はそれほど実写映画に向いている人間じゃないので、大変ですよ。ひきこもりの人間ですからね。現場では演技にこだわってどうこうということもなく、あっさりしたもんですよ」
―ひきこもりなんておっしゃいますが、趣味の自転車は楽しんでおられるとか。
「自転車は好きです。今は寒いのであまり乗ってないですけどね。サングラスをかけても涙が出ちゃうんですよ、風で。30キロくらいのスピードで走るので。信号で止まるとかっこ悪いでしょ、顔が乾燥していて涙の跡がガーっとついてる。鏡で見たことは無いけども、恥ずかしいから信号で止まったときはずっと下を向いてるんですよ(笑)。もうちょっと暖かくなったらいいですけどね」
―日本の古い森を巡ったロケハンでは自転車で鍛えた体力が生きたのでは。
「体力ね。確かに朝起きてロケ地まで山を登るくらいは大丈夫でしたけど、ロケ地探しもけっこうハードでした。世界遺産になっている熊野古道には最初のロケハンで行ったんですよ、撮影はしなかったんですけど。和歌山側から入ると、切り立った崖のようなところを登っていくんです。昔の人間はあれを登っていたんですね。京都の公家が熊野に詣でるために、熊野古道を歩いていたわけですから。あれではさすがに駕籠なんて使えないから、歩いて登ったんだろうな。あの時代、熊野詣ではスポーツに近かったんじゃないのかな…とか想像しましたよ」
―最後に2007年の抱負を。
「今年の上半期は痩せるということですかね。ちょっと食いすぎていろいろ…(笑)。下半期は未定です。時代劇か、現代劇か…SFもやってみたいと思ってるんですけどね。さっきもCGの話をしましたが、ちょっとお金がかかるので。金と才能さえあればね…才能はもうほとんど出尽くしているので(笑)」

(取材・文 小川瞳)